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第10話「私は“社長”じゃない、ただの女です」



TSグローバル本社会議室。

月曜日の朝、いつもより静かな緊張が漂っていた。


この日、重役会議室に集められたのは、副社長・専務・常務、そして悠真の直属の上司――この会社の中枢を担う4人だった。


扉が開き、七瀬美咲と橘悠真が並んで入ってくる。


皆が目を向ける中、美咲は深く一礼し、毅然とした口調で言った。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます。私たちふたりから、報告があります」


「……実は私たち、交際を続けており、結婚することを決めました。すでに入籍の手続きは完了しております」


その言葉に、一瞬の静寂。


だが、最初に口を開いたのは、副社長・相川涼子だった。40代半ば、美咲と同期入社の信頼厚い女性。


「……やっと、言ったわね。ずっと気づいてたわよ、美咲」


「……え?」


「だって、あなたが“誰かに守られてる顔”をするなんて、前代未聞だったから」


美咲は小さく微笑んだ。


「ごめんね、涼子。……言えなかった」


「いいの。あなたらしいわ。……心から、おめでとう」


次に言葉を発したのは、50代の専務・広瀬忠義。寡黙なベテランだが、美咲の改革に常に協力してきた人物。


「……私は、結果を出してくれるなら、社長が誰を愛そうと構わん。だが――」


「……ありがとうございます。ご心配をおかけしました」


「いや、違う。“愛される男”に、見えるな。橘くん、君だよ」


悠真は驚き、そして頭を下げた。


「……恐縮です。全力で支えます」


続いて、常務・古賀慶一が口を開く。50代前半、柔和な表情の中に人を見る鋭さを持つ男だ。


「いやあ……まさか、うちの社長が“恋に落ちる”なんてな」


「……失望されましたか?」


「いやいや、逆。人間味があって、少し安心したよ。……社長も、やっと人並みの幸せを手に入れたんだなって」


そして最後に、30代後半の女性、悠真の直属の上司・高梨有紗が言った。


「……橘くん、あなたが社長を支えるようになって、確かに少し変わった」


「え……変わったって……」


「良い意味でよ。“社長の恋人”としてじゃなく、“あなた自身の仕事”も、ちゃんと見えてる。……だから、安心してる」


「……ありがとうございます。これからも、誠心誠意努力します」


そして全員が了承するかたちで、ふたりの“結婚”はこの部屋だけの秘密として共有されることとなった。


会議後、美咲は会議室の外で、副社長の相川とふたりきりになる。


「……ありがとう、涼子」


「言ったでしょ。“おかえり”って言ってあげるって」


「……うん。ただいま」


ふたりはしっかりと抱き合い、旧友としての時間を確かめ合った。


専務の広瀬が近づき、苦笑混じりに言う。


「まあ……くれぐれも、オフィスではほどほどにな」


「……努力します」


常務の古賀も笑いながら頷く。


「出産も育児も乗り越えて、いまの顔、いちばん良い表情してるぞ」


最後に高梨が近づき、短く一言。


「あなたが戻ってきてくれて、みんな安心してる。……私も」


「……ありがとう、有紗さん」


こうして美咲は、かつての職場へ、そして“社長”としての舞台へ戻ってきたのだった。


ーー時は、少し遡る。


結婚を決めたふたりは、すぐに入籍。

一年後、美咲は最初の双子(男の子2人)を出産し、育休に入る。


そして2年後――

再び双子(今度は女の子2人)を出産し、しばらく育児に専念。


そして、さらに2年後。


育休明け初日、美咲は社内の全体朝礼でマイクの前に立つ。


スーツ姿の彼女が社員たちの前に立った瞬間、拍手が起きる。


だが、彼女はすぐに深く一礼し、真剣な声で語り始めた。


「……皆さん、長らくお休みをいただき、本当にありがとうございました」


「すいません……私が居ない間に、皆さんがどれだけ頑張ってくださったか、報告を通じて知るたび、頭が下がる思いでした」


「この場を借りて、改めて御礼を申し上げます。……私にとって、仕事も家庭も、どちらも人生の大切な柱です。だからこそ、これからの時代のモデルとして、胸を張って戻ってきました」


「社長としても、ひとりの母として(秘密)、全力を尽くします。これからも、よろしくお願いいたします」


大きな拍手が湧き上がる。

その中で、美咲はしっかりと前を見据えていた。


ーーその後。


美咲はいつものオフィスに戻り、副社長の相川が笑って迎える。


「さすが、いい挨拶だったわよ。泣きそうになった」


「ありがとう。緊張した……思ったより」


「あなたが緊張するなんてね、ほんと“母になった”って感じ」


そして、美咲はふと視線を巡らせる。


専務の広瀬が頷きながら一言。


「うん、立派だった」


常務の古賀も続ける。


「うちの新入社員が泣いてたぞ」


最後に高梨有紗が微笑みながら、美咲に近づき、静かに言う。


「おかえり、社長。……こっちの仕事は任せて」


「……ありがとう。有紗さんが居てくれて、本当に助かったわ」


その後――


悠真は、あくまで“普通の社員”として、何事もなかったように業務に戻っていた。


社内では、誰もふたりが夫婦であるとは知らない。

だが、彼だけは知っている。

自分の仕事机の引き出しに、美咲からの手紙と、子どもたちの写真があることを。


昼休み。

ふと廊下で目が合ったふたり。


誰にも気づかれないように、ほんの一瞬だけ、微笑み合う。


そして――それぞれの持ち場へ戻っていく。


この恋は、秘密のままに。

けれど、心は、確かに寄り添い合っている。


それが、ふたりの選んだ未来だった。


(第10話・完)

―END―



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