恩人
二人の間に沈黙が流れる。
(こいつを説得するのは骨が折れそうだな)
レオは深呼吸をすると真っ直ぐに大我の目を見た。
「三年前、イアンが幹部の一人を使って養護施設を調べていた。何か心当たりはあるか?」
彼の瞳が大きく揺らぐ。
「その反応。何か知ってるんだな」
俯いたまま、顔を上げようとしない姿にレオは大きくため息をついた。
「なぁ、大我。俺は誠二がイアンに目をつけられた理由を知りたいんだ。それ次第で今後、上手く行動できる。敵の情報が重要なのはお前もよくわかってんだろ?」
大我は拳を強く握る。
「……イアンが誠二さんを狙ってるのはフロッピーを欲しがってるからだよ」
「フロッピー?」
首を傾げると彼は暗い顔をした。
「そのフロッピーは警察の情報どころか国家機密も握ることができる。あいつが日本に来て、ずっと探し求めていた物だよ」
「どういうことだ」
その言葉に大我は顔を上げてレオの目を見る。
「話せば長くなるけど。いいの?」
「構わない。聞かせてくれ」
真剣な姿に大我は深呼吸をした。
「あれは昔、父さんから聞いた話なんだ」
彼はまるでそのときを思い出すかのように電灯を見つめる。
「当時、フランスで働いていた父さんは凄く優秀なエンジニアだった。その腕を見込まれて、会社である研究に携わっていたんだ」
「ある研究?」
大我は頷く。
「それは表向きはウイルスの侵入を防ぐための防衛システム。けど、真の目的は国家機密を防衛できるぐらいの高性能なシステムを開発すること」
レオはその言葉に目を大きく見開いた。
「国家機密って……。一般企業がそんなことに関わるのか?」
彼は眉間に皺を寄せると唇を噛む。
「普通はしないよね。でも、政府はずっと優秀なエンジニアを探してたんだ。自分達の保身のために」
「保身か。フランスといえば確か二十七年前にサイバー攻撃で国家機密が危うく漏洩するところだったって、大騒ぎになってたな」
レオは顎に手を当てる。
「そうだね。その件があってから国の情報セキュリティに不信感をもつ市民が増えてきたんだ。だから、政府はその信用を得るために確固たる防衛システムを開発する必要があった」
「そこで目をつけられたのが、お前の父親だったのか」
「うん。それだけならよかったんだけどね……」
声を落として俯くと重ねた指に力を込める。
「防衛システムが完成するまで後、少しのところで政府は開発の手を止めた。なぜなら、コルボノワールが政府を脅したんだ」
「コルボノワール……。イアンだな」
レオは左右で目の色の違う男の顔を思い浮かべた。
「イアンは政府をこう脅した。防衛システムを完成させれば、コルボノワールはフランスを火の海にすると」
「あいつはなぜ、そこまでして防衛システムを完成させたくなかったんだ?」
大我は大きくため息をつく。
「防衛システムの役割は国家機密を守るだけじゃなくて、フランスに蔓延っていたマフィアの行動を監視する役割もあったんだ。街中の電子機器を使って追尾ができるようにね。イアンがどこからその情報を入手したのか知らないけど」
「なるほどな。自分達が動きづらくなるからとめたのか」
「そういうこと。あいつが考えそうなことでしょ?」
苦虫を噛み潰したような顔をする彼を見てレオはふと疑問に思った。
「けど、そんなマフィアの脅しをなんで政府が聞いたんだ?たとえコルボノワールでも今ほどの影響力はなかったと思うが……」
「うん。でも、政府はこのシステムを極秘で開発してた。だから、世間に知られるのを恐れて脅しを真に受けちゃったんだよ」
げんなりした顔をすると大きく深呼吸をした。
「イアンはシステムを開発していた父さんをコルボノワールが裏で管理している会社に引き込んだ。自分たちの監視下に置くためにね」
「監視下か」
なぜかレオはその状況に既視感を覚える。
「そこでイアンはあることを思いついた。防衛システムがあるなら、ハッキングシステムも作れないかって」
「警察や国の情報をハッキングするためか?」
「それもあるけど。他のマフィアの行動も知りたかったんじゃないかな。フランスにはコルボノワール以外のマフィアも大勢いたからね」
大我はぼんやりと天井を見つめると言葉を続けた。
「父さんは自分が転勤した会社が裏でマフィアが管理しているなんて知らなかった。だから、イアンの指示通りにハッキングシステムの開発に取りかかったんだ」
「それで完成してしまったのが、最初に言ってたフロッピーか」
「うん……」
彼は悲痛な顔をする。
「でも、父さんも馬鹿じゃない。開発してる途中で異変に気づいた」
「なら、お前の父親は会社から逃げなかったのか?」
大我は首を横に振る。
「逃げなかったんじゃない。逃げれなかったんだよ。だって、母さんと結婚してまだ幼い兄さんとお腹の中には俺がいたんだから」
「イアンに脅されてたんだな」
レオは顔を顰めた。
「フロッピーが悪用されることに危険を感じた父さんは、完成した時にロックをかけたんだ。自分以外がフロッピーを扱うことができないように」
「なるほど……」
ふと、大我が自分の顔をじっと見つめていることに気づく。
「なんだ?」
「まだ、思い出さない?レオ」
言葉の意図が分からず首を傾げる。
「二十年前。レオがコルボノワールをフランスから追い出してくれたから、俺の家族は救われた」




