表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

境内

僕は神社の境内に向かっていた。


朝ごはんを終えた後、おじいさんと一緒に近くの沢へ水汲みに行った。

もちろん家にも水道が通っているんだけど、ご飯を炊いたり麦茶を淹れたりするにはそこの沢の湧き水が美味しいとの事。どうやら日課らしい。


お手伝いが終わりお昼まで遊んできていいと言われたので、さっそく気になっていた神社まで訪れた。

おじいさんの家から歩いて10分くらい。

子どもの僕でも難なく歩ける距離だ。


石畳を歩き鳥居をくぐると狛犬が向かい合っている。

その周りは玉石が敷き詰められており、夢とまったく一緒の景色に感じた。

「こういうのをデジャブって言うのかな」などと考えていると後ろから声がする。


「太郎」

声の方向に目を向けると赤い着物の少女が駆け寄ってきた。


「太郎会いたかったよ 元気だった?背伸びたね」

少女は嬉しそうにまくしたててくる。


「こんにちは。昨日初めて会ったのに大げさだなぁ。元気だけど背はまだ伸びてないかな?」

僕は笑いながら答えた。

昨日は距離感が測れずおじいさんやおばあさんと微妙な空気を作ってしまったが、今日のこの返しは我ながらよく頑張ったと思う。

ほぼ初対面なのにいきなり呼び捨てなのは気になるところだけど。


しかし僕の高揚とは裏腹に彼女は寂しそうに呟いた。

「そっか…そうなんだね」


わからないけどその言葉は僕の心にズシンと刺さった。

何て返そうか悩む僕に対して少女は言葉を続ける。

「太郎は覚えてないかもしれないけど、わたしは前から太郎を知ってるんだよ」

「え?」

「太郎は全部忘れちゃったんだね わたしの名前もわたしたちの思い出もあの日の出来事も」

冗談を言っているとは思えない。

笑ったように軽い口調で話しているが、目は一切笑っていない。

それどころか潤んだ目からは今にも涙がこぼれそうになっている。


「彩…ちゃん…   …だよね?」

少女は驚いたようにこちらを凝視する。

「おぼえてるの⁉」


僕は気まずそうに答える。

「ごめん 違うんだけど、実は昨日君とここで話している夢を見たんだ

 その時に何故か君を彩って呼んでてさ

 それで…。」


少女はこらえていた涙をこぼしながら言葉を吐き出す。

「そうだよ

 わたしの名前は彩だよ

 わたしたちここで一緒に遊んでたんだよ

 ずっとずっと会いたかったんだよ…」


まったく記憶にないけど彼女はおそらく本当の事を言ってるんだろう。

でも僕の小学校に上がってからの記憶では一度もここに来たことはないし彩と会うのも初めてだ。

「ごめんね思い出せなくて」

これが僕の精一杯のフォローだった。

身に覚えがないけれど僕の事で泣いている子がいる以上、謝るのが一番だと判断しての言葉だった。


彼女が落ち着くまで無言のまま時を重ねる。

「そういえば鳥居を通る時お辞儀するんだっけ?」とか「境内って通路の端歩かないといけない?」とか関係ない事をいろいろ考えながら漠然と時を待つ。


ようやく落ち着いたのか彼女は話はじめた。

「こちらこそごめんね いきなりびっくりするよね」

「いや、そんな事はないけど…」

言葉に詰まる。


「太郎は14歳になったからこっちに来たんだよね?」

そんな事も知ってるのか。

おそらく本当に彼女は僕の事を知っているらしい。

「そうそう 父さんに言われてお参りに来たんだよ」


少しずつ少女に笑顔が戻っていく。

「そっかぁ もう14歳になったんだね 大きくなったね ずっと待ってたんだよ。」

僕の年の半分くらいしかないような少女に言われる言葉ではない。


それでも僕を待ってた理由は気になる。

「彩…ちゃんは、どうして僕を待ってくれていたの?」

「彩でいいよ」


本題はそこじゃないんだけど、年下とはいえ呼び捨ては抵抗がある。

「いやいや、さすがに呼び捨てはできないよ」

「太郎は昔呼び捨てで呼んでくれてたよ」

少女は怒ったように言い放つ。


確かに昨日の夢の中では「彩」と呼んでいた。

むず痒いのを我慢しながら僕は折れた。

「じゃあ…彩…」

「はい!なんでしょう⁉」

今日一番の笑顔で彩が元気に答える。


「彩…はどうして僕が来るのを待っててくれたの?」

笑顔から突然真顔になる彩。いや、真顔というより暗い表情に窺える。

この短期間で彼女の喜怒哀楽すべてを体験してしまった。

「太郎」

「ん?」

「時間がないの」

「時間?」

「一緒に来て欲しいの」

切羽詰まった物言いに少し戸惑った。


僕もそろそろ時間なのだ。

お昼ご飯までには帰るよう言われて出てきているし、いきなり門限を破っておじいさん達と微妙な空気になるのは避けたい。

「今じゃなきゃダメかな?お昼までに帰るように言われてるからさ。その後でもいいなら付き合うよ。」

「じゃあ夕方までにここに来てくれる?」

「わかったよ。約束するよ。」

最後にうっすらと笑ってくれたのを確認し胸を撫でおろす。


「またね太郎」

「またね彩」

夢と同じやり取りだ。


突然ズキンと頭が痛み軽いめまいがした。

一瞬脳裏に見た事もない川の映像が流れ込む。

雨の後なのか激しい水流で恐怖を感じる。

「太郎。大丈夫?」


彩の声ではっと気づくと頭痛も川の映像も無くなっていた。

僕はそのまま手を振りながら帰路についた。




「神社に行ってきたのかい?」

ソーメンを啜りながらおじいさんが聞いてきた。


「はい。境内を散歩してきました。」

「そうかい。どうだった?」

「彩に会いましたよ。」

おじいさんは勢いよくむせ込む。

おばあさんも驚いたような顔で慌てて聞いてくる。

「彩に会ったって?」


そんなまずい事を言った覚えはない。

どうして二人はこんなに同様しているんだろう。

「はい。境内でお話してきました。」


咳払いしながら眉間に皺をよせておじいさんが続く。

「どんな話をした?」

「彩の事覚えているかって聞かれたんですけど、覚えてないって正直に答えたら泣かれました。」

おばあさんは心配そうに無言でおじいさんを見つめる。


おじいさんは少し考えてから何か言おうとしてやめる。

また何か言おうとして口を動かすが言葉は出さない。

それを3回ほど繰り返してからため息を吐くように言った。

「実際どうなんだい?何か覚えてたりするのかい?」

「いえ、こちらに来たのも初めてだと思うんですけど、僕以前に来た事ないですよね?」


おじいさんは「…そうか。」と言いながら今度は本当にため息をついた。


少し沈黙が続く。

短いのか長いのかわからない無言の中でおじいさんが考え込む。

年相応に皺があるが、眉間の皺がさらに深みを帯びていく。


ソーメンの氷がカランと音をたてた時、おじいさんがゆっくり話し始める。

「お前が小学生になって間もない頃、うちで過ごしてた時期があるんだよ。」

「ええ?」

まったく記憶にない。

そんな事があれば覚えているはずだ。


「頭の横の傷、右側だったか。あれは消えたかい?」

「あ?え?まだ残ってます。」

確かに僕には古傷がある。

父さんから聞いてたのかもしれないけど今出してくる話じゃない。


「でもこれは交通事故で頭を打ってついた傷ですけど…。」

「その時の…事故の事は覚えているかね?」

「え?」

よく考えたら覚えていない。

父さんからそう言い聞かされてそう思って過ごしてきた。

別に気にするほどの事でもなくて、ちょっと傷の周りがハゲてるのはコンプレックスだけど髪で隠せばわからない程度のものだし、たまにしか痛まない。そうさっきの彩の時のように。


おじいさんは両手の指先を合わせ、指遊びでもするように互いの人差し指を回しながら言った。

「その傷はね、お前がこの村の川で流された時についた傷なんだよ。大雨で川が氾濫してお前と彩は流されたんだ。」


何を言っているのかわからない。いきなり突飛すぎで理解が追い付かない。

カチャカチャとおばあさんが食器を片付ける音だけが家中に響く。


「運よくお前は助かったけど、彩は流されていってしまった。結局彩は見つからないまま捜査も打ち切りになってな。」


背筋が凍る。

心臓の音がバクンバクンと聞こえてくる。


「ぅえ?」

声にならない声をようやくひねり出した時、おじいさんは話を重ねた。


「お前は本当に運よく助かったけど後遺症が残ってな。事故前後の記憶に障害を持ってしまった。それでも命が残っているだけありがたいと、みんな大歓喜したもんだ。」

おじいさんは目をつぶりゆっくりと電子タバコを口にした。


今まで沈黙を守っていたおばあさんが今度は話し出す。

「彩に会ったって言ったね。きっとお狐様に化かされたのかもしれないね。

 今回のお前のお参りね、特別なお参りなんだよ。

 それが終わったらもうそんな事は無くなるから安心おしよ。」


「ふー」と煙を吐きながらおじいさんも頷く。


僕は今にも爆発しそうな心臓を抑えながら下を向いた。

じゃあ僕が会った彩の存在は何?

川の氾濫て何?

お参りってそんなに大事なの?

なんで父さんは教えてくれなかったの?

いろんな疑問が頭を巡る。


「お参りの日まで神社には行かない方がいいな。」

低く響く声が僕のお腹にぶつかる。

さっき約束したばかりなのに?

自分の中での疑問は何一つ解決していない。

でもこれ以上突っ込んで話を聞くことは空気が許さない。


「頭を冷やしてきます。」

そう言って僕はサンダルで縁側から外に出た。

神社には寄らない約束をしたうえで。




セミの声がうるさかった。

少しだけ話を動かしました。

大体1話3千文字くらいを目途に組み立てているのですが、難しいですね。

特に会話ベースのシーンを作るのは四苦八苦です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ