悪夢
真っ暗な闇の中、月の光だけが輝いている。
その下には銀髪の少年が一人立っていた。
「ここは…?」
彼は周囲を見回す。
その横顔は幼い白銀だった。
「やっと見つけた。こんなとこで何してるんだ?」
彼の体はその声に微かに震える。
声のした方を見ると金髪の青年が立っていた。
「…レオ?」
白銀は目を大きく見開いて目の前にいる青年を
見上げる。
青年は彼の方を見て微笑むとこう言った。
「ほら、ーー。帰るぞ」
彼は少し屈んで手を差し出す。
なぜか自分の名前だけ靄がかかったように聞こえ
ない。
白銀は手を伸ばすが躊躇いその手は宙をさ迷って
いる。
「どうした?ほら、リオンのやつらも待ってるぞ」
青年は穏やかな声でそう言うと彼を抱き上げた。
「レオ。子供扱いしないで…」
彼がそう言いかけた時、ふと後ろに左右で目の色が違う男が立っていることに気づく。
その手には銃が握られていて照準は金髪の青年に向けられていた。
「レオ!後ろ!」
そう言われて青年は咄嗟に白銀を庇って蹲る。
それと同時に大きな音が響いた。
「レオ!大丈夫!?」
彼は慌て自分を覆っている青年に触れる。
その手には赤い血がべっとりとついていた。
「あ…。レ…オ?」
白銀は真っ赤に染った青年の胸を見て青ざめる。
その唇と体は震えていた。
「嫌だ…!死なないで…レオ!」
彼は大粒の涙を流してしゃくりあげながら青年にしがみついた。
「ごめん…な。ーー」
青年はそう言って力なく笑うと動かなくなった。
銃を持った男はそれを確認すると振り返って闇の中に姿を消した。
「レオ!!」
白銀はそう叫ぶと布団から飛び起きていた。
「…夢?また…か」
彼は頭を押さえると震える体を抱き抱える。
「大丈夫。夢だ…。レオは死んでない…」
汗で張り付いた髪を掻き分けると周囲を見回した。
誰もいないのを確認してほっと息をつく。
「誠二さんは昨日からアルマのところにいる。
よかった…。こんなとこ見られたら心配するだろうから…」
そう言うと荒い呼吸をなんとか整えた。
少しだけ呼吸が落ち着くと彼は腕を抱えて顔を
埋める。
「いつまで悪夢は続くんだろう…な」
白銀はそう消え入るような声で呟くと目を閉じた。
地下の部屋には誠二とアルマがいた。
彼は昨日からアルマに護身術を泊まり込みで
教わっている。
「アルマさんって白銀さんと長い付き合いなんですか?」
彼は椅子に座っているアルマに聞いた。
「長い付き合いっていうか…。昔から知ってる」
「そうなんですね…」
誠二はそう言うと考え込む。
「どうした?あいつに何かあったのか?」
アルマがじっと彼を見ると誠二は口を開いた。
「実は白銀さんが最近よく寝ているときにうなされていて…。夜中に目を覚ますことが多いんです」
その言葉にアルマはため息をつく。
「悪夢か…。うなされてるとき何か言ってるか?」
「えっと…。死ぬなレオって…」
誠二がそう言うとアルマの瞳が揺れた。
「また同じ悪夢を見てるんだな…」
大きくため息をつくと彼は誠二を見る。
「あいつの悪夢は昔からなんだ。しばらくなかったから治ったと思ったんだがな…」
「昔から見てるんですね」
誠二がそう聞くとアルマは頭を搔いた。
「ああ。昔のトラウマが消えないんだろうな」
トラウマという言葉に誠二は少し考える。
(白銀さんみたいに強い人でもトラウマはあるん
だな…)
アルマは手を軽く叩くと立ち上がった。
「ほら、休憩は終わりだ。続きやるぞ。後、二日で覚えてもらわないといけねぇからな」
「はい!お願いします」
それから誠二の指導を受ける日々が続いた。
アルマの指導はとても丁寧で白銀が教えるのが
上手いというのも頷ける。
二日が経過した夜、アルマは誠二と話していた。
「今日が最終日だ。護身術もほぼ身についたな…。
あんた素人にしては筋がよかったぜ」
アルマがそう言うとにやっと笑う。
「アルマさんの指導が上手いからですよ。俺、実は護身術を覚えてって言われて少し緊張してて…。
でも、アルマさんが教えてくれてよかったです」
誠二の言葉にアルマは笑った。
「誠二はあいつとは正反対だな」
「正反対ですか?」
彼は大きくため息をつく。
「あいつは他人にほんとの気持ちが言えねぇんだ」
「ほんとの気持ち…ですか」
誠二はふと白銀の行動を思い出した。
今まで一緒に過ごしてきて白銀の本心はどこか掴めない。
(そういえば何で俺を復讐に誘ったんだろう…?もっと、優秀な人はいるはずなのに…)
アルマの声が誠二の思考を遮る。
「全く困ったやつだよ。あ、そうだ。あんたに渡したいもんがあったんだよ」
アルマは懐から箱を取り出した。
「箱ですか?」
彼はまじまじと目の前の箱を見つめる。
「この中のもんをやろうと思ってたんだよ」
アルマはそう言うと箱を開けて中に入っていた物を誠二に見せた。
「これ、ナイフですか?」
「試作品だがな。柄にスイッチがあるだろ?これを押すと催涙ガスが出るって仕組みなんだよ」
その言葉に誠二は目を見開いた。
「アルマさんって器用なんですね」
「趣味なんだよ。武器を改造したりするのがな。
これ、誠二にやるよ。どうせまたあいつ危ない
とこに行くんだろ?」
誠二はどう返事すればいいのか言葉に詰まる。
そんな様子を見てアルマは笑った。
「何も言わなくていいぜ。あいつのことはよくわかってるからな」
「ありがとうござい…」
そう口にしようとした時に誠二は前に白銀が分厚い封筒を渡しているのを思い出した。
「あの、白銀さんみたいにお金持ってないんです
けどもらってもいいんでしょうか?」
「試作品だって言っただろ?商品じゃねぇんだから金は要らねぇよ」
アルマはそう言うとナイフを箱に入れて誠二に渡す。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
彼は箱を受け取ると頭を下げた。
「誠二。ひとつだけ言っておくぞ。お前はあいつと違って素人だ。無理はするな。危ないと思ったら
逃げろ」
アルマは真剣な顔で誠二を見る。
「わかりました」
誠二は頷くと部屋を出て行った。
彼がいなくなった後にアルマは煙草を口にくわえながら呟く。
「ボスがもっと早く日本に来てくれればなぁ。
あいつの無茶も止められるんだが…」
そんな時、彼のスマホが震える。
懐からスマホを取り出すと画面を触って電話に
出た。
「ボス。何かあったのか?」
電話相手の言葉を聞いてアルマは目を大きく
見開く。
「え?もう日本についた?前は再来週って言って
たよな…」
彼はそう言って少し考える。
ふと三日前の暗い白銀の顔が思い浮かんだ。
「あー…。ボス。こっちに来てるならあいつのとこに
行ってやってくれねぇか?また、無茶しようとしてるみたいなんだ。場所はだいたい予想がつく。後でメール送っとくから」
アルマは電話を切るとメールで今日開催される
オークションの住所を送った。
「後は頼んだぜ。ボス」