第2章「パパ参観日、バレたら即アウト!?」
ある春の朝――TSグローバルの社長室では、元“氷の女帝”があたふたしていた。
「悠真っ……今週土曜って、参観日だって知ってた!?」
「えっ……?」
「保育園の“パパ・ママ参観日”! 翔真と律真のクラス……!」
「……うそだろ……あれ、もう今週なの!?」
ふたりは同時にテーブルに肘をつき、重たいため息をついた。
ふたりの双子――翔真と律真――は、すでに2歳。
活発でよく食べてよく笑い、そしてよく保育園で目立つ。
当然、参観日となれば、親が注目されるのも時間の問題だった。
「マズいな……。俺、他の保護者に顔覚えられてないけど、美咲は社長やってたし……」
「うちの園、“保護者プロフィール一覧”とか回ってくるし……苗字バレたら終わるわね」
「ってことは……?」
「――作戦会議ね」
というわけで、七瀬家、緊急“身バレ回避会議”スタート。
■ 作戦①:服装は完全カジュアルに!
スーツ禁止。眼鏡着用。ノーメイクまたはナチュラル仕上げ。
そして美咲は「七瀬」ではなく、「橘」姓で通す。
「社長顔、出さないでよ?」
「むしろ“ママ友顔”ってどうやるのよ……?」
■ 作戦②:悠真、しゃべるな!
「あなた、話すと“社員教育”っぽくなるの。無意識に語尾が“プレゼン調”なのよ」
「……え、そんな自覚なかった……」
「とにかく、“若干頼りないパパ”でいて。話すな。うなずけ」
「は、はい……(うなずく)」
そして迎えた、運命の土曜日。
保育園の一室には、20組を超える保護者が集まり、
各家庭の子どもたちがそれぞれの席でソワソワしていた。
翔真と律真はというと、悠真の腕に抱きつき、あっという間に「うちの子感」を出している。
「橘翔真くんのご家族ですねー。……お父さま、お母さま、今日はよろしくお願いします!」
担任の先生が笑顔で迎える。
「は、はぁい……よろしくお願いしますぅ……」
美咲がぎこちなく声を発すると、周囲のママたちが目を光らせた。
(やば……目つけられてる)
「ねぇ、あの奥さん……なんか綺麗すぎない?」
「旦那さんもスタイル良くない……?」
「二人ともモデルかなんか……?」
「いや、俳優っぽいわよ……!」
「えっ、えっ? まさか芸能人!?」
(……ちがう……そっちじゃない……!)
“経済誌に何度も出てるTSグローバル社長”と、
“その夫で経営企画部所属の若手エース”であるとは、誰も気づいていない――が。
それは時間の問題だった。
だが、美咲はある策に出た。
「すみません……実は、うち田舎育ちで、東京の保育園とか初めてでして……。なかなか馴染めなくて……」
「えっ……そうなんですか?」
「はい……主人の仕事の都合でこっちに来たばかりで……人見知りで……」
演技スイッチ、完全オン。
小首をかしげて話す美咲に、周囲のママたちの心は一気にゆるむ。
「……やだ、全然そんなふうに見えない! すごい綺麗なのに!」
「旦那さん、優しそう……」
「双子育てるの、大変じゃないですか?」
「えぇ……でも、この人が頑張ってくれてるんで」
悠真はニコニコうなずく。喋らない。完璧。
この“身バレ偽装作戦”は順調かに思われたが――
突然、クラスにひとりの男性が現れた。
「すみません、遅れて……! 今日は参観日ということで……」
黒縁眼鏡、スーツに見えるがやけに仕立てが良すぎる――
そして、彼が持っていたのは『経済界』の最新号。
表紙には、見覚えのある女性が。
――『女性社長特集:七瀬美咲』。
ママたちの視線が、一気に美咲へ向いた。
「え……?」
「この人、表紙の……?」
「え、ウソ、社長? まさか……!」
「“橘”って言ってたよね? え、でも顔そっくり……」
(やばい……終わった……)
そのとき――悠真が、静かに前に出た。
「すみません。……彼女は、俺の妻です」
「……ですが、彼女が社長であることは、“今”ここでは関係ありません」
「僕たち、ただの“親”として、子どもたちを見に来ただけです」
その言葉に、一瞬の沈黙。
しかし――担任の先生がにっこりと微笑んだ。
「……そうですよね。“パパとママ”として、翔真くんと律真くんがどれだけ幸せかが、見ていて伝わってきました」
「……ようこそ、橘さんご夫妻」
まわりの保護者たちも、どこか微笑みながら、
「ま、いいんじゃない?」
「社長でも、ママはママだもんね」
「イケメンパパ羨ましい……」
「っていうか、あんな熱心にあやしてるの見たら、好感しかないよね」
ふたりは、そっと顔を見合わせ――安堵のため息をついた。
参観日の最後、子どもたちの前で絵本を読みながら、
美咲は心の中でそっと思った。
(たとえ社長でも、ただの“お母さん”でいられる時間が、こんなにも尊くて、温かいなんて)
双子が寄ってきて、両手を伸ばしてくる。
「ママー!」
「パパー!」
ふたりはそれぞれを抱きしめる。
“社長”でも、“社員”でもなく。
この日だけは、“家族”として。




