【舞台上の夢/舞台裏の現実】
「アイゼさん、お誕生日プレゼントは何がいいですか?」
「絵がいいワ♪」
「絵」
「ちゃんとおねーさんをモデルにしてネ♪」
――そんな訳で、である。
「アイゼさんのリクエストにお応えして、全員で絵を描いてみました」
「いきなりキャンバスを押し付けられたと思ったらそれが理由だったのか」
ショウの言葉にユフィーリアは納得したように頷く。
数日前、ショウとハルアの未成年組からキャンバスを押し付けられて「アイゼの絵を描いて!!」とねだられたのだ。ユフィーリアだけではなくエドワードにも同じようなキャンバスを押し付けていたのだが、一体何故だろうかと2人で疑問を胸に抱きながらも何とかアイゼルネの絵を完成させた訳である。
そしてその絵の強要は、七魔法王にも及んでいたようだ。グローリアとルージュは何だか釈然としない表情で、スカイと八雲夕凪はどこか自信ありげな笑みを浮かべ、キクガとリリアンティアは互いのキャンバスに描いたアイゼルネの絵を見せ合っている。今日も賑やかである。
自分のキャンバスを抱えたショウは、
「そんな訳でユフィーリアから発表をどうぞ」
「絵心のないアタシにいきなり振るか?」
ユフィーリアは眉根を寄せるも、指名されてしまったので仕方なしにキャンバスをひっくり返す。
真っ白な布地の上には、今にも動き出しそうな精緻なアイゼルネの絵が描かれていた。写真の如く光の当たり方や髪の毛の艶、睫毛に載せられた化粧の粉で完璧に再現されている。『無から有を生み出す才能はないが、模写なら完璧』なユフィーリアだからこそ可能とする細かさである。
ちなみに描いた様子は化粧の真っ只中である。慈悲の心で頬に刻み込まれた痛々しい傷跡は隠していた。毎朝見る光景なので記憶に残っており、その様子を思い出しながら描いたのだ。我ながら上手に出来たと自負している。
アイゼルネは「あラ♪」と嬉しそうに声を弾ませ、
「素敵じゃなイ♪」
「下手に描こうとすると怒られるからな……」
ユフィーリアは苦笑いするしかなかった。美的センスが天元突破しているアイゼルネをモデルにするのは、少々緊張感があった。
「次はエドさん」
「はいよぉ」
次に指名されたのはエドワードである。彼の絵心は食べ物ならば発揮されるのだが、果たして人間の場合はどうなるか。
キャンバスをひっくり返した彼が描いたものは、用務員室にて紅茶の用意をしているアイゼルネだった。写真までとはいかないが、それでもその様子が瞼の裏にハッキリと浮かび上がるほど綺麗に描けている。
愛用している真っ赤なドレスに身を包み、陶器製のポットからカップに紅茶を注ぐ姿は今にも動き出しそうである。頭部が南瓜のハリボテで隠れているのもアイゼルネらしさが表現されていた。
「素敵だワ♪」
「ちょっと自信はないけど頑張ったよぉ」
エドワードも額を拭う仕草をした。どうやらアイゼルネをモデルにした絵を描くにあたり、緊張はした様子である。
「それでは次は、学院長でお願いします」
「あれ、君たちは?」
「え?」
「え?」
次にご指名を受けたのは学院長であるグローリアだが、順番が飛んでいた。
本来であればハルアが見せて、ショウがお披露目を果たしてからの七魔法王ではないだろうか。現に彼らの胸にはまだ明かされていないキャンバスが抱きしめられている。絵の内容は完璧に隠されているので覗き見することが出来ない。
キョトンとした表情を見せたショウは、学院長へさも当然と言わんばかりに応じる。
「俺たちは後回しですよ。アイゼさんのど本命ですから」
「そうだよ!!」
「そうヨ♪」
ハルアが同意すると同時に、アイゼルネも肯定で返していた。
問題児の中で最も絵が上手いのは、ハルアとショウの2人である。きっと未成年組ならばアイゼルネも納得の仕上がりを見せてくるに違いない。ど本命だから後回しにされるのも頷ける。
グローリアも未成年組の美術の腕前を目の当たりにしているので、「それもそうかぁ」と納得している様子だった。別に順番には特にこだわりはないようで、それ以上に噛み付いてくることはなかった。
「じゃあ僕が見せるけど、自信がないから笑わないでよ?」
そう言って、自信なさげにグローリアはキャンバスをひっくり返した。
模写のユフィーリア、ある程度の画力を持つエドワードの次に発表されたグローリアの絵はイラスト調で幻想的な雰囲気の南瓜頭の美女を描いていた。「自信はない」と言うが、何も見ないで絵を描くと怪物しか生まれないユフィーリアと比べると桁違いである。
どこかの舞台上だろうか。全身にスポットライトを浴び、魔法のようにトランプカードを手繰るその姿は稀代の天才奇術師と呼ばれただけある威厳だ。魔法使いは魔法の研究をする際によく絵を描くので、ある程度の画力は必須なのだ。
「あら素敵♪」
「綺麗に描けたかなぁ」
「上手ヨ♪」
アイゼルネもグローリアの絵の出来栄えにご機嫌である。
「さあお次はボクッスねぇ!! 自信あり寄りのアリ!!」
「司会進行を奪われた」
興奮気味に自ら名乗りを上げたのは副学院長のスカイは、それはそれはもう自信満々に言う。司会進行を奪われたことでショウがちょっとしょんぼりと肩を落とし、ハルアに慰められていた。
「ではアイゼルネちゃん、ボクの絵をとくとご覧じるがいいッスよ!!」
そう言って、スカイはキャンバスをひっくり返した。
断面図であった。
よく見ると設計図である。画力はなかなか高いのだが、南瓜のハリボテで覆われた頭部や豊満な肢体など部品単位で分解されて、何か注釈のようなものまで書き込まれている。キャンバスという絵を描く為の道具に水彩画でもなければ油彩画でもない、紛れもない設計図が全面に描かれていた。
スカイは「いやぁ」と恥ずかしそうに頭を掻き、
「写真を撮影するのは得意なんスけど、絵は設計図ぐらいしか描いたことがなくてぇ。てへッ」
舌をぺろりと出して笑うスカイに、アイゼルネはパチンと指を弾く。
その合図を受けて動いたのはハルアだ。自分の胸に抱いていたキャンバスをショウに預けると、スカイの公開した設計図の描かれたキャンバスを手に取った。
何をするかと思えばそれを振り上げ、キャンバスの表面をスカイの脳天に叩きつける。キャンバスの表面が破られ、スカイの頭が貫通した。趣味の悪い首輪みたいになってしまった。
「えー、こうしてふざけた絵を描くとハルさんによるお仕置きが待っていますのでご注意くださいね」
司会の主導権を取り戻したショウが言う。
確かに設計図はふざけすぎである。設計図しか描けなかったとしても、何かちょっとこう工夫でもすればいい絵になったものを、スカイはそのまま提出してきたのだ。美的センスが天元突破のアイゼルネも怒るに決まっていた。
趣味の悪い首輪をつけられてしまったスカイは、ぐわんぐわんと頭を揺らして何やら呻き声を発する。脳天をぶっ叩かれたことでおかしくなってしまったようだ。頭の螺子がこれ以上抜けないことを願うばかりである。
「お次はルージュ先生ですが、大丈夫ですか? おふざけしてませんよね?」
「ユフィーリアさんならまだしも、アイゼルネさんに対してはふざけませんの。ちゃんとわたくしの画力で、出来る限り最善を尽くさせていただきましたの」
「おい、アタシならまだしもって何だ。アタシがモデルだったらふざけるのか、ええ?」
ルージュの聞き捨てならない言葉にユフィーリアは威嚇するも、当の真っ赤な魔女はしれっと明後日の方向を見上げて視線を逸らしていた。絶対にふざけるに決まっていた、この野郎。
「お眼鏡に叶うかどうか分かりませんが、ご覧くださいですの」
そう言ったルージュは、自分が抱いていたキャンバスをひっくり返した。
全面に描かれていたものは薔薇である。薔薇に埋もれるアイゼルネが描かれていた。真紅の薔薇と同色のドレスが豊満な肢体を包み込んでおり、鮮烈な色鮮やかさを絵の具の濃淡だけで表現している。
真っ赤な薔薇に埋もれて目を閉じるアイゼルネの様子は、さながら死んでいるようであった。そう思うと、赤い薔薇も献花のように見えてしまう。情熱的な赤い薔薇が不謹慎なブツに早替わりだ。
「…………♪」
「…………アイゼさんの死に顔を描いた訳ではないんですよね?」
「眠っているだけですの。誰が死に顔なんて不謹慎なものを描くんですの」
ルージュはしれっと本気とも冗談とも取れぬ調子で言うものだから、おそらく冗談ではないのだろう。彼女は本気で描いてこうなったのだ。薔薇に埋もれて出棺されるみたいな絵でしか表現できなかったのだ。
それを理解してしまったからこそ、アイゼルネもスカイのように『お仕置き判定』を喰らわせることが出来ずにいた。持ち上げた指先は鳴らされることなくゆらゆら揺れている。南瓜のハリボテで隠されているが、微妙な表情を浮かべていることだろう。
やがて、アイゼルネはそっと手を下ろした。
「不問とするワ♪」
「本日はアイゼさんの判断に従いましょう。本日の主役の判断は絶対ですのでルージュ先生の絵は不問とします。これが次の日だったら問答無用でお仕置きですが」
どうやら趣味の悪い首輪の刑は回避できたようであった。ユフィーリアは無様なルージュの様子が見れなくて、内心残念に思う。
「お次は父さんだ」
「よろしく頼む訳だが」
次にショウから指名されたキクガが、抱えていたキャンバスをひっくり返す。
布製のキャンバスを使って描かれていたものは、可愛らしいアイゼルネの絵である。他は全体的に等身大が多い中、キクガが描いた彼女は2頭身でデフォルメされている。色鮮やかな橙色の南瓜から赤いドレスを身に纏った身体が生え、子供が好みそうな絵の雰囲気であることが窺える。
加えて、何故かアイゼルネの周りにはパンに身体が生えたような人物も描かれていた。一体何だろうか、あれは。キクガの描く絵の中で、アイゼルネは得体の知れない連中と楽しそうに踊っている。
「恥ずかしながら、ショウに紙芝居を作った時以来の絵な訳だが。このような子供っぽい絵しか描けない」
「可愛くていいじゃなイ♪」
「父さん、もしかしてそれはパンが主役の愛と勇気だけが友達の」
「それ以上はいけない、ショウ」
何か見当がついたらしいショウが口を開くものの、キクガに止められていた。愛と勇気だけが友達ということは、実質ひとりぼっちという寂しい状況ではないか。強がるのは止めた方がいいと思う。可哀想になってきた。
絵のモデルになったアイゼルネは、キクガの絵が気に入った様子である。他が色気のある美女であることに対して、キクガの絵の中では身体の凹凸すらなく妖艶さは欠片もない。それでも楽しそうなことだけは伝わってくる絵である。
そしてお次の人物だが、
「はいはいなのじゃ〜、儂なのじゃ〜!!」
「没」
「まだ何も見せておらんのじゃ!!」
やたらニコニコ笑顔の八雲夕凪が手を挙げてきたので、ユフィーリアが先手を打って没を宣言する。何だか嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
「八雲のお爺ちゃん、ふざけたらお分かりですよね? 副学院長みたいに趣味の悪い首輪をつけることになりますよ」
「そうッスよ、こんな首輪になっちゃうぞ」
ショウがおふざけを制止し、スカイが自らの罰を掲げるように己の首に未だ嵌められているキャンバス製の首輪を指差す。ふざけたらどのようなお仕置きが待っているのか、いい例がそこにいた。まだ外していなかったのか。
「ふふん、副学院長殿のように阿呆な真似はせんわい。ご照覧あれ!!」
やたら自信ありげに八雲夕凪はキャンバスをひっくり返した。
表れたのは、やたら極東風に描かれた南瓜頭の美女である。ただし赤いドレスではなく赤い着物、襟元から豊満な胸が垣間見えた肉感的な妖艶さの漂う絵である。特殊な絵の具でも使っているのか、濃淡の出し方がユフィーリアたちの使用した絵の具とはちょっと違っているようにも見えた。
随所に金の縁取りも施されて豪華に飾られ、極東らしい妖艶さと趣深さを感じるアイゼルネの絵に誰もが見入った。ふざけてくるだろうと思われていた爺さんが、思った以上の大作を出してきてどう反応すればいいのか分かっていない。あと、頭の中に「ぃよ〜〜〜〜ッ」と聞こえたのは幻聴にしたい。
「……浮世絵?」
「これは見事なものな訳だが」
ショウとキクガの2人だけは、八雲夕凪の絵の調子に心当たりがあるようだった。どうやら文化として存在はするらしい。
「立派じゃろ〜、儂とてやれば出来るんじゃよ」
「精一杯にふざけて新しい首輪付きの馬鹿野郎を増産したかったのですが」
「その手には乗らんのじゃ。ちゃーんと頑張って描いたのじゃよ」
八雲夕凪は「どうじゃ、どうじゃ?」とアイゼルネに詰め寄り、
「儂の絵、いいじゃろ。いいじゃろ?」
「そうネ♪ 素敵だワ♪」
アイゼルネは弾んだ声で言う。
「これはキクガさんにあげようかしラ♪ 価値が分かっていそうだシ♪」
「おや、いいのかね」
「目の前で横流しされとるッ!?」
八雲夕凪から受け取ったキャンバスを、流れるようにキクガへ手渡すアイゼルネ。極東の文化を最大限に活用した絵の調子は評価できるだろうが、襟元からこぼれ落ちそうな胸元や裾から伸びる肉感的な足などが妙に癪に触るのだろう。「エロく描けばいいってものじゃねえ」と感想が頭をよぎった。
しかし、キクガはこの絵が気に入ったようで、八雲夕凪に使用した絵の具や描き方について質問をしていた。アイネアの手によって絵が横流しされたことでちょっとショックを受けていた八雲夕凪だが、キクガの態度で起源を持ち直したようである。ふさふさの尻尾を揺らして絵について語っていた。
そして七魔法王の最後として残されたのは、リリアンティアである。
「リリア先生はどんな絵を描きましたか?」
「あ、あの、物凄く自信がなくて、ご、ごめんなさい……」
尻すぼみ気味に謝罪の言葉を口にしながら、リリアンティアがキャンバスをひっくり返す。
あまり絵の具を上手く扱えなかったのだろう、ガタガタになった線からはみ出る色がどうにも子供らしさはある。絵の雰囲気もまるでお姫様のようなドレスを身につけた南瓜頭の美女で、何故か南瓜のハリボテの目がキラッキラに加工されていた。現物と大違いであった。
慣れないなりに一生懸命さが伝わってくる作品だった。真っ白なキャンバスと向き合って「みゃー……」と自信なさげに筆を走らせる健気な聖女様の様子が、まるでその場にいたかのように目に浮かぶ。
「あら可愛いワ♪」
「ほ、本当ですかぁ?」
「えエ♪ 一生懸命に描いてくれたんだもノ♪」
アイゼルネは南瓜のハリボテの目元を手で覆うと、
「こんな感じかしラ♪」
「あ、凄い」
「アイゼ凄えね!!」
ショウとハルアが揃って称賛の声を上げる。
アイゼルネの南瓜のハリボテは、目の部分がキラキラのお星様のような形になっていた。リリアンティアが描いた絵と同じキラキラ具合である。幻惑魔法を上から重ねることでそう見えるように演出したのだ。
サービス精神旺盛な南瓜頭の美女に、幼い聖女様は大興奮である。「ほ、本当にお星様のようにキラキラ……身共の絵と同じです……!!」と嬉しそうだった。可愛らしい喜び方である。
「これで全員発表は終わった訳だけど」
「本命のお前らはまだ発表しねえのか?」
アイゼルネの幻惑魔法に興奮する未成年組にユフィーリアとグローリアが指摘すると、ショウとハルアは「忘れてました」と言わんばかりの表情を見せた。その腕に抱きかかえたままのキャンバスは一体何なのだろうか。
「ええと、では俺の方から先に発表させてもらおう」
「ショウちゃんの絵はね、凄えよ!!」
「ハルさん、ハードルを上げないでくれないか」
最初に発表を宣言したのは、今まで司会進行を務めていたショウである。高い画力と知性を持ち合わせた彼は、果たしてどのようにアイゼルネを表現したのか。
「それではご覧ください」
ショウはキャンバスをひっくり返し、自分の絵を公開する。
絵は全体的に薄暗く、中央に背中を見せる緑髪の美女が両腕を広げて佇むのみ。両脇に束ねられた天鵞絨の幕と、緑髪の美女の頭上から降り注ぐスポットライトの明るい光。逆光を使った表現が舞台上の物寂しさを演出しており、どこか神々しささえ感じる絵である。
舞台で両腕を広げる彼女は、おそらく大勢の観客に得意の手品を披露するアイゼルネを描いているのだろう。かつて移動式サーカス団で売れっ子の奇術師だった彼女を上手く表現できている。
キャンバスを掲げるショウは、
「題名は『舞台上の夢』です。いかがでしょう」
「まさに芸術作品って感じだワ♪」
アイゼルネは楽しそうな声で応じる。「色の使い方が素敵♪」なんて褒め言葉も添えていた。
「そんじゃ、最後はオレね!!」
「ハルさんも凄いぞ」
「ショウちゃん、期待値を上げてかないでね」
先程、同じことをされたショウをハルアは窘める。お前が窘める立場にはいない、という言葉は飲み込んだ。話が進まなくなる。
「じゃーん!!」
そんな効果音と共に公開されたキャンバスは、ショウが公開した絵の雰囲気とは対照的であった。
全体的な色合いは明るく、緑髪の美女が楽しそうに笑っている風景が描かれている。その前髪や頬、鼻先には白色の液体がたっぷりと付着しているが、美しいその人の表情は嬉しそうだ。
ショウの絵では舞台上で孤独な様子のアイゼルネが描かれていたが、ハルアの絵はたった1人でいるにも関わらず喜色満面といったような雰囲気である。彼女の左頬に刻まれた痛々しい縫合痕も、睫毛の長さも、鼻の高さも、南瓜のハリボテの下に隠された彼女の素顔そのものだ。
「題名は『舞台裏の現実』だよ!!」
「現実♪」
「うむ、そうであるぞ」
アイゼルネの背後から声が聞こえてきた。
彼女が弾かれたように振り返ると、頭部を覆う南瓜のハリボテがスポンと脱がされる。驚いた感情が乗せられたアイゼルネの素顔が公開されたのも束の間のこと、すぐにクリームがたっぷりと盛られた紙皿が顔面に押し付けられた。
美しさを追求する彼女をわざわざ汚すようなことをしたのは、シルクハットを被った紳士然とした男だった。豊かな金髪に見る角度によって色を変える瞳、端正な顔立ちは実年齢さえ不詳にさせる。
「アイゼルネ、誕生日おめでとう。吾輩、わざわざ有給を申請して駆けつけたのだよ」
「もう、パパ♪」
「いだッ、ちょッ、割と本気の拳は止めないかッ!?」
自分の顔をクリームで汚してくれた父親に向かってアイゼルネは殴りかかるものの、真っ白なクリームで汚れた顔に乗る表情は笑顔である。奇しくもハルアが描いた絵と同じ表情だ。
まるで、そうなる未来を予知していたかのようであった。
――いいや、もしくは最初から仕組まれていたことかもしれないが、真実は神のみぞ知るという訳である。
《登場人物》
【ユフィーリア】ショウとハルアの合作は知っていたし、何なら絵に仕掛けられた意味も理解していたので黙っていた。アイザックを全力で隠していた。
【エドワード】ショウとハルアの合作は知っていたし、何ならユフィーリアに言われて絵の仕掛けにも協力していた。アイザックを隠すユフィーリアの所業を黙っていた。
【ハルア】問題児随一の絵の才能の持ち主。ショウから作戦の概要を聞いて張り切った。
【アイゼルネ】本日の主役。パイ投げの被害に遭うのは初めてかもしれない。
【ショウ】全てにおける元凶。絵の腕前はそこそこ自信ありだが、ハルアのおかげでより磨きがかかった。
【グローリア】魔法の実験の際に絵は描くのでそこそこのレベル。授業などの合間に完成させた。
【スカイ】職業病で思わず設計図を作っていた。
【ルージュ】薔薇が好きなので、どうせなら薔薇に囲ませてみた。
【キクガ】課題の絵を描いていたらオルトレイ(ユフィーリア父)から笑われた。
【八雲夕凪】割と真面目に描いた。浮世絵? 何のことじゃ?
【リリアンティア】絵を描くよりも木登りとか鬼ごっこが好きだったので、画力は子供並み。
【アイザック】アイゼルネの父。作戦の概要を聞かされ、用務員室に隠れて待機。娘の誕生日をお祝いすべく張り切った。