静寂
少しの間沈黙が続き大我は切り替えるように明るい声を出す。
「ごめん。話が逸れたね。このハンドガンには一発しか弾を入れてない。さっき俺が撃って使ったから今は空砲だ。この状態で撃つ練習をしてくれる?」
「はい」
誠二が頷くと彼はハンドガンを手渡した。
「まず、片手か両手でもいいんだけど。グリップを握って前に構えてみて」
そう言われるとおぼつかない手つきで銃に触れる。
(ハンドガンなんて持ったことないから緊張するな……)
誠二は少しして何とかグリップを握った。
その様子を見ていた大我は目を伏せる。
「銃なんて持ったことないよね……」
誰にも聞こえないようにぽつりと呟いた。
「大我さん。こうですか?」
誠二は両手でハンドガンを握って目の前に構えている。
「うん。そうだよ。グリップをしっかり押さえるのを忘れないで。弾を撃つと反動が腕にくるからね」
「はい」
大我は微笑む。
「じゃあ、右手の人差し指だけトリガーにかけて。第一関節の少し前、指の腹を当てるようにゆっくり引いてみようか」
言われたとおりに誠二は人差し指をトリガーに当てて慎重に引き金を引いた。
カチッと音が鳴る。
「うん。初めてにしては上出来だね。後は撃つときの姿勢と安全装置についてかな」
大我は銀色の銃を台の上から取る。
「まず銃には誤って発砲をするのを防ぐために安全装置がついてる」
彼は横側についている小さなレバーを指さす。
「これが安全装置……。セイフティって言うんだ。このレバーを下に押すとセイフティが解除される」
そう言いながら上を向いているレバーを指で押した。
「これで弾が発砲できる状態になった」
「セイフティを解除しないと撃てないんですね」
大我はその言葉に頷くと銀色の銃を目の前に構える。
「セイフティを解除できたら、前傾姿勢で少しだけ腕を曲げて狙いを定めて撃つ。こんな感じかな。後は実際にやって覚えるのが一番だと思う。最初は弾は入れなくていいからね」
「わかりました」
誠二は真剣な顔をしてハンドガンを持つ。
そんな彼の姿を隣で見守っていた大我は悲痛な顔をしていた。
二人が部屋に入って二時間ほど経過したところで大我が口を開く。
「誠二さん。もう、二時間経ったから休憩しようか」
「はい」
大我は手にしていた銀色の銃を懐にしまった。
「気になってたんですけど。その銃って大切なものなんですか?」
その言葉に彼は目を瞬かせる。
「どうしてそう思うの?」
「棚から持ち出したハンドガンとなんか触れ方が違うなと思って……。上手く言えないんですけど」
誠二がそう言うと大我はふわりと笑う。
「よくわかったね。この銃は俺にとってすごく大事なものなんだよ」
彼は懐から銀色の銃を取り出すと優しい目で見つめた。
「五年前。日本に来るときにお守り代わりにレオがくれたのがこの銀色の銃なんだ。銀って魔除けの意味もあるでしょ?それがいいって言ってたな」
天井を見上げながら懐かしむような声でそう話す。
「レオさんは本当に大我さんのことを大切にしてるんですね」
「うん。でも、俺は傷つけてばかりなんだ……」
俯く大我に誠二は首を傾げる。
「大我さん?」
「ごめん。なんでもない。休憩にしよう」
明るい声でそう言うと大我は銀色の銃を懐にしまった。
「次は昼ご飯を食べてからにしようか。まだ、残り五日間あるし根を詰めてもよくないからね」
「わかりました」
彼は微笑む。
「じゃあ、一旦解散で。昼ご飯を食べたらまたここに来てくれる?」
「はい」
誠二が部屋から出て行ったのを確認すると大我は
台の上に置かれたヘッドホンような物を手に取る。
目の前にある人型のプレートをじっと見つめると、耳にヘッドホンのような物を嵌めた。
そして銀色の銃を構えると軽く深呼吸をする。
乾いた音が何度も鳴り、銃口から煙が上がった。
大我はそれを手でさっと払うと虚ろな目で前を見つめる。
無数の穴が空いたそれは原型を留めていないほどに激しく撃たれていた。
「……もう二度と誰も殺させない」
彼は銃を強く握ると唇を噛んだ。
誠二は訓練場を出てからリビングに向かっていた。
ちょうど階段を上がったところでアルマの姿が目に入る。
「アルマさん」
「誠二か。銃の練習はもういいのか?」
「大我さんが休憩にしてくれたんです。練習は昼食の後に再開しようって」
その言葉を聞くとアルマは頭を搔く。
「部屋に籠もるなら昼食を取りに来いってあいつに言いに行こうとしてたんだが。必要なかったみたいだな」
「まだ、部屋にいると思いますよ?俺の後に出てくる様子はありませんでしたから」
彼は少し考え込むと頷いた。
「そうか。じゃあ、訓練場に行ってみるか。あ、リビングのテーブルの上にジュースを置いてあるから飲んでいいぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
誠二はそう言うと階段の先に消えていく。
「ったく。大我も手のかかるやつだな」
そう呟くとアルマは階段を下りる。
しばらく歩くと訓練場と書かれた扉の前に着いた。
微かな独特の匂いが鼻をかすめる。
彼は眉をひそめると扉を開けて中に入った。
部屋の中には床にたくさんの種類の銃が転がっている。
アルマはその光景を見てため息をつくとぼんやりと立っている大我に声をかけた。
「大我」
「……アルマ。どうしたの?」
銃を手にして力なく佇んでいる大我に彼は近づいてその銃をむりやり奪う。
「どうしたのじゃねぇだろ。一体、どれだけ銃を撃ったらこんなに部屋中に匂いが充満するんだよ」
「ごめん」
しおらしい態度で俯く彼にアルマは頭を搔く。
「気にしてんだろ。誠二がイアンに呼び出されたこと、そのせいで銃の扱い方を教えてることを」
大我は大きく目を見開いた。
「昔からそうだよな。辛いことがあっても俺らを頼らない。けど、ひとつだけ覚えとけ。リオンのメンバーとボスはお前のことを大切にしてる。家族だと思ってるんだよ」
彼は眉根を寄せて真剣な顔をする。
「アルマ……」
「この話は終わりだ。俺が言ったこと忘れるな」
その言葉に大我は小さく頷く。
アルマはその頭を優しく撫でると笑った。
「お前も休憩しろ。リビングにジュース置いてあるから」
「ありがと」
彼はそう言って部屋を出ていく大我の後ろ姿をそっと見送った。