『熱海、そして秘密のキス』 ―中編:熱海、バレてはならない夜
熱海、某高級旅館。
全国から集まったTSグローバルの社員約5,000人が、温泉地の空気に包まれていた。
チェックインを済ませ、夕食会場へ向かうと――
「お、橘くん、その席ね。俺、こっちだわー」
「へえ、隣は副社長……すごいな」
大広間には一人ひとりの名札付き席が設けられ、悠真の右隣には副社長・相川涼子。
その隣にはなんと社長・七瀬美咲の名が。
「……悠真。席、変わってくれない?」
「え?」
美咲の囁きに、涼子は苦笑しつつも席を立つ。
代わりに悠真の右隣へ、彼女がさっと腰を下ろした。
その瞬間、近くの社員たちの視線が一斉に集まる。
営業、広報、経企部の中堅や若手たち。彼らの視線は確実に“違和感”を察知していた。
なぜ副社長と社長が“席を変わった”のか。
なぜ、あの橘の隣に“社長がいる”のか――。
周囲には、ふたりの関係を知る“6人の者たち”が沈黙を保って座っていた。
副社長・涼子、専務、常務、直属上司・高梨、秘書室長、そして経理部長。
誰もが表情ひとつ変えず、それでもどこか――見守っていた。
「……会社ではいつも通りに接して」
「……わかってるよ」
小声のやりとりのまま、バイキングの時間は進む。
他部署の社員たちの視線が刺さる中でも、ふたりはあくまで“上司と部下”を貫いた。
やがて夕食が終わり、フロアの各所では自由時間が始まる。
「卓球、ビリヤード、ダーツ、ボードゲーム、やるぞー!」
「うちの部長、ダーツ負けたら裸踊りだってさ!」
笑い声が旅館中に響く。そんな中――
ふたりは密かに別室の一室へと入り、鍵を閉めた。
「……ずっと我慢してた」
「私もよ……ずっと、ずっと」
その瞬間、服が床に落ちる音。
熱く、むさぼるようなキス。
息を合わせるように、何度も唇が重なり、熱を帯びた肌がぶつかり合う。
「……好き……」
「……俺も……美咲……」
完全にふたりきり。
この部屋だけが、会社でも社員旅行でもなく、“夫婦の時間”。
深く、甘く、そして熱いキスは――
時の流れを忘れさせた。
*
翌日――
熱海観光では、ふたりは別行動。
だが、行き交う中で一瞬だけ視線が合う。
“いまなら、行ける”
展望台の裏手。人通りのない道。
ふたりは短く、しかし昨日よりも長い、甘いキスを交わした。
「昨日より、好きが増したわ」
「俺はもう、溢れてる」
その夜。
旅館の貸切風呂。
時間差で入り、同じ湯船でふたりは並んでいた。
「恥ずかしい?」
「……あなたに見せるのは、恥ずかしくないわ」
笑い合いながら、湯気のなかで互いの体を確かめる。
そして、浴場の隅でそっと――
肌が触れ合い、抱き合い、重なった。
「……ほんとに、好きよ……悠真」
「俺も、ずっと」
夜は更けていった。




