第2話:涼子副社長、育児と会社と夫と
朝8時45分。TSグローバル・副社長室。
「……え? うち? 朝は戦場よ、戦場!」
快活な笑い声がフロアに響く。
副社長・相川涼子。5年前、海外赴任中だった恋人と結婚し、今や2児の母となった彼女は、今でも変わらず美咲の良き相談相手であり、企業の舵取りを支えるキーパーソンである。
「まずね、上の子が“保育園行きたくない~”って泣くでしょ?
下の子はミルク吐いて服ぐしょぐしょでしょ?
旦那は“今日リモートなんだけど、静かにできる?”とか寝ぼけたこと言うし――
朝の1時間で私もう2日分働いた気になるのよね」
副社長室にやってきたのは、美咲だった。
「お疲れ様。それでいて、副社長職まで完璧にこなしてるんだから尊敬するわ」
「やめて~、本音言うと毎朝“会社来れてホッとしてる”レベルよ」
ふたりは椅子を並べて、コーヒーを片手に近況を語り合う。
かつて社長室で戦略を練っていた日々とは、また違う“母としての現場”を共有する関係に変わっていた。
「……でもさ、美咲。
私、ほんとに思うの。
結婚も育児も、想像以上にしんどいけど、想像以上に“自分らしく”いられる時間でもあるのよね」
「わかる。母になって、社長になって、妻になって。
色々背負うようになったけど……不思議と、前より“私らしく”なった気がする」
「そうそう。たぶんね、“愛されてる”っていう安心感が根っこにあるからよ」
その言葉に、美咲はふと、今朝の悠真との“行ってきますのキス”を思い出す。
触れるだけの短いキスだったけれど、あのぬくもりだけで、今日一日を乗り切れる自信が湧いていた。
「で? あんたのところの旦那様――取締役様はどうなのよ。家事とか育児とか、手伝ってくれてんの?」
「手伝うというより、“一緒にしてる”って感じ。
ミルクもオムツも夜泣きも……8人目まで、全部」
「……ほんと、あんたたちって“人間”やめてない?(笑)」
「慣れよ、慣れ。
でも、1人だったら絶対無理だったわ。涼子がいてくれて、どれだけ救われたか」
「お互い様でしょ。あんたがいたから、私もここまで来れた」
*
コーヒーを飲み干して、立ち上がるふたり。
「じゃあ、会議行こっか」
「ええ、私たちがちゃんと舵を握らなきゃね」
そしてふたりは歩き出す。
子どもたちが待つ家へと、また夜に帰れるように――
今日も、母であり副社長・社長であるふたりが、会社という“もうひとつの家族”を支えていく。
涼子がふと、エレベーターの中でつぶやいた。
「……それにしてもさ。
私ら、よくここまで来たよね。誰にもバレずに“女”と“仕事”と“母”を両立して」
美咲は笑った。
「きっとまだ、バレてないだけで誰かは気づいてるわよ。……でも、もうそれでいいの」
「……うん。うちらの“ふつう”は、こうだから」
扉が開く音。
その先に、また新しい1日が始まっていた。




