ラモール
あれから誠二は白銀のアジト…廃工場で過ごして
いた。
「誠二さん。ネットカフェに置いてた荷物ってこれ?」
白銀は持っていたキャリーケースを見せる。
「それです。ありがとうございます。すみません手間をかけさせてしまって…」
誠二がそう言って眉尻を落とすと彼は首を横に振った。
「気にしないで。また、攫われたら大変だしね」
白銀はそう言うとキャリーケースを彼に渡す。
誠二はそれを受け取るとチャックを開けて中身を確認した。
「盗られてるものとかない?大丈夫?」
その様子を見ていた白銀は首を傾げて聞いた。
「大丈夫です。全部あります」
「よかった」
彼は目元をほころばせる。
その姿を見て誠二はここに来てから気になっていたことを聞いた。
「白銀さん。前にバーで会った時に詳しく知りたいならこの住所に来てって名刺くれましたよね?あそこに書かれていた住所ってここだったんですか?」
その言葉に白銀は笑う。
「そうだよ。俺も約束を守らないとね。誠二さんは何が知りたいの?」
彼に聞かれると誠二は少し考え込んだ。
そして、白銀の目を真っ直ぐに見て言った。
「ラモール…。白銀の死神とは一体なんですか?」
誠二の言葉に白銀は妖しく笑う。
「ラモールは俺が名乗ってる異名だよ。まぁ、簡単に言うなら夜の世界で悪事を働いてる連中を潰してるんだ」
そう言って遠くを見つめる白銀に誠二は更に聞く。
「じゃあ、この間のボートゥールの壊滅も白銀さんが…?」
白銀はボートゥールという名前に顔を顰めた。
「あいつらはマフィアの中でもかなりあくどい商売をしてたんだよ。人身売買とか…。だから俺が潰したんだ」
彼は吐き捨てるようにそう言った。
誠二はマフィアや人身売買という言葉を聞いてつくづく自分がいた世界とは違うことを思い知る。
そして、ふと前に白銀が口にしていたことを思い出した。
『俺があんな黒い会社に入社するわけないじゃん』
彼は少しだけ悩んだが意を決して言った。
「…前に俺が働いていた芳山株式会社のことを黒い会社って言ってましたよね。あそこにも何か裏があるんですか…?」
白銀はその言葉に目を瞬かせる。
そして顎に手を当て考え込んだ。
どのくらい沈黙が続いたのか彼はようやく口を開いた。
「芳山株式会社は裏でマフィアと武器の取引をしてる。今、話せるのはこれぐらいかな…」
白銀はそう言って遠くを見つめる。
誠二はその姿を見て考えた。
(俺が働いていた会社が裏でマフィアと取引をしていたなんて…。考えもしなかった。そういえば、前に白銀さんが言ってた復讐してみないか…ってどういう意味だったんだろう…?)
彼はどう言っていいか悩む。
そんな姿に白銀は笑って聞いた。
「誠二さん。まだ聞きたいことがあるの?」
誠二は一瞬躊躇ったが、慎重に言った。
「…白銀さんは最初に復讐してみないかって俺に言ってましたよね。それは芳山株式会社にですか?」
彼がそう言うと白銀は顔を曇らせる。
「まぁ、芳山株式会社にもだけど…。俺の目的はその裏で手を引いてる組織にだよ」
誠二がその言葉に更に口を開こうとしたときだった、白銀はぱんと手を叩いた。
「この話は終わり。俺、行きたいところがあるんだよね。誠二さんも一緒に来て」
「…わかりました」
白銀はふっと笑うと廃工場を出て行く。
誠二もその後を追った。
二人がしばらく歩いて着いたのは、廃品置き場だった。
誠二は周囲を見渡す。
辺りには廃車が積まれているだけの閑静なところだ。
「白銀さん。こんな場所に何の用があるんですか…?」
彼がそう言うと白銀は振り向いて倉庫の方を指さした。
「ここはねある人のアジトなんだよ。俺はその人に用があるんだ」
そう言うと白銀は倉庫の方を見る。
「ねぇ、いるんでしょ?アルマ」
「アルマ…?」
誠二が首を傾げると突然、倉庫のシャッターが開く。
「来いってさ」
白銀はにやりと笑うと倉庫の方に歩き出す。
誠二も同じように後を追った。
薄暗い通路を進んでいくとひとつの部屋につく。
「これは…」
そこは壁に拳銃やライフル、剣など武器が掛けられているところだった。
誠二はまるで別の世界にきたような感じがした。
「白銀さん。こんなところに用があるんですか?」
彼がそう言うと突然、扉が開く。
「悪かったな。こんなところで」
そこには顔に傷のある中年くらいの男が立っていた。
「アルマ。久しぶりだね」
白銀はそう言うと嬉しそうに笑う。
「ったく。急に連絡がきたと思ったら無茶な注文しやがって…。お前じゃなきゃ即断ってたぞ」
アルマと呼ばれた男はそう言いながら部屋に入ってくる。
「頼んでた物はできた?」
白銀がそう言うと彼は棚からアタッシュケースを取り出す。
そして、それをテーブルの上に置いた。
白銀はそのアタッシュケースを開ける。
中には黒い拳銃と小さな丸いぼたんのような物が
入っていた。
白銀は拳銃を手に取るとそれをよく観察する。
「これが機能つきの?」
「ああ。相手に自動で照準を合わせてオートで弾を撃てる。地下で撃ってくか?」
アルマがそう聞くと白銀は首を横に振った。
「いや、いいよ。俺、アルマのこと信用してるし」
その言葉にアルマは鼻で笑う。
「誠二さん。よかったね。これで攫われそうになっても対処できるよ」
白銀はそう言うと呆然としている誠二の手に拳銃を握らせた。
(け、拳銃…?本物の…)
誠二は途端に顔が青ざめる。
手も微かに震えている。
その様子に気づいた白銀は彼の手から拳銃を取り上げた。
「ごめん。拳銃なんて触るの初めてだよね…。怖がらせちゃったかな」
彼は眉尻を下げる。
「いえ…。俺こそすみません」
誠二はそう言うと肩を落とした。
(俺、自分がどんな世界に足を踏み入れたのかちゃんと自覚してなかったな…)
彼は心の中で大きくため息をつく。
「拳銃はまだ早いかもしれないからこれを持ってて」
白銀はそう言うとアタッシュケースの中に入っていた丸い物を誠二に渡す。
「これは…?」
「GPSだよ。防水機能つきのね。もし、誠二さんが攫われても後を追えるように作ってもらったんだ」
彼は目を瞬かせた。
「ありがとうございます…」
誠二はGPSを服につける。
「あ、そうだ。支払いがまだだったね」
白銀はそう言うと懐から封筒を取り出した。
「五十万。丁度持ってきたよ」
「まいど」
アルマは札束で膨らんだ封筒を受け取る。
「ところでお前はボスに連絡とってんのか?心配してたぞ」
その言葉を聞くと白銀は目を伏せた。
そして小さな声で言う。
「…してない」
アルマはその姿を見てため息をつく。
「まぁ、お前にも事情があるんだろうが…。落ち着いたらボスには連絡してやれよ。心配するからな」
「…うん」
白銀は頷くと切なそうに笑った。
「じゃあ、俺は帰るよ。アルマありがとう」
彼はそう言うと部屋を出て行く。
誠二も歩き出そうとしたとき、アルマに呼び止められた。
「なぁ、あんた…確か誠二って言ったな。あいつのダチか?」
「友達ではないですけど…。危ないところを助けてもらいました」
彼がそう言うとアルマは少し考え込んだ。
「助けられたんならあいつのこと気にかけてやってくれないか?一緒にいる間だけでいいからさ。昔からあいつ危なっかしいところがあるんだよ…」
アルマはそう言うと力なく笑った。
誠二はその言葉の意味を理解できなかったが頷く。
「わかりました」
アルマはその言葉に微笑んだ。
「ありがとな。あいつのこと頼むぜ」
誠二は頭を下げると部屋から出て行った。
深夜、ビルの一室で眉間に皺を寄せて腕を組んでいる男がいた。
「何故、ただの元社員一人も連れてこられないんだ!あいつが持ち出したのは重要な顧客データが入ったUSBなんだぞ!?」
声を荒らげて怒っているのは芳山株式会社の社長
大澤だった。
「申し訳ございません!実は思わぬ邪魔が入りまして…」
サングラスをかけた二人の男は跪いて頭を下げる。
「邪魔?」
「ラモールと名乗る青年に邪魔をされました。彼はありえないぐらい強かったです…」
ラモールと聞いた大澤は顎に手を当てて考え込んだ。
その時、隣で沼淵のスマホが鳴る。
「申し訳ありません。社長」
沼淵は頭を下げる。
大澤は表情を変えずに彼に言った。
「誰からだね?」
彼にそう聞かれて沼淵はスマホを取り出して画面を見る。
着信と表示された下には非通知とでている。
沼淵は一瞬だけ躊躇ったが電話に出た。
彼は着信相手の声を聞いて大きく目を見開く。
そして、大澤の方を見ると震える声で言った。
「…コルボノワールからです」
大澤もその言葉を聞くと顔が青ざめる。
沼淵は着信相手に怯えながらも何とか返事をしていた。
そして、数分程で通話は終了した。
スマホを懐にしまった沼淵に大澤は声をかける。
「コルボノワールは何と…?」
「必ず顧客データのUSBを取り戻せ。ラモールを名乗る青年はこちらで対処する。お前達は元社員の方を何とかしろ。もし、失敗するようなことがあれば…」
沼淵の唇は震えていて体も尋常じゃないほど震えている。
「大澤、沼淵…。こ、この件に関わった者を…こ、殺す…」
「…なんだと」
大澤は憔悴しきった顔で呟いた。
そして、首を大きく横に振ると目の前で跪いている部下に声を荒らげて言う。
「総力を上げてあの広野誠二を見つけ出せ!失敗すればお前達も私達も命はない!」
「は、はい!」
サングラスの男たちは前のめりに立ち上がると部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋で大澤はビルから外の夜景を見下ろす。
その顔は青ざめていた…。