抗争
大我の言葉にレオは目を大きく見開いた。
「確かに俺は二十年前にコルボノワールと抗争をしてフランスから奴らを追い出した。だが、それとお前の家族にどんな関係があるんだ?」
「コルボノワールはリオンと激しく争っていて俺達もそれに巻き込まれたんだよ。覚えてない?レオ」
彼は顎に手を当てると考え込む。
そして、当時のことをぼんやりと思い出す。
二十年前、リオンはフランスを中心に活動していた。
この時はフランスに多くのマフィアが暮らしていて、リオンもその内のひとつだった。
「ボス。また、コルボノワールが街を爆発させたらしい。市民が何人も犠牲になってる」
新聞を手に持ちながらアルマが奥に座っている人物に声をかける。
「またか……。最近、あいつらの行動も過激化してきたな」
金髪に青い瞳をした青年がため息混じりにそう言うとテーブルの上のスマホが震えた。
彼はスマホを手に取ると見知らぬ番号に眉をひそめたが、応答の文字を押して耳に当てる。
「はい」
「リオンのボス。レオ様ですね。突然のご連絡申し訳ありません」
聞き覚えのない声に複雑な表情をした。
「誰だ」
「私はフランス政府の使いの者です。名は明かせませんが、レオ様に折り入ってご相談したいことがありまして」
レオは鼻を鳴らす。
「素性もしれないやつの話を聞く気はない。切るぞ」
通話を切ろうとしたその時、スマホの向こうから聞こえた言葉に耳を疑った。
「お父様の行方を知りたくはありませんか?」
「何……?」
彼は不信感を抱く。
リオンを創った人物、レオの父親。
一年前に異国へ向かってからその行方はわからなくなっていた。
この情報を知っているのはリオンの内部の人間のみで外部は知り得ないこと。
相手はなぜその情報を知っているのか……。
「知りたいという返事でよろしいでしょうか」
「あんた一体何者だ」
低い声で威嚇するようにそう言うと落ち着いた声が返ってくる。
「私のことはお答えできません。ですが、明日の十八時に指定の場所に来て下さるならお父様の居場所についてお教えしましょう」
「俺がそんな話を信用すると思うのか?」
相手はふっと笑った。
「ええ。あなたはきっと明日来られますよ。明日、十八時にサンブール公園でお待ちしています。では」
その言葉を最後に通話が切れる。
レオはしばらくスマホを見つめながら、頭を乱雑に掻いた。
その姿を見てアルマは首を傾げながら声をかける。
「誰からだったんだ?ボス」
「わからない。だが、何か重要なことを知っていそうだった。怪しいが明日、十八時にサンブール公園で電話の相手と会ってくる。他の連中には俺の指示があるまで待機するように伝えてくれ」
「OK。ボス」
日が沈みかけた頃、レオは公園のベンチに座っていた。
腕時計を見ると秒針は六を差している。
(騙されたか?)
ため息をついた時、突然後ろから声をかけられた。
「リオンのボス。レオ様ですね」
振り返るとそこには帽子を目深に被った眼鏡をかけた男が立っている。
「あんたが俺にさっき連絡した人か?」
「はい。場所を変えます。ご同行願えますか」
少しの沈黙の後にレオは頷く。
二人は公園の近くに止めてあった車に乗り込むとしばらく道を走った。
「着きました」
男の声に窓の外を見ると彼は呆然とする。
「ロワーズ宮殿。国会じゃねぇか。こんなとこに呼び出してどうする気だ」
「この中でレオ様をお待ちの方がいるのです。どうぞ」
扉を開け車から降りるように促される。
微かに眉間に皺を寄せると静かに車から降りた。
男の後ろをついて宮殿に足を踏み入れる。
煌びやかな室内を歩くと重厚そうな扉が現れた。
「この先であなたを呼び出した方がお待ちです」
彼はそう言うと軽く扉を叩く。
「レオ様をお連れしました。エリック様」
「ご苦労。入ってもらってくれ」
部屋からは年老いた声が聞こえた。
「失礼します」
男は扉を開ける。
レオは警戒しながらも室内に足を踏み入れる。
「待っていました。リオンのボス。レオさん」
部屋の奥には椅子に腰掛けた初老の男がいた。
「あんたか。俺を呼び出したのは」
「ああ。突然、申し訳ない。君の腕を見込んで頼みたいことがある」
男の言葉に彼は顔を顰める。
「いきなり人を呼び出しておいて自己紹介もなしに頼み事とは都合が良すぎないか?」
目を瞬かせるとふっと笑う。
「確かに失礼でしたね。私はこの国の議員をしているエリック=ロワです」
その様子を見てレオは少しだけ警戒が和らぐ。
(悪意は感じないな……)
小さく深呼吸をすると口を開いた。
「それで、俺に頼みたいことってなんだ?なぜ、親父のことを知ってる?」
「私はあなたの父親から手紙を預かりました。そして、居場所も聞いています」
レオは大きく目を見開く。
「あんたは親父の知り合いなのか?」
「詳しくはお答えできませんが、この手紙を受け取ってくださいますか。あなたの父親が書いたものか判断してください」
彼は渡された手紙を受け取ると封を破り中の手紙に目を通す。
『レオ。俺が帰るまでリオンを頼む』
短い文字だったが、その筆跡は確かに父親のものだった。
「……確かにこれは親父の字だ」
「ご理解いただけましたか?」
彼は頷く。
「では、改めてあなたに頼みたいことがあります。コルボノワールをこのフランスから追い出していただきたいのです」
「は?」
レオは想像もしていなかった言葉に気の抜けた声が出る。
「私達はフランスで数多くの騒ぎを起こしているコルボノワールに頭を悩まされています。まだ、そこまでの力はありませんが放置すると国の災厄になりかねない……。今のうちに潰しておきたいのです」
「つまりリオンにコルボノワールを潰してほしいってことか。その依頼の対価は親父の居場所だな」
エリックはにこりと笑う。
「話が早くて助かります。頼まれてくれますか?」
「確かに最近のコルボノワールはやり過ぎだ。俺も目に余ると思ってた。だが、対価が親父の居場所だけじゃ足りない。うちとコルボノワールが揉めれば甚大な被害が出る」
レオは視線を上に向けて思案するような顔をすると手を叩いた。
「対価は親父の居場所とフランスでリオンが普通に活動できる権利をくれ」
「わかりました。望みを叶えましょう」
彼は内心驚いた。
(議員がこんな条件を呑むとはな……。それともなりふり構ってられないほどコルボノワールに悩まされているのか)
真剣な顔をするとこう言う。
「先に誓約書を作っておこう。取引には後で揉めないための物が必要だからな」
懐からノートを取り出すとページを一枚破る。
その紙を広げるとペンを取り出して文字を書く。
「リオンはいかなることがあろうとフランス市民を傷つけない。街を破壊しない。フランス国が困ったときは力になる」
エリックに聞こえるように読み上げる。
最後に自分の指を噛むと血で紙に拇印を押した。
「条件はこれでいいか?」
「構いません。ありがとうございます」
エリックは紙を受け取ると大切に懐にしまう。
部屋からでた後にレオはスマホを取り出す。
相手の名前を選ぶと発信の文字を押した。
「ボス。どうした?」
「アルマ。リオンの連中に伝えてくれ。準備ができ次第、コルボノワールを潰しに行く。抗争だ」
少し間が空いた後に嬉しそうな声が返ってくる。
「OK。ボス。久しぶりに暴れられるな」
それからほどなくして、リオンはコルボノワールのアジトに侵入した。
その部屋のひとつにレオは入る。
足音を消して周囲の様子を探ると目を瞬かせた。
薄暗い部屋には黒い服を着た男に銃を向けられ、震える手で赤ん坊と幼い少年を抱え縮こまる女性がいた。
「私はどうなっても構いません。どうか、どうか子供達だけは助けてください!お願いします」
縋るような瞳で目の前の男を見つめる。
男は口を開くことはなく無情にもトリガーに手をかけた。
レオは舌打ちをすると男に銃を向けて撃つ。
彼はその場で倒れて動かなくなった。
「大丈夫か」
そう声をかけると女性は肩を震わせる。
「驚かせて悪かった。あんたに危害を加える気はねぇよ。ここはマフィアのアジトだ。危険だから早く離れた方がいい。外まで送るから」
怖がらせないようになるべく穏やかな口調でそう言った。
女性は赤ん坊を抱えながらこちらを見上げている。
その傍らから幼い子供が顔を出した。
「ここ、怖い人ばっかり。ねぇ、ママ。パパはどこに行ったの?」
レオはその言葉を聞くと顔を強ばらせる。
「父親がいないのか?」
「はい。どこかに無理やり連れて行かれました……」
彼は唇を噛むと袖に付けられたボタンのようなものに話しかけた。
「レオだ。コルボノワールのアジトのどこかに無関係な市民が一人いる。見つけ次第、保護してくれ。それから誰か俺のところに一人来てくれるか?その市民の家族を見つけたから安全な場所まで避難させたい」
『OK。ボス』
ボタンからは複数の了承の声が聞こえる。
レオは屈むと少年の頭を優しく撫でた。
「父さんは俺達が必ず助ける。いい子だから母さん達を守ってやるんだぞ」
「うん!誠二、ママ達のこと守る!」
彼は優しく笑うと女性を見た。
「父親のことは任せてくれ。とりあえず今は外に出よう。うちの連中に案内させるから」
「はい。ありがとうございます……」




