第4話:父の名を継ぐ者たちへ
TSグローバル本社の重役会議室。
その日は、特別な時間だった。
専務・広瀬忠義と、常務・古賀慶一――
長年この会社を支え続けた二人の名役員が、ついに引退を表明した日。
「……俺も、年だよ」
「後進に譲るべき時が来た。それだけのことだ」
どちらも静かに語るが、社内では惜しむ声が相次いだ。
社員たちは、彼らの背中を見て育ち、会社の芯を見て学んできたのだから。
そんな中で開かれた、“非公式な面会”。
場所は、広瀬邸の応接間。
悠真と美咲は、ふたり並んで座っていた。
向かい合うのは、引退したばかりの専務・広瀬と、すでに後を継いだその息子・広瀬誠一(32)。
「社長、取締役。わざわざありがとうな」
「……今日は、正式な報告をさせていただきたくて」
美咲がゆっくりと深く頭を下げる。
そして、悠真が語り始めた。
「私たち、実は……結婚しております」
その言葉に、一瞬、空気が止まった。
「――そうか。やっぱりな」
広瀬忠義は、笑いながら目を細めた。
「いや、ずっと言わなかったから“まあ、そうなんだろうな”とは思ってたけどさ。
でもお前ら……子ども、何人だっけ?」
「……8人です」
「8人⁉ ははっ、まじか! もうそれ聞いたら何も言えんわ」
隣で息子・誠一が驚いた顔をしていたが、すぐに口元を引き締めた。
「父からは“見て学べ”とだけ言われてきました。
今日、初めて社長と取締役の関係を知って、少しだけ見えた気がします。
“会社を育てる”って、“家族を育てる”のと同じなんですね」
美咲と悠真はうなずいた。
「私たちがこの関係を隠してきたのは、“守るべきもの”を増やすためでした。
今、それを少しずつ信頼できる方々にお話ししています」
続いて訪れたのは、古賀邸。
常務を務めていた古賀慶一と、後任となった娘・古賀結花(35)。
「……パパ。社長と取締役、お似合いって思ってた。
でも、誰にも言ってないのはちょっと寂しい気もするわね」
「結花……」
「でも、気持ちはわかる。
“公私混同”って言われるの、怖いもの。
……だからこそ、今日聞けてよかった」
古賀慶一は頷きながら、言った。
「どれだけ秘密を抱えてても、
お前たちは“結果”でこの会社を守ってきた。それがすべてだ」
そして、ふたりは頭を下げた。
「これからもよろしく頼むな、“社長夫妻”」
*
その夜――
自宅の寝室で、子どもたちが眠る時間。
ソファで静かに寄り添いながら、美咲がぽつりとつぶやいた。
「……やっと、言えたね」
「うん。新しい世代に、バトンを渡すように」
「信じられる人がいるって、ありがたいわ」
「でも、まだ内緒は続けるんだろ?」
「もちろん。
秘密だからこそ、守れるものがあるの。――私たちの形って、そうでしょ?」
悠真は、優しくその頬にキスを落とした。
「……うん。俺は、その“秘密”を、誇りに思ってる」




