愛憎
深夜十二時。
月明かりだけが夜空を照らす。
ライとソラは彼の指示通り養護施設を調べるため、部下を連れて準備を整えにリオンのアジトに向かった。
ウルは数人の部下だけを連れて廃品置き場近くのアパートに身を隠した。
それぞれの姿を見送った後にレオは帰路につく。
しばらく歩くとアルマたちのいる廃品置き場が見えてきた。
倉庫のシャッターの前に立つと彼は懐からボタンがついたスイッチのようなものを取り出す。
目の前に向けてボタンを押すと音を立ててシャッターが開く。
階段を下りて薄暗い通路を抜けると、扉を開けた。
部屋には明かりがついていてアルマが椅子に座っている。
「アルマ。起きてたのか」
レオは微かに目を見開き驚いたような声を出す。
「あんたが誠二と大我を頼むって言ったんだろ?こんな状況で寝るわけねぇだろ。何か飲むか?冷蔵庫にワインがあるんだ」
ため息をつきながら彼は立ち上がると冷蔵庫に向かう。
「俺もワインで」
レオがそう言うとアルマは冷蔵庫から蓋がされた赤い液体が入った瓶と棚からワイングラスを二つ取る。
テーブルの前に来るとグラスを置いて並々と赤色の液体を注いだ。
「それでイアンの件、何か進展はあったのか?」
その言葉にレオは懐からUSBを取り出した。
「とりあえずコルボノワールが日本に来てから何をしてきたのか。まぁ、起こした事件だな。それと最近、イアンは養護施設を調べていたらしい」
「養護施設?なんでまたそんなものを……」
首を傾げるアルマにレオは複雑な顔をする。
「ひとつだけ思い当たる可能性があるんだが、外れてほしいと思ってる」
その姿を見てアルマは考え込む。
「まぁ、調べてみねぇと結論はでないか。ボスのことだ三人の内の誰かに調査してもらうんだろ?」
「ああ。ライとソラに頼んだ」
レオはそう言うとグラスに入ったワインを飲む。
そして目を伏せると硬い表情でこう言った。
「イアンが起こした過去の事件に大我の家族の情報があった」
アルマはその言葉に大きく目を見開く。
「やっぱり大我の言う通りあいつの両親はイアンに殺されたんだ。近くで銃声が聞こえたって話もあったらしいしな……」
彼はそう言うとテーブルに倒れるように項垂れる。
「ボス」
「なぁ、アルマ。俺は今でもあの頃の大我が目に焼き付いて離れねぇ。まだ五歳のガキが事件現場の近くにいた俺達マフィアを見て憎しみのこもった目で殺してやるって言ったことをな」
レオは目を閉じた。
今でも思い出す炎と辺り一面に広がった煙。
リオンが大我の家を訪れたときには建物は轟々と燃え原型が分からないほどに倒壊していた。
そんな中で佇む一人の少年。
近づくと彼はレオのズボンをぎゅっと握り増悪のこもった目でこちらを睨む。
「俺の家族が何をした!極悪非道のマフィアめ。この恨みは絶対に忘れない。何年かかってもお前らを必ず殺してやる!」
目を開けると彼は頭を乱雑に掻く。
「家族を殺されたあいつの憎しみが消えることはない。だが、大我はコルボノワールとイアンへの復讐に囚われすぎている」
「そうだな……。イアンが関わるとあいつは我を忘れる。普段、人一倍慎重で冷静のくせにな」
レオは大きくため息をつくと立ち上がる。
「大我からは目を離さないようにする。アルマも気にかけてやってくれ」
「OK」
アルマはそう言うとグラスを持って立ち上がり、流し台に向かった。
その姿を見送り部屋を出た後、彼はぽつりと呟く。
「俺はどうするのが正しいんだろうな」
首を横に振ると通路の奥に姿を消した。
朝日が昇る頃、誠二は目を覚ます。
身支度を整えて部屋を出るとリビングに向かった。
扉を開けて中に入ると既にアルマと大我が椅子に座っている。
「おはようございます」
大我はこちらを向くとふわりと笑った。
「おはよう。誠二さん」
「もう、朝食の時間ですか?」
彼の言葉にアルマは首を横に振る。
「いや。まだだ。いつもより早く目が覚めちまったから大我と話してたんだよ」
誠二は頷くと周囲を見回した。
「あの、レオさんはまだ眠っているんでしょうか」
レオという発言に大我とアルマはげんなりした顔をする。
そして、二人が交互に目を見合せて小さなため息をついた。
「ボスは昨日、深夜に帰ってきたからまだ寝てる。だが、寝起きがすこぶる悪いからできれば自力で目覚めてほしいんだけどな……」
「うん。リオンのメンバーも何回それで苦労したことか……」
誠二は苦笑した。
「マフィアもいろいろ大変なんですね」
「ああ。だが、もうそろそろ朝食の時間も近づいてきたしボスには起きてもらわねぇと」
アルマはそう言うと大我の方を見る。
「いやだ」
「大我ならボスの機嫌も大丈夫だろ。俺が行くと壁が壊れる」
その言葉を聞いて誠二は内心驚いた。
(壁が壊れるって、一体どれだけ寝起きが悪いんだろう……)
大我は少し考えてこちらに視線を向ける。
誠二が目を瞬かせるとにやりと笑う。
「じゃあ、誠二さんに起こしてきてもらおうよ」
「え?」
突拍子もない発言に声が上擦る。
アルマも額を押えた。
「何言ってんだ?誠二に行かせて万が一怪我でもしたらどうするんだよ」
「大丈夫。いくらレオの寝起きが悪くても誠二さんに手は出さない」
自信を持ってそう言い切る大我に誠二は困惑した表情を浮かべる。
「大我さん……」
「誠二さん。扉を開けて声をかけるだけでいいんだ。もし物が飛んできたら逃げて」
アルマの方を縋るような目で見るが彼は首を振った。
「わかりました」
誠二は肩を落とすと部屋を出ていく。
階段を下りて薄暗い通路を抜けると突き当たりにある扉の前で足を止める。
軽く扉を叩くが何も反応は無い。
「レオさん。失礼します」
誠二はそう言うと扉を開ける。
部屋の中は簡素で中央にベッドとクローゼット、後は大きなテーブルがひとつ置かれているだけだった。
彼はベッドの上に横になっている後ろ姿に声をかけようと口を開いたがふと、テーブルの上で電気スタンドに照らされた開きっぱなしのパソコンが目に入る。
(なんだろう?)
無性に気になった誠二は近づいてパソコンの画面を見た。
その画面には十六年前、火事で一家死亡と書かれその下に男女の写真が載せられていた。
(あれ?この顔どこかで……)
頭に強烈な痛みが走る。
彼は立っていられず蹲った。
あまりの痛みに目を開けられず突然、見覚えのない景色が広がる。
『ごめんね。誠二。お母さんを許して』
悲しそうな顔をした女性が屈んでいる。
『これをお母さんだと思って』
彼女は自分の手にネックレスを握らせた。
『じゃあね』
女性はそれだけ言うと大粒の涙を流しながら振り返ることはなく立ち去っていく。
一人残された誠二は自分の手の中で輝く真珠を見つめた。
真珠にはなぜか中心に穴が空けられチップのようなものが埋め込まれている。