出会い
広野誠二は目の前の青年に目を見張った。
「復讐してみないかって…。君は一体俺の何を知っているんだ?」
「何でも知ってるよ。芳山株式会社に勤務して七年目、セキュリティ部の広野誠二さんでしょ?」
彼は淡々とそう言った。
「…君はうちの社員だったのか?」
誠二は青年の様子を窺うように聞く。
「違うよ。俺があんな黒い会社に入社するわけないじゃん」
青年は不快だとでも言いたげに顔を顰めた。
「黒い会社…?じゃあ、どこで俺のことを調べたんだ?」
彼がそう聞くと青年は微笑んだ。
そして、懐から一枚の名刺を取り出すと誠二の目の前に置いた。
「詳しいことが知りたいならその名刺の裏に書いてある住所に来て。マスター、お代はここに置いとくね」
青年はそう言うとお札をグラスの下に置いてバーを出て行った。
彼がいなくなってから誠二は目の前にある名刺を手に取る。
それは真っ黒な背景に白い文字で一言こう書かれていた。
「ラモール…?」
誠二はその名前に首を傾げる。
すると突然大きな音がした。
彼が顔を上げると神田が転倒していた。
彼は何かに怯えるように震えている。
「神田さん?」
神田はがたがたと唇を震わせて小さな声で何かを
呟いている。
誠二はそれを聞き取ろうと耳を澄ませた。
「銀髪…ラモール…。黒い名刺…。あれが…白銀の死神…!!ただの都市伝説じゃなかったのか!?」
「白銀の死神?都市伝説…?神田さん。急にどうしたんですか?」
彼は神田に話しかけるがまるで耳に入っていないように神田は変わらず体を震わせているだけだった。
その様子を見て誠二は彼から話を聞くのは諦めて、ポケットからスマホを取り出す。
そして、ラモールと検索した。
画面にはフランス語で死神と表示されている。
「死神…。神田さんの言ってる白銀の死神ってさっきの彼のことか…?」
誠二はそのままスマホで白銀の死神と検索するが
何も表示されない。
(都市伝説…。神田さんは何か知っているみたいだけど…。落ち着くまでは話も聞けそうにないな)
彼は大きなため息をついた。
そして、目の前にいる神田が落ち着くのを待つことにした。
気が遠くなるくらいの時間が経過したとき、神田はやっと平常心を取り戻した。
「神田さん。落ち着かれましたか?」
誠二は座ったままの神田に話しかけた。
彼は一瞬、体を震わせると誠二の方を見る。
「……誠二さん。すまない…。取り乱してしまって…」
誠二は神田の様子に安堵すると疑問に思っていたことを聞いた。
「神田さん。さっきの銀髪の青年は誰だったんですか?それに白銀の死神って一体…」
神田は周囲を見渡して自分と誠二以外がこの店にいないのを確認する。
「すまない。もし、誰かに聞かれたら困るから店の看板だけ閉店にしてきてもいいかな」
誠二が頷くと神田はカウンターから出て、扉に
向かう。
そして、扉を開けて外に出ると少ししてから戻ってきた。
カウンターの中に戻ると神田は話し始める。
「……白銀の死神は夜の世界の都市伝説なんだ」
「都市伝説?」
誠二の言葉に神田は頷く。
「夜の世界で悪事をしていると、どこからともなく銀髪の者が現れて殺される…。最近でも有名なマフィア、ボートゥールが壊滅しただろう?」
マフィアの壊滅と聞いて誠二の脳裏には少し前に見たニュースが浮かんだ。
「ああ。一昨日のニュースですよね。確か日本に滞在していたマフィアの…。でも、あれは事故だって報道されてましたけど…」
「事故じゃない。警察が意図的に隠蔽したんだよ」
誠二は神田の言葉に目を見開いた。
「隠蔽…?何故、そんなことを?」
「ボートゥールはマフィアの中でもかなり巨大な組織だった。その影響力はヨーロッパにも及ぶ…。そんなマフィアが日本で壊滅させられたと知れば海外のマフィアが犯人探しのために日本に上陸しかねない…。それでもし、暴動でも起きたら大変だからね…。だから、警察は情報を伏せたんだよ」
神田の話を聞いて誠二は言葉を失った。
普通に生活していれば絶対に知ることのない話だ。
それでも、誠二は何とか深呼吸をしてひとつだけ
疑問に思ったことを聞いた。
「…神田さん。随分お詳しいんですね。警察が隠蔽してる情報まで知っているなんて…」
その言葉に神田はため息をつく。
「この仕事をしていると客の会話で自然と情報が入ってくるんだ。まぁ、言い訳をするならこの辺りは治安が悪い…。表立って行動しなくてもあくどいことをしている連中がやって来るのさ」
誠二は少し考えてから聞いた。
「じゃあ、先程の青年が何故その都市伝説の白銀の死神だと思うんですか?」
「名刺だよ。彼は黒い背景にラモールと書かれた名刺を持っていた。あれは、都市伝説の白銀の死神がいつも殺害現場に残している物なんだ」
「じゃあ、彼は殺し屋ってことですか?」
神田は頷く。
その姿に誠二は困惑した。
(そんな危険な人がどうして俺に声をかけてきたんだ…?芳山株式会社のことをよく知っているみたいだったけど…)
誠二の方を見て神田は真剣な顔で言った。
「私から話せるのはこれぐらいだけど…。誠二さん。彼とは関わらない方がいいと思うよ。君は普通の人間だ。一度、あちら側…闇の世界に足を踏み入れたらもう二度と戻って来れなくなるよ」
神田は誠二の目の前のグラスを手に取ると片付けを始める。
彼も閉店の準備の邪魔にならないように店を出た。
「なんか、とんでもないことになってきたな…」
店を出ると誠二は月明かりが照らす空を見上げてぽつりと呟いた。
(確かに俺が何故、急に解雇されたのか理由は知りたい…。でも、彼が白銀の死神なら俺は足を踏み入れてはいけない世界に入ることになる…)
誠二は大きくため息をつくと途方に暮れた。