第3話:訪れた“過去”の影――宮園の行方
その日、社長室にひとつの封筒が届いた。
差出人は「財務監査部」。
中を見た瞬間、美咲の指が止まる。そこに記されていたのは――
「元財務役員・宮園による横領の疑いについて」
静かに、しかし確実に何かが“動き始めた”感覚があった。
*
宮園――
かつて、美咲の婚約者であり、社内でも実績ある財務部長だった男。
社長就任直後、関係を解消し、会社からも一線を退いたはずの彼が……
実は、裏で複数の子会社口座から資金を不正に移動させていたことが、ようやく表に出たのだ。
「これが、今朝入った正式な報告書です」
書類を差し出したのは、取締役となった悠真。
「検察とも連携が進んでいます。警察の動きも早い。
いずれ、社名を使っていたことも報道に出るでしょう」
美咲は一度目を閉じた。
記憶の中にある宮園の顔が、妙に鮮明に浮かんでくる。
愛していた時期が、確かにあった。
けれど――彼の「野心」が彼女の「信念」を上回った瞬間、すべてが壊れた。
「……私が、“見抜けなかった”結果ね」
「違います。あなたが“決断した”から、会社は救われたんです」
悠真の声が静かに重なる。
「過去を断ち切ったことで、今があります。
……あなたが、前に進んだから、僕も一緒に進めた」
美咲は目を細め、机に指を添えた。
「それでも……世間は“私の元婚約者”として報道するでしょうね」
「かもしれません。ですが――」
悠真は一歩近づき、机越しに彼女を見つめた。
「僕は、今のあなたを知っています。
社長で、母で、妻で、そして……誰よりも誠実な女性であるあなたを」
ふっと、美咲の肩がわずかに揺れた。
「……ありがとう。あなたが側にいてくれて、良かった」
「どんなことがあっても、僕は“社長”を守ります。
あなたの夫として、社員として――そして、人生の伴走者として」
*
その夜、美咲は帰宅し、8人の子どもたちをひとりずつ抱きしめた。
過去は消せない。
けれど、未来は変えられる。
そして、彼女にはすでに“守るべきもの”があった。
かつての婚約者は、罪を抱え、法に裁かれる。
そして彼女は、“真実の愛”と共に、日常へと戻っていく。
社長という立場でありながら、家ではただの“お母さん”。
その揺るがぬ場所が、今の美咲を支えている。




