表と裏
暗闇でスマホが光って震える。
部屋に入ってきた男はそれに気づくとスマホを取って電話に出た。
「もしもし。こんな時間にどうしたんだ?ボス」
男はそう言うと壁にかけてあった時計を見る。
秒針が指しているのは深夜一時だ。
「遅い時間に悪かったな。こっちはまだ、朝なんだよ。それよりアルマ。あいつに会ったんだって?」
アルマは笑った。
「会ったぜ。思ってたよりも元気そうだったよ」
その言葉に電話相手の声が弾んだ。
「そうか!あいつ日本に行ってから何の連絡も寄越さねぇから心配してたんだよ」
「あー…。あいつになりに思うところがあった見たいだぜ?一応、ボスが気にしてたとは伝えたがな」
アルマがそう言うと電話相手は急に静かになる。
「ボス?」
「あ、悪い。なぁ、あいつまだ復讐しようとか考えてんのかなぁ…?」
その声は沈んでいた。
アルマは心の中でため息をつくと言った。
「…かもしれないな」
「だよなぁ。俺、近いうちに日本行くからさその時にあいつと話してみるわ」
彼は瞬きを数回繰り返すと目を見開く。
「…は?」
「仕事でそっちに行く案件があってな〜。あ、日程は再来週ぐらいを予定してるんだけどさ」
アルマはその言葉に額を押えた。
「確認なんだけど…。ボスが日本に来るってことはリオンがこっちに来るってことか?」
「そうだが…?大体、ボスが一人で日本に行くわけないだろ?てか、俺さっき仕事って言ったよな」
電話相手は不思議そうに言った。
「あ、ああ。言ってたな」
アルマは頭が痛くなる。
(今、日本じゃボートゥールが壊滅させられたって大きな事件が起こってる。しかもそれをやったのは白い死神…あいつだ。それを知ればボスがなんて言うかなぁ…)
彼は大きなため息をつく。
「いきなりなんだよ。失礼なやつだな。お前を日本に常駐させているとはいえ俺はリオンのボスだぞ」
「はい。すいませんでしたぁ。ボス」
全く心のこもってない声で返事すると電話越しに
怒ったような声が聞こえる。
「日本に行ったら絶対、説教してやるからな!覚悟しとけよ。アルマ!」
そう言うと電話は切れた。
(ボスのあれはいつものことだとしても…。俺が心配なのはボスが日本に来ることだな…)
アルマはテーブルに近づくと煙草の箱を手に取る。
そして、箱から煙草を一本取り出すと口に咥えた。
また、大きくため息をつくとポケットからライターを取り出し煙草に火をつける。
口から煙を吐き出すと彼はぼんやりと天井を見上げた。
(面倒なことにならないといいんだがなぁ…)
煙を見つめながら彼は目を閉じる。
誠二は白銀と過ごしていくうちに彼のことが少しだけわかってきていた。
まず、思っていたよりは怖い人じゃないこと。
そして、芳山株式会社…の裏にいる組織に異様な執着があること…。
「誠二さん。難しい顔してるけど、どうしたの?」
突然、話しかけられた誠二は驚き振り向いた。
「白銀さん…。いえ、少し考え事をしてただけです」
「そう?あ、実は誠二さんにお願いしたいことがあったんだよね」
その言葉に誠二は首を傾げる。
「お願いしたいこと…?」
「うん。ちょっとハッキングをしてほしいんだ」
彼は大きな声を上げた。
「えっ!?ハッキングですか?」
「そう。俺が誠二さんを助けたのはその能力に目をつけたからなんだよね」
白銀はそう言うと微笑んだ。
「能力って…。俺は白銀さんみたいに強くないですよ?」
「違う違う。力とかそういうのじゃなくて、俺が言ってるのはシステム技術だよ。芳山株式会社にいたときその腕は随一だったんでしょ?」
誠二は複雑な表情を浮かべた。
そして、小さな声でぽつりと言った。
「…そのせいで会社を追い出されたんですけどね」
「え?今、なんて言った?」
彼は白銀に無理やり笑顔を作ると首を横に振る。
「なんでもないです。正直、ハッキングとかやったことないですけど…。白銀さんには助けてもらった恩もありますし。できる限りのことはやってみます」
その言葉に白銀は頭を下げた。
「ありがとう。誠二さん。ハッキングして欲しいのはボートゥールのボスが持ってたファイルなんだ」
彼は懐からケースに入ったUSBを取り出す。
「ボートゥールを壊滅させた後にこのファイルがあるのに気づいてさ。こんなことならボスだけでも生かしておけばよかったな…」
何の感情もない白銀の目を見て誠二は手が微かに震えた。
(白銀さんは俺には優しいんだけど。時折、人形みたいに生気を感じられない顔はまだ怖いな…)
誠二は首を横に振る。
白銀はUSBを誠二に渡すと後ろを向いた。
「パソコン持ってくるね。他に何か必要な物とかある?」
彼は少し考えた後に答える。
「パソコンに繋ぐケーブルってありますか?」
「あるよ。パソコンと一緒に持ってくるね」
誠二は頷くと建物の奥に消えていく白銀を見つめた。
少しして白銀はパソコンを抱えて戻って来た。
「お待たせ。これでいい?」
彼はパソコンを近くの机に置くとケーブルをその上に置く。
「ありがとうございます」
誠二はパソコンを開いて電源を入れると白銀にもらったUSBを差し込んだ。
画面には極秘と書かれた下にパスワードという文字が表示されている。
「パスワードを入力しないとファイルが見られないんですね」
「うん。一回失敗してロックがかかるものもあるでしょ?だから、下手に触れなくて困ってたんだよね」
誠二は突然、自分のスマホを取り出した。
「どうするの?」
「俺のスマホにあるウイルスを使ってこのファイルを乗っ取ります」
その言葉に白銀は目を見開く。
「何で誠二さんのスマホにウイルスがあるの…?」
「あ、誤解しないでくださいね。俺、会社でセキュリティ部ってところに勤めていて研修みたいな感じでサイバーウイルスを学んでたんですよ。その時のソフトがスマホに入ってるんです」
白銀は感心したように誠二を見た。
「何かすごいね。誠二さん」
「そんなことないですよ」
彼は話しながらもケーブルをスマホとパソコンに繋ぐとウイルスと表示されたアプリを押した。
(どんなデータにも必ずプログラムの欠点はある。そこをつけばファイルの中身を見ることができるはず…)
誠二はパソコンの画面が暗転して赤い文字で初期化まで残り十秒と表示されているのに気づく。
彼は慌ててケーブルを抜いた。
「これ…。もしかしてウイルスが効かない?」
「誠二さん。急にどうしたの?」
画面を覗き込む白銀に誠二は俯く。
「このファイルにウイルスは使えません。多分、ウイルスの感染を検知したら自動でデータが消去されるようになってます…」
「そっか。何か他に方法はないのかな?」
その言葉に誠二は考え込む。
(ウイルスに感染すると初期化するなんて厄介なファイルだ。でも、それだけ見られたら困る情報が入っているんだろうな…。他に方法は…)
彼はふと数年前の出来事を思い出した。
あれはまだ、誠二が入社して間もない頃のこと
だった。
彼はセキュリティ部で見つけたソフトのバグを上司に報告していた。
『広野さん。あのバグは問題なかったんだよ。あそこで見たことは全て忘れなさい』
上司は何故かバグを直そうとはせずに誠二にそのソフト内で見たことを忘れるように言っている。
『染野さん…。でも、あれは明らかにバグでしたよ?何故、改善しないんですか?』
染野と呼ばれた人物は声を荒らげた。
『忘れろと言っただろ!この話は終わりだ。二度とその話を口にするな!』
『…はい』
誠二はため息をつくとソフトを見る。
そこにはウイルス感染の検知についてと表示されていた。
彼は瞬きを数回繰り返すとキーボードを叩いてアルファベットを打つ。
パソコンの画面にはウイルス感染の検知を解除と表示された。
誠二はもう一度、スマホとケーブルを繋ぐとパソコンにウイルスを飛ばす。
今度は暗転することなく進めた。
彼は息を飲み込むとマウスで画面をクリックする。
すると、ファイルが開いた。
「誠二さん。ファイルが開けたんだね!一体、どんな方法を使ったの?」
「…昔、見たことを思い出したんです」
誠二は暗い顔をした。
(このファイル…。もしかして芳山株式会社が作ったのか?昔、会社で見たあのウイルス感染の検知を解除する暗号。それを打ち込んだらそれが適用されるなんて…)
彼は椅子から立ち上がると白銀の顔を見た。
「このファイルが見たかったんですよね。どうぞ」
白銀は頷くと椅子に座ってパソコンの画面を見る。
そして、にやりと妖しげな笑みを浮かべた。
「やっぱりボートゥールはコルボノワールの配下だったんだなぁ。後、他にも三つ組織があるのか…」
彼が見つめる画面にはコルボノワール、エーグル、フォコン、シュエットと書かれている。
下にスクロールしていくとコルボノワール以外の組織の住所が表示された。
白銀は能面のような顔をして言った。
「後、三つ。コルボノワールに関わる組織は全て潰さないとね」