最終章 第6章「社長復帰、そして秘密のまま続く愛」
春――。
TSグローバルホールディングス本社、役員会議室。
美咲は深く一礼し、2年ぶりに社長としての“壇上”に立っていた。
拍手が広がる中、彼女は静かに、けれど凛として口を開く。
「……みなさん、ご無沙汰しております」
「長い育児休暇をいただき、誠にありがとうございました」
「私が不在の間、会社を守り、引き継ぎ、支えてくださったすべての社員の皆様に、心から感謝いたします」
視線の先には、副社長・相川涼子の姿があった。
彼女はそっと頷き、微笑んでみせる。
「そして……相川副社長。あなたが社長代理として、全責任を引き受け、ここまで牽引してくれたこと」
「本当に、ありがとう。感謝してもしきれません」
その瞬間、空気がふっとやわらぎ、社内の雰囲気がほどける。
「……おかえり、美咲」
相川はそれだけを、堂々と、しかし親しみ深く返した。
会場に再び拍手が響く。
⸻
その日の午後。
美咲が社長室に戻ると、しばらくしてひとりの来客が現れた。
ノックのあと、顔をのぞかせたのは、夫であり、社員でもある――橘悠真。
「お疲れさま。……社長復帰、おめでとう」
「ありがとう。あなたも、子守お疲れさま」
「それが本業になりつつあるんだけど……」
ふたりは社長室で、ほんの短い時間だけ、夫婦の会話を交わした。
「……実はさ、副社長に報告したんだ」
「え? 何を?」
「……“子供、6人になりました”って」
美咲は噴き出して笑った。
「あなた……それ、もっと言い方あったでしょ」
「いや、もう開き直った。涼子さん、最初黙って固まってたよ。“……6人……?”って」
さらに悠真は、専務、常務、そして直属の上司にも順に報告していた。
「“男の子ふたり、女の子ふたり”って言ったら、“あとのふたりは?”って聞かれたからさ……」
「“実は三男と三女もいるんです”って言ったら、もはや誰も言葉を発せなかった」
「……ほんと、笑うしかないわね」
「でも、“よくやってるな橘”って、最後には言ってくれたよ」
⸻
週末。
TSグローバルの全社会議が行われ、全社員が一堂に会したスピーチの時間。
美咲は改めて、全員の前に立った。
背筋を伸ばし、ゆっくりと語る。
「私には、皆さんにはまだお伝えしていないことがあります」
――一瞬、空気が凍る。
「それは、“感謝の気持ちを、伝えきれない相手”が、実は社内にいることです」
「私の育児を、生活を、人生を支えてくれたその人に、直接伝える場がこうしてあることを……私は奇跡だと思っています」
誰もがざわつく中、美咲は柔らかく微笑んだ。
「でも、その人の名前は、ここでは伏せます」
「――なぜなら、それは“私たちだけの秘密”だからです」
社員たちの中に小さな憶測が生まれる。
けれど、真実を知る者はわずかしかいない。
悠真、副社長の相川、専務、常務、直属の上司――
“選ばれた6人”のみが、その秘密を胸に抱えていた。
その夜、七瀬家のリビング。
6人の子どもたちが並んで眠る中、ふたりはそっとワイングラスを合わせた。
「秘密のまま、会社に戻った“社長”」
「秘密のまま、家族を支え続けた“夫”」
「誰にも言えない。でも……誰よりも、深くつながってる」
ふたりはそっと寄り添い、ソファに沈み込んだ。
「……秘密のまま続く愛って、案外ロマンチックね」
「うん。でも、バレたら一大事」
「……それも、悪くないかもね」
――こうして、“エグゼクティブ”なふたりの物語は、
“家族”として、そして“愛”として、静かに、しっかりと、歩み続けていく。
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