不穏
リビングにいる誠二は壁にかけてある時計を見る。
「まだ、昼まで時間があるな……」
彼は立ち上がるとリビングを出て自分の部屋に向かった。
少し歩いて部屋に着くと扉を開けて中に入る。
そして廃品置き場に移動するときに持ってきたキャリーケースを探した。
「あった」
目当ての物を取り出すと机の上に置く。
誠二はパソコンを開くと起動のボタンを押した。
慣れた手つきでマウスを動かすと検索項目にボートゥールと打ち込んだ。
すぐに何件かの記事が現れる。
彼は一番上のニュースをクリックした。
「日本に来日していたマフィア、ボートゥールが火事で建物が全焼し壊滅……か」
誠二は初めて大我と会った時のことを思い出す。
(いろいろあったから記事を詳しく見てる暇がなかったけど。神田さんがボートゥールの事故は警察が隠蔽した情報だって言ってたな。でも、イアンさんは大我さんが壊滅させたことを知っていてなぜか俺を呼び出した)
しばらく考え込んだが大きくため息をついて机に突っ伏した。
「この世界に関わりがないからいくら考えても答えが出ないな」
急に気が抜けるように腹が鳴る。
彼はパソコンの電源を切ると立ち上がった。
そのまま部屋を出てリビングに向かう。
リビングの扉を開けると香ばしい匂いが鼻をかすめる。
「誠二か。ちょっと待ってろ。もうすぐ昼飯ができるから」
アルマはそう言いながらフライパンの肉に胡椒を振る。
「ありがとうございます。何か手伝うことはありますか?」
「じゃあ、食器をテーブルに並べておいてくれ」
彼は食器が収納された棚に顔を向けた。
「わかりました」
誠二は棚に近づくと皿とフォーク、スプーンを取り出す。
ふと、今朝の食事の様子を思い出した。
「そういえば。大我さんってあまり箸を使わないですよね」
「あー。大我は海外で育ってるからな。箸を使う習慣があんまりねぇんだ」
フライパンの火加減を調整しながらアルマが答える。
「なるほど」
誠二は棚から取り出した食器をテーブルの上に並べた。
「並べてくれてありがとな。ほら、もう後は皿に載せるだけだから座って待っててくれ」
彼は頷くと椅子に座る。
テーブルの側でアルマがフライパンから皿に料理を移していると扉が開いた。
「お。いい匂いだな」
「ほんとだね。お腹空いた」
レオと大我はそう言いながら部屋に入ってくる。
「二人とも座ってくれ。昼飯にするぞ」
彼の言葉に二人は椅子に座った。
アルマがお茶の入った瓶を持ってくると四人は手を合わせる。
「いただきます」
昼食を食べながら取り留めのない雑談をしていると
聞き覚えのない音楽が聞こえてきた。
レオは懐からスマホを取り出すと画面に表示された名前を見て立ち上がる。
「悪ぃ。仕事の電話だ」
「うん」
大我が頷くと彼はリビングから出ていった。
「そういやボスは仕事で日本に来てたんだったな。すっかり忘れてたわ」
「まぁ、一応リオンのボスだからね」
そんな会話をしながら食べ進めているとしばらくしてレオが戻ってきた。
「アルマ。俺、今日の夕飯いらねぇわ」
「仕事で食べてくるのか?」
彼は顔を上げてレオの方を見る。
「そんなとこだ。明日の朝には帰るからそれまで誠二と大我のこと頼んだぞ」
「わかった。ボスも気をつけてな。イアンがまた何か仕掛けてくるかもしれねぇし」
大我はイアンという言葉に顔を顰めた。
「大我。俺がいないからって泣くなよ」
レオはそんな姿を見て悪戯っぽい笑みを浮かべて彼の頭を撫でる。
「ちょっと!子供扱いしないでよ」
頬を膨らませながら大我はその腕を払った。
「俺からしたらお前はいくつになってもガキだよ」
優しく笑うとレオは椅子に座る。
食事を終えると四人は各々の目的の場所に移動した。
大我と誠二は武器庫にアルマとレオはリビングに残っていた。
「俺はそろそろ出るわ。もし、大我や誠二になんかあったら連絡してくれ」
「OK。気をつけてな」
彼は頷くと部屋を出ていく。
薄暗い通路を歩きながら懐からスマホを取り出す。
呼び出しの音が数回鳴ると電話が繋がる。
「ライ。仕事だ。リオンの連中を集めておいてくれ」
レオはそれだけ言うと電話を切った。
しばらくして日が沈みかけた頃、彼はリオンのメンバーとビルの前に立っていた。
「ここが取引相手との待ち合わせ場所ですか?」
ライにそう聞かれるとレオは頷く。
「ウルは部下達と外で待機しててくれ。中には俺とライ、ソラが入る」
「OK」
ウルは短く返事をすると手を横に振って部下に合図を出す。
彼の背後にいた男達は左右に分かれてビルの周囲を取り囲んだ。
「入るぞ」
そう言うとレオはビルの中に入っていく。
ライとソラもその後に続いた。
エレベーターに乗ると指定された階のボタンを押す。
「少しでもコルボノワールのことがわかるといいんだがな……」
ぽつりと呟いた言葉はエレベーターが開く音にかき消される。
指定された階に着くと多くの照明が床を照らしていた。
「外からは気づかなかったがここだけ明かりがついてるな」
ライの言葉にレオは頭を搔く。
「無闇に他の階に立ち入らせたくないんだろ」
少し歩くと扉の前にスーツを着た品の良い老人が立っていた。
「レオ様ですね。お待ちしておりました」
彼は頭を下げると扉を叩く。
「大須様。レオ様がお見えです」
「通してくれ」
老人はその言葉に扉を開けた。
「どうぞ」
レオは一礼すると部屋に入っていく。
部屋の中はアンティーク調の家具で揃えられ蓄音機からはクラシック音楽が流れ出していた。
彼が中央に視線を向けると重厚な椅子には眼鏡をかけた中年ぐらいの男性が大きな窓の外を見つめている。
「大須さん」
レオがそう呼びかけると男性は振り向いた。
「レオさん。ご足労いただき申し訳ないね。立ち話もなんだから座ってもらえるかな」
大須はそう言うと椅子から立ち上がりソファを手で示す。
彼は頷くとライとソラと共にソファに座った。
その対面に大須が腰かける。
「早速だが今回の取引について話してもいいかな」
「はい」
大須は懐からUSBを取り出した。
「お望みの情報はここに入ってる。中身を確認していくかい?」
「お願いします」
彼はテーブルの隅に置かれたパソコンを開けると起動する。
「そうだ。追加で頼まれてた情報もここに入れておいたよ」
「ありがとうございます」
レオはそう言って頭を下げた。
「ただ、うちもあんまりコルボノワールとは関わり合いたくなくてね。深くは踏み込めなかったよ。すまない」
「いいえ。調べていただいただけで十分です」
パソコンの画面が点灯すると大須はパスワードを入力してUSBを差し込んだ。
画面にはLoadingの文字が表示される。
少しして資料が現れた。
「まずはコルボノワールの組織についての情報と日本で起こした過去の事件。まぁ、全部未解決だけどね」
「見てもいいですか?」
レオがそう聞くと大須は彼にマウスを渡した。
画面にはコルボノワールの詳細な資料と日本で起こした数十年前から現在の事件まで書かれている。
事件の内容を見て彼はげんなりした。
(イアン。相変わらずえげつねぇことばかりしてるな。赤子の誘拐と売買、薬、殺し……)
顔を顰めてファイルを閉じようとした時、ふと十六年前一家死亡の文字が目に入る。
ファイルをクリックするとレオは大きく目を見開いた。
(十六年前。一家が火事で死亡。父親は有名なシステムエンジニア。母親は教師。現場では銃声を聞いたとの通報も。当時、五歳の息子は現在も行方不明……か)
彼は唇を噛むとファイルを閉じる。
大須は隣で首を傾げた。
「レオさん。どうかされましたか?」
レオははっとして慌てて手を横に振る。
「あ、いえ。なんでもありません」
「そうですか。追加の資料はこちらのファイルに入れてあります」
指さされた場所をクリックする。
そこにはイアンが日本に来てからの行動が記録されていた。
(昔はそこまで目立ったことはしてないみてぇだが。最近になってやたら養護施設を調べてる。一体、何を探してるんだ?)
レオは首を横に振ると大須の顔を見る。
「中身は確認しました。今回の対価ですがこれでどうでしょうか」
彼は重厚な鞄をテーブルの上に置くと蓋を開けた。
中にはガラスのケースに入れられたレコードが五枚入っている。
「ご要望があったランベルのレコードセットです」
「おお!ありがとう。ずっと探していたのだよ。日本じゃ入手できなくてね……」
大須は嬉しそうに目を輝かせた。
「満足いただけたならよかったです。大須さん。今後ともお願いします」
「ああ。今後もよろしくね」
レオは頭を下げると部屋を出ていく。
その後にライとソラも続いた。
少し歩いてエレベーターに乗るとレオが口を開く。
「ライ、ソラ。ひとつ頼まれてくれるか?」
「なんですか?ボス」
二人の顔を交互に見ると彼は真剣な顔をする。
「イアンが養護施設で一体何を調べてたのか探ってくれねぇか。もちろんあいつが関わってる以上、リスクがあるのはわかってる」
ライとソラはふっと笑う。
「OK。だから二人に頼んだんでしょう?任せてくださいよ」
「ありがとう。頼んだぞ」
レオはそう言うとぼんやりと光っている階数を見つめた。