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覚醒

水難事故のあった夏。

今年と同じようにお盆とお彼岸の重なった年。

禰々子とはその時に知り合ったと言う。


もともと利根川の支流で生まれ、まだ妖力も弱く幼かった禰々子は他の【妖】にいじめられていたそうだ。必死に逃げ回っているうちに、境界線が曖昧になったタイミングで遠いこの地に紛れ込んでしまったとか。


炎天下の中、右も左もわからず山中で干からびそうになっている所を僕と彩が発見して水場へ連れて行った。

その際に意気投合したらしい。そこらへんはまだ思い出せない。


「太郎様のお力は封印されているようですね」

禰々子は心配そうに言った。


「やっぱりそうだよね あの頃の力を全然感じないもんね」

彩も続ける。


確かに禰々子を使役するくらいの力があったのはおぼろげに覚えている。

使役したい【妖】の名前を呼び、相手の【妖】が受け入れてくれれば契約成立となる。

妖力の弱い【妖】は【現世】では姿を保っていられない。

でも僕に使役する事で普段通りに振舞うことができるのだとか。


「封印?なんで?誰が?何のために?」

さっき思い出したくらいの儚い記憶のうえ封印されたなんて言われても全くピンとこない。


禰々子は僕から顔を逸らし、目を伏せて言った。

「おそらく当代の法印ほういん様でしょう」


「ほういん様?」

初めて聞く名前だ。


「おじいちゃんが仕事で使ってる名前だよ」

間髪入れずに彩の説明が入る。

「おじいちゃんは神通力が強くて普通の【妖】じゃ太刀打ち出来ないほど強かったんだよ

 でも今は歳のせいか力は無くなっちゃったみたい

 わたしの事も見えないみたいだしね」


そうか。

彩に「おかえり」と言われた時、確かにおじいさんは返事を返さなかった。

僕が「こんにちは」と言ったことに反応してただけだ。

あれは僕が家の中のおばあさんに向かって言ったと思われたのか。

だから「声が小さい」と言われたのか。それはそれで恥ずかしい。


「でも、おじいさんがそういう事できる人だったとして、封印する理由って何だろう」

「それはわからないけど…」


そこまでは彩にもわからないのか。

でも一度使役した【妖】とは【現世】でも昔通りに過ごせるらしい。


「そういえば、思い出せないんだけど他にも仲間いなかったっけ?」

実に失礼な話だけど事実だから仕方がない。


僕は本来『使役』という言葉は好きになれない。

主従関係を作ってるようで偉そうに感じる。

僕にとって禰々子達は家来とかじゃなく仲間なんだ。


「こまちゃんはいるんだけど、他の子達はあの日から姿を見てないんだよ それも気がかりだったんだ」

彩はうつむく。


僕の封印と何か関係があるのだろうか。

「こま…?」

と僕が呟くと同時に背中に悪寒を感じた。


振り向くと2mはありそうな大男が後ろにいた。

法印坊ホウインボウか?」

腹の底に響くような低い声で男は話しかけてきた。


「うわっ」

僕はあわてて後ろに下がる。


「気を付けて!座頭ザトウだよ!」

彩は僕を庇うように前に立ちはだかる。


「この方は法印様ではありません!」

禰々子も相手を警戒して構える。


「おのれ…憎き法印坊…憎い…憎い…」

背は高いけれども華奢な体格。剃髪しているのか髪も無く、黒い袈裟をかけお坊さんのような装い。

不気味な男はずりずりと近寄ってくる。


「太郎!禰々子に指示を!」

彩が僕に向かって叫ぶ。


その刹那、僕は考える前に口が動いた。

「禰々子!鉄砲雨テッポウアメだ!」

「御意!」


禰々子は右手を空に向かって突き上げた。

開いた掌に水の玉が生まれる。

それがどんどん大きくなりバスケットボールくらいの大きさになった。

次の瞬間、禰々子は大きく振りかぶり、ボールを投げるように手を振り切った。


水球は大きく弾け飛び、水滴が銃弾のように大男へと襲い掛かる。

バチバチバチと音を立て男は水弾を全身に浴びる。


「うおおおおおおお!」

男は顔を両手で覆い隠しながら苦しがる。

水滴とは言え大粒の物をこの速さで全身に浴びたらたまったものじゃない。

貫通力はないものの生身の人間なら全身大痣は確定だろう。

それでも禰々子は攻撃を止める様子はない。


「口惜しやあああああ!」

叫びながら男の体は霧散していった。


「やったのか?」

「ううん、逃げただけ 姿形を保てなくなったんだろうね 暫くしたらまた元に戻るよ」

彩はこちらに目を向けず、座頭の立っていた位置を見ながら答えた。


「太郎様 大丈夫ですか?」

心配そうに禰々子が駆け寄ってくる。


「ありがとう禰々子 助かったよ」

僕は禰々子の頭に手を置いて心からお礼を言った。

「とんでもないです」と言いながら嬉しそうに禰々子は笑った。


それにしても驚いた。

・敵意を持った【妖】に出会った事

・その敵意は祖父に向けられていた事

・禰々子が強かった事

・禰々子の技を僕が知っていた事


数々の疑問と驚きが頭を巡る。

「あーびっくりした」

結局出てきた言葉はこんなかんじだった。


「太郎」

彩がきょとんとした顔で僕をのぞき込む。

「記憶が少し戻った事で動じなくなってない?」

「え?」


いや、確かに言われてみればそうかもしれない。

普通いきなり大男に襲われて妖力を見たら腰を抜かしてもおかしくない。


「…そうかもしれない」

僕は素直に答えた。

まだ謎はいっぱいあるけどあまりに色々な事がありすぎて

今はこれ以上考えられない。


「今みたいな【妖】がね…」

胸を撫でおろして深呼吸している僕に彩は再び話し始める。


「お彼岸に近づくにつれ今の座頭みたいなのが増えてきてるんだよ そのうち人里に降りて襲うと思う

 8年前のあの時みたいに犠牲が出るかもしれない」


8年前って水難事故の事?

あれは単なる大雨からの氾濫じゃないって事?

「8年前のって…」

「だから今のうちに仲間を増やして乗り切りたいの」

僕の言葉を制し彩は続ける。


「今回はまだ座頭が本来の力を蓄えていなかったから禰々子でも追い払えたけど

 育った座頭だったら相性の良くない禰々子だと難しかったと思う」


禰々子も頷く。


「相性?」

「禰々子は水妖でしょ?火の妖力を持つ【妖】には強いんだけど、座頭は水を苦手としないんだよ

 完全に育った座頭には通用しないと思うんだよ」

彩は禰々子に申し訳なさそうな顔をしながら話す。


地水火風空チスイカフウクウの摂理はご存じですか?」

禰々子もそれに続く。


そういえば父さんから聞いたことがある。

仏教用語だったかな。

「一切の物を構成する四大元素…で合ってる?」

2人は頷く。


ゲームで言うところの属性相性か。

【妖】が持つ力にはそれぞれの属性がある。

また四竦みにもなっている。


火は水に弱い

水は土に弱い

土は風に弱い

風は火に弱い


空は四大元素に当てはまらないので相性が当てはまらない。

言ってしまえば無属性だ。


そう考えると禰々子の技は火以外には相性要素がなくなるから純粋な力比べになるわけだ。

確かに水滴じゃ勝てない相手も出てきそうだ。

それにしても神社の境内で仏教用語が飛び交うっていうのは皮肉に感じる。


「だからね 離れ離れになった仲間を集めて災厄を阻止したいんだよ」

彩は両手を握りこみ小さなガッツポーズのような姿で僕に意気込んだ。


「わかったよ 僕も仲間の事を思い出したいし 一緒に探そうか」


正直まだ頭と心の整理がつかないけど、座頭みたいな存在は間違いなく危ない。

それに僕の失った記憶も気になる。

祖父が何故僕の力を封じたのか。

果たして本当に祖父がやったのか。

父さんはどこまで知っているのか。

そういった疑問も解消したい。


そこでふと我に返る

「あ!やべ!」


何時間ここにいたんだろう。

おそらく5~6時間はここにいただろうか。

祖父の手前早く帰らなければならなかったのに完全に詰んだ。


僕は今目の前で起こった事よりも「どう言い訳したものか」という不安で頭がいっぱいになった。

導入編はここまでです。

次回から話が動いていきます。

ぜひ今後ともご覧いただければ幸いです。

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