家族
重苦しい空気の中で突然、ぱんと乾いた音が聞こえた。
大我が音のした方に顔を向けると扉の前にいたアルマが
両手を合わせている。
「重い話はここまでにしてとりあえず飯にしねぇか?」
その言葉に壁にかけてある時計を見ると針は二時を指していた。
大我は朝から何も食べていないことを思い出すと
急に空腹を感じる。
「そうだね。もうお昼過ぎてるし……。アルマ。何、
作ってくれるの?」
そう言って笑みを浮かべながら彼はアルマに
近づく。
「俺が作るの前提かよ!」
アルマはそんな大我の頭を軽く小突いた。
二人のやり取りを見て誠二は目を瞬かせる。
(アルマさんは空気を変えるのが上手いな。さっきまで
重い話をしてたのが嘘みたいだ)
彼はばつが悪そうに頬を掻くと無理やり微笑んだ。
(俺も合わせないと……)
その姿を見てレオはため息をつく。
「誠二。無理に合わせなくていいぞ。俺達にそんな気は使わなくていい」
「レオさん……。ありがとうございます」
少しだけ気が楽になった誠二はふと、疑問に思ったことをレオに聞いた。
「あの、大我さんって俺と一緒にいたときもご飯とか
作ってくれたんですけど。そういうのはレオさん
に教わったんですか?」
その言葉にレオはふっと笑う。
「そうだな。あいつとは長い付き合いだから、いろいろと教えてやったよ。まぁ、銃の使い方は覚えてほしく
なかったんだがな……」
彼はそう言うと暗い顔をする。
「でも、大我さんはレオさんのことすごく信頼してますよね。親子って感じがして少し羨ましいです」
目を伏せる誠二にレオは首を傾げた。
「羨ましい?誠二にも親はいるだろ?」
「……いませんよ。俺は養護施設で育ったので」
彼は目を大きく見開く。
「悪ぃ。配慮が足りなかった」
「大丈夫です。そういえばイアンさんは俺が施設で育ったのを知ってました。芳山会社に入る時もすでにアパートで暮らしていて経歴にも施設のことは書いてないのに一体
どうやって調べたんでしょう?」
レオは顎に手を当て、少しだけ考える素振りをすると口を開いた。
「あいつは興味をもったことはどんな手を使ってでも
調べる。きっと部下を使って出生記録でも辿ってあんたの過去を知ったんだろ」
「なるほど……」
誠二はイアンの顔を思い浮かべる。
(勝手に自分の過去を探られてたと思うと怖いな。やっぱりイアンさんは危険な人なんだ)
彼は微かに瞳を揺らすと、顔を横に振った。
「アルマさんの料理、楽しみですね」
気を紛らわせるために大きな声を出したせいか、
大我とアルマの耳にも誠二の言葉が届く。
「おい誠二!お前まで俺に作らせる気か?」
アルマは振り返って不満そうな声を漏らす。
「いいじゃん。俺も久しぶりにアルマの手料理食べたい
なー。雑用は俺達でやるからさ。ね?誠二さん」
悪戯っぽい笑みを浮かべる大我に誠二もつられて笑う。
「はい。何をしたらいいですか?」
そう言って誠二は二人に駆け寄った。
彼の後ろ姿を見てレオは難しい顔をしている。
「養護施設で育った……か。イアンが誠二に興味をもったのはあいつの出生記録を知ったからだな。けど、一体何にそんなに惹かれたんだ?」
誰にも聞こえないような声でそう呟く。
眉間に皺を寄せながらしばらく考えていたが大きくため息をつくと頭を乱雑に掻いた。
「ボス?」
近くにいた三人の男の内の一人、ライが首を傾げてこちらを見ている。
「なんでもねぇ。あ、そうだ」
レオは指を鳴らすと他の者に会話が聞かれないように
こっそり近づいた。
そして手で口を隠すと耳打ちをする。
「ライ。ひとつ頼まれてくれるか?」
彼は真っ直ぐに前を見ながら頷く。
「広野誠二の交友関係を調べてほしい。芳山会社にいた
ときも含めて。もちろん内密にな」
「OK。ボス」
ライはそう言うと気配を消して部屋から出て行く。
その様子を少し離れた場所で横目で見ている人物が
いた。
アルマの料理を食べて話し込んでいるといつの間にか日が沈みかけていた。
「誠二さん。もう暗くなってくるから銃の使い方は明日
から教えるよ」
大我はそう言うと隣に座っている誠二を見て微笑んだ。
「わかりました。明日からお願いします。じゃあ、俺は
部屋に戻りますね」
誠二は頭を下げると立ち上がってアルマが用意した部屋に向かう。
彼は誠二が部屋から出て行ったのを確認すると周囲を見渡した。
部屋にはレオがソファに座りスマホを触っていて、アルマはテーブルの上の皿を片付けている。
大我は椅子から立ち上がるとソファに近づく。
「レオ。ちょっといい?」
そして、彼にだけ聞こえるような声量でそう言うとレオは顔を上げてこちらをちらっと見る。
にっこり笑うと彼は扉の方を指差す。
「ああ」
その意図を理解したのかレオはスマホを懐にしまうと大我の後を追って部屋の外に出た。
二人はしばらく歩き人気のない部屋に入ると扉を閉める。
「ねぇ。ライに何を調べさせてるの?」
大我は扉を背にしてじっとレオを見つめた。
「なんのことだ?」
彼は表情を変えることなく淡々とした口調で
言った。
「誤魔化しても駄目だよ。誠二さんと話した後に
ライに何か言ってたよね」
視線を逸らすことなくただ執拗にこちらを見る目にレオは大きなため息をつく。
「お前は昔から一度、気になることがあると絶対に引かないな。じゃあ、直接聞く。イアンが誠二を呼びつけたのは本当に顧客データのUSBを持っているからだけなのか?」
大我は目を大きく見開くと俯いた。
その様子から答えを理解したのかレオは凛とした声で言った。
「違うんだな」
そのまま鋭い眼差しを向けると少しの沈黙の後、大我は
ぽつりと呟いた。
「……うん」
「誠二はイアンに自分の過去を知られていると言ってた。あいつが誠二に目をつけたのはもしかして
出生記録と関係があるんじゃないか?」
彼はしばらく言い淀んでいたがやがて諦めたように頷いた。
レオは顎に手を当てて何か思案するような顔をする。
そして少しするとはっとしたように大我を見た。
「養護施設、親がいない……。もしかして、誠二はお前がずっと探しているかぞーー」
「ごめん!」
彼の言葉は大きな声で遮られた。
「大我」
「ごめん。でも、それ以上は言わないで」
大我は懇願するような顔でこちらを見上げている。
その姿にレオは大きくため息をついた。
「わかった。だが、誠二の件がお前に関係あるならあいつをちゃんと守ってやれよ」
「ありがとう。うん。必ず守るよ」
彼は心のこもった目をしている。
レオはその姿を見てふっと笑うと部屋から出て
行く。
一人、部屋に残された大我は窓に映る外の景色を見て目を伏せた。
首にかけているロケットペンダントを外すとボタンを押して中の写真を見つめる。
写真には仲の良さそうな男女と幼い頃の大我、それに同じ歳くらいの男の子が写っていた。