第5話 『高梨課長、育児相談を受ける』
金曜の夕方。
社内の空気に少しだけ緩みが漂い始める時間帯。
TSグローバル経営企画部では、いつも通り黙々とPCと向き合う主任・橘悠真の背中があった。
その後ろから、気配を感じた。
「橘くん……ちょっと、いい?」
声をかけてきたのは、直属の上司であり、30代後半のしなやかな知性と包容力を兼ね備えた女性――高梨有紗課長。
「はい。何でしょうか?」
「……ちょっとだけ、社長室に同行してくれる?」
「……社長室、ですか?」
*
ふたりで社長室へ向かうと、すでに涼やかな顔で迎えてくれたのは美咲。
「高梨課長……?」
「ごめんなさい、社長。実は……少しだけ、相談があって」
美咲は頷き、悠真に目配せすると、「大丈夫」とだけ口元で伝える。
美咲の淹れたコーヒーを手に、高梨は少しだけ視線を伏せ、静かに語り始めた。
「……私、妊娠したの」
一瞬、室内の空気が凍りつく。
だが次の瞬間、美咲が柔らかく微笑んだ。
「……おめでとうございます。すごく、素敵なこと」
悠真も思わず「本当に、おめでとうございます」と続ける。
けれど、高梨の表情はどこか沈んでいた。
「でも……正直、不安で。
私、課長として責任あるポジションで、
チームにも迷惑かけたくないし……
それに、結婚もしてなくて……ひとりなんです」
一瞬の沈黙。
だが、それを破ったのは美咲の言葉だった。
「私も、社長で、8人の母よ。
“無理して完璧”を目指すより、“頼る勇気”の方が、ずっと強い」
「……頼る勇気……」
美咲は続ける。
「あなたには、チームがいて、会社があって……
それに――私もいる。
ひとりで抱えなくていい。まずは、生まれてくる命を信じて」
高梨の瞳が、ほんの少し潤んだ。
「……社長……いえ、美咲さん。ありがとうございます」
「課長、たまには“肩書き”も外していいのよ。
ここは、あなたの味方しかいない場所だから」
*
その後――
夜。悠真が帰宅すると、リビングの美咲は静かに語った。
「有紗さん、泣いてたわ……でも、最後は笑ってた」
「……あなたの言葉、きっと支えになる」
「私は社長だけど……同じ“働く母”として、背中を押してあげたかったの」
美咲の手を、そっと握る悠真。
「あなたの強さは、誰かの安心になる。
俺がそうだったように、ね」
美咲は黙って頷いた。
その瞳には、またひとつ、母としての確信が灯っていた。




