第3章「4人で迎える、初めての誕生日会」
「あと30分でみんな来るわよ、悠真! ケーキの準備、お願い!」
「ちょ、まって! 翔真がさっき食べたお菓子、鼻に詰めてたんだけど!?」
「……あの子また! 律真も靴脱いで投げてるし!」
202号室――七瀬家のリビングでは、1歳を迎える双子たちの誕生日パーティーを目前に、夫婦は大騒動の真っ最中だった。
この日、美咲と悠真は、「両家の家族」「職場の信頼できる同僚」「保育園の仲良し家族」だけを招き、完全クローズドな誕生日会を開催することにしていた。
その理由はただ一つ。
――“七瀬社長”が、ただの“ママ”でいられる唯一の日にするため。
「招待リスト、確認! 相川副社長、悠真の直属の上司の高梨さん、保育園の山田家、私の母、あなたのご両親……」
「で、問題は……悠真の同期の佐野。あいつ“社長の旦那”って気づいてないからな」
「……バレないことを祈るしかないわね」
そんな中、午前11時、インターホンが鳴った。
最初にやってきたのは、副社長の相川涼子だった。
「はーい、美咲、ハグさせてー。ママ1周年おめでとう!」
「うわっ、涼子、あんたそんなキャラだったっけ?」
「違うけど! 今日はもう“副社長”じゃなくて“親戚のおばちゃん”ってことで」
「やめてよ、その肩書き……!」
次に現れたのは、高梨有紗。
「橘くん、今日は旦那業ね。こっちは産休明けの資料、来週出すから安心して」
「えっ、今日くらい仕事の話やめましょうよ……!」
「冗談よ。ほら、プレゼント。積み木セット、双子で遊べるやつ」
続いて現れたのは保育園仲間の山田夫妻とその娘。
「こんにちはー! あらあら、今日のママさんも綺麗ねえ」
「いやいや、最近ノーメイクですよ、ほんとに……!」
「ご主人も……えーっと、すごい清潔感!」
(あれ、バレそう……?)
とヒヤヒヤしつつも、なんとかセーフ。
ついに会場には、総勢12名ほどが集まった。
リビングの一角には、飾り付けされた【HAPPY 1st BIRTHDAY】のバナー。
写真スポット、手作りのケーキ、ベビーチェア、そして双子それぞれの王冠帽子。
翔真と律真は、主役の重みなど感じるはずもなく、パーティーハットをくわえて遊んでいる。
「さーて、美咲ママ、挨拶よろしく〜」
「……え、私が?」
「当然。パーティーの主催はママでしょ」
促され、美咲はリビング中央へ。
すっかり“社長挨拶モード”を脱ぎ、照れた表情で一言。
「ええと……今日は、翔真と律真のために来てくださってありがとうございます」
「……1年間、ほんとに怒涛でした。寝不足で、泣いて、でも……笑ってくれて、手を握ってくれて……本当に、彼らに育てられた1年だったと思ってます」
「そして、なにより――彼が、隣にいてくれたこと。……それが、何より私の支えでした」
美咲が悠真の手をぎゅっと握ると、周囲から温かな拍手が沸いた。
「……以上、母からのご報告でした」
「……今の、経営方針発表より泣けたよな」
と涼子がぽそっと言って笑いを誘う。
そしてケーキ入刀。
大きな1歳ケーキに、小さなふたりの手が一緒に触れる――
「わーっ」
「ぱーっ」
「ちゅうまー!」「しょうまー!」
子どもたちが一緒に笑うその姿に、誰もが目を細めた。
パーティーの終盤、悠真の同期・佐野がふいに美咲に話しかけた。
「奥さん、失礼ですけど……七瀬さん、ですよね?」
「……え?」
「いや、あの、すごく似てて。TSグローバルの社長……の、はず、なんですけど」
一瞬の沈黙。
しかし美咲は、ふっと笑って言った。
「似てますか? ……よく言われるんです。光栄です」
「……あっ、そうっすよね! すみません、変なこと聞いちゃって!」
「いえいえ。こちらこそ」
(ナイス切り抜け)と悠真が小さくガッツポーズ。
その後、佐野は何事もなかったように帰っていった。
――午後16時。
ゲストが帰り、七瀬家にはふたたび静けさが戻る。
双子はぐっすり眠り、リビングには飾りと風船の余韻。
美咲はソファに座り、ふうっと大きく息を吐いた。
「……やりきったわね」
「うん……まじで、今日は歴代の社長会見より疲れた」
「私も。たぶん今夜は、翔真と律真より先に寝そう」
悠真が彼女の肩を抱き寄せ、ゆっくりと額を重ねる。
「……おめでとう、美咲。“ママ1周年”」
「うん。ありがとう、“パパ1周年”」
そして、そっと、キスを交わした。
家族として、夫婦として――
彼らはまた一歩、“未来”へ進んでいく。