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『熱海、そして秘密のキス』 ―後編:飲み会、扉の前のキス



社員旅行から数日後、東京へ戻ったTSグローバルでは――

会社全体で貸切にした大規模な社内飲み会が開催された。

豪華なレストランフロアは、300人以上の幹部と主要社員が一堂に会し、笑いとグラスの音が飛び交っていた。


「橘くん、こっち座れよ!」

「いつも冷静なのに酒入るとどうなんだ?」


笑い声が飛ぶなか、悠真はあくまで“平静”を保っていた。

そう、“隣のテーブル”には――七瀬美咲社長が座っているのだから。


美咲もまた、社長として振る舞いながら、時折悠真へ視線を送る。

だが、その視線は、徐々に熱を帯びていた。


(……限界、かも)


悠真がグラスを置き、「少し失礼します」と立ち上がったその瞬間。


美咲も同時にスッと立ち上がる。

だが――その手首を、社員のひとりが軽く引き留めた。


「社長、お手洗い……ですか? ご案内しましょうか」


一瞬、その場に緊張が走る。


その横にいた副社長・相川涼子がすぐに察し、社員の前にスッと割って入った。


「彼女なら大丈夫。私が代わりに話をしておくわ」


その言葉とタイミングで、美咲はようやく自由になり、静かにその場を離れる。


その様子を見ていた専務・広瀬と常務・古賀、そして悠真の直属上司・高梨課長は――

あえて何も言わず、グラスを口元に運びながら、そのまま話題を他へ移した。


「……で、今期の収支、例の新規事業はどう動く?」


「まだ固まってないですね。来週の会議で詳細が……」


あまりにも自然な“無言の同意”。


――この場にいる4人は、全員が知っている。

ふたりの関係も、それが決して“軽いものではない”ことも。


それでも、あえて“何も語らない”という、最も重い支え方をしていた。



一方その頃――

悠真は手を洗い、トイレから出ようとしていた。

扉の前でふと立ち止まる。


そのときだった。


「……悠真」


振り返った瞬間、そこにいたのは――美咲。


もう理性では抑えきれない、といった熱のこもった瞳。

言葉より先に、彼女は身体ごと飛び込むようにキスをしてきた。


「ん……っ……!」


背中を壁に押しつけられたまま、強く、甘く、深く。

社長としての仮面も、社員の目も、もうどうでもよかった。


「……我慢、できなかった」


「美咲……っ、誰か来たら……!」


「わかってる。でも、もう無理……悠真が、欲しいの」


彼女の唇が再び重なり、今度はより長く、舌と舌が絡む音が静かな廊下に広がった。


10秒、20秒――1分にも感じる時間。


ようやく離れたふたりは、赤く火照った頬を見せ合いながら、そっと指を絡めた。


「……帰ったら、続きを」

「うん……必ず」



美咲が席に戻る直前。

涼子が耳元で囁いた。


「……ほどほどにね」


「……はい」


美咲は、少し頬を染めて微笑んだ。


その後ろで――専務と常務、そして高梨課長は、何事もなかったように乾杯を交わした。


こうして、社内には誰にも知られず、

けれど確かに“守られている”ふたりの愛が存在していた。


深く、静かに、熱く――誰にも言えない形で。



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