逃避
ビルの上でレオはスマホの画面とマシンガンを交互に見てため息をついた。
「とりあえずあいつらのとこに戻るか…」
そう呟きながらはしごを慎重におりる。
少ししてからウル、ライ、ソラ達が合流した。
「そっちはどうだ?」
レオがそう聞くと三人の男は首を横に振る。
「駄目です。急に銃弾が撃たれて殺されました」
「そっちも同じか…」
彼は頭を搔くと顔を顰めた。
「全てイアンの仕業だ。銃弾が撃たれた後、あいつからの着信があった」
イアンという言葉にライは眉間に皺を寄せる。
「とりあえずアルマに連絡して場所を変えよう。
ここじゃ次の行動がイアンに気づかれる」
三人が頷くとレオは歩き出した。
そして、誠二と大我の待つ廃工場に向かう。
窓からじっと外を見ていた大我はレオ達の姿が目に入ると顔を上げた。
「レオ達が帰って来た。行こう。誠二さん」
誠二は頷くと二人は裏口に急ぐ。
扉が開かれるとそこには複雑な表情を浮かべた
レオが立っていた。
大我は彼に近づくと首を傾げる。
「何かあったの?レオ」
「ああ…。大我。少しあっちで話せるか?」
そう言ってレオは一番奥の部屋を指差した。
「わかった」
大我は頷くと彼の隣に立ってその後についていく。
そんな二人の様子を見て誠二が不安げな顔をしていると
突然、肩に手を置かれる。
振り向くとウルが微笑んでいた。
「ボスに任せておけば大丈夫だ。あんたは何も心配しなくていい」
「はい…」
そう言ったが彼はまだ心の中の不安を拭えていないように見えた。
廃工場の一番奥の部屋まで来るとレオは扉を開けて中に
入る。
大我も同じように部屋に入ると彼が口を開くのを
待った。
「イアンにこの場所が知られた。もう、ここにはいられ
ねぇ」
目を見開くと大我は俯く。
「そっか…。ごめん。俺のせいだね」
レオはため息をつくと彼の頭を乱雑に撫でた。
「謝んな。イアンのことを甘く見ていた俺にも責任が
ある。一人で抱え込むのはお前の悪い癖だぞ」
その言葉に大我の瞳が揺らいだ。
「うん。それで、これからどうするの?」
「アルマのとこに行く。あそこならイアンもすぐには見つけられないだろ。それに見つかったとしても侵入するのは容易じゃない。まぁ、アルマに小言は言われるだろうが…」
彼はアルマの怒った姿を想像してげんなりした顔をする。
「確かにいい案だね」
大我はそんなレオを見てくすくすと笑っていた。
「笑うな!俺はねちねち言われるのが嫌いなんだよ」
レオは大我の肩を軽く小突くとそっぽを向いて歩き
出す。
その後ろを彼は慌てて追った。
二人が戻ると不安そうな顔をしている誠二が目に
入る。
「あ、レオさん。大我さん…」
「誠二さん。どうしたの?浮かない顔してるみたい
だけど…」
大我は心配そうに彼を見た。
「あの、これからどうなるんでしょうか?」
そう言った誠二の肩は微かに震えている。
先程の二人の話を気にしているのだろう。
大我はそんな彼を見て優しく言った。
「ごめんね。いろいろと巻き込んでしまって…。怖い思いさせたよね…。でも、安心して。次に行く場所は安全だから。それに何があっても俺が誠二さんを守るからさ」
「大我さん…。ありがとうございます」
彼はほっとした顔をする。
「話は終わったか?アルマに連絡するぞ」
レオは懐からスマホを取り出すと電話をかけた。
暗い部屋でテーブルの上のスマホが震える。
アルマは頭を掻きながらそれを手に取って操作すると耳に当てた。
「アルマか。俺だ」
「ボス…?」
彼はふと大我の顔を思い出す。
「どうした?もしかしてあいつに何かあったのか?」
「いや大我は無事だ。それより今からそっちに行くからな」
その言葉にアルマは目を瞬かせた。
頭が痛くなるのを感じてこめかみを押える。
「は!?」
「話はそれでけだ。じゃあな!」
レオがそう言うと電話は突然切れた。
「急すぎるだろ…」
アルマは大きくため息をつくと肩を落とす。
しばらくしてレオ達はアルマがいる廃品置き場に来て
いた。
「アルマ。来たぞー」
そんな間延びしたような声を倉庫のシャッターの前で出すと音を立てて、シャッターが開く。
「行くぞ」
レオがそう言うと大我と誠二、ウル、ライ、ソラは中に
入った。
階段を降りて薄暗い通路を進むと扉を開ける。
中にはじっとこちらを見ているアルマがいた。
「ボス。もうちょっと考えて行動してくれ。いきなり
来られたら驚くだろ」
「連絡しただろ?」
悪びれる様子もなく言うレオにアルマはため息をつく。
彼はそんな姿を気にすることはなく、テーブルの前に
近づくと懐から取り出した紙を広げた。
そこには五つの名前があり、その中にはコルボノワールの名前もある。
「これは…?」
誠二が首を傾げるとレオが口を開いた。
「誠二に俺達を襲ってきた組織のことを説明しておこうと思ってな。知ってて損は無いだろ?」
大我は紙を見つめて頷く。
「確かに。相手のことを知るのは大切かもね」
その言葉にレオはにっと笑う。
「だろ?じゃあ、ざっと説明するぞ」
彼はコルボノワールと書かれた文字を指差した。
「まずはコルボノワールだな。この前オークション会場にいたイアン…。あいつはこの組織のボスだ。冷酷非道で
利益があればどんなに汚いことにでも喜んで手を染める。この中で最も危険なやつだ」
誠二はふと隣にいる大我の肩が微かに震えていることに気づく。
声をかけようと口を開いたが彼の顔を見て何も言葉を
発せなくなった。
その顔は眉間に皺を寄せ唇を噛み締めただ、何かをぐっと堪えているように見える。
誠二はその姿を気にしながらもレオの話に耳を傾けた。
「コルボノワールは元々、アメリカを拠点に活動していたマフィアだったんだ。だが、ミスを犯しちまってからは
アメリカを追い出され日本で活動するようになった」
「もしかして、芳山株式会社を裏で操っているのは日本で活動しやすくするためですか?」
レオは頷く。
「まぁ、そんなとこだな。武器の密輸なんかに使うのに
便利なんだろ。コルボノワールはマフィアの中でも数が
多い。何故なら日本の極道を吸収したからだ」
「吸収…。そんなことできるんですか?」
誠二はドラマで見た極道を思い浮かべる。
「イアンのことだどうせ汚い手を使ったんだろう。家族を人質にするとかな。コルボノワールの人数はざっと千人
ってとこだ」
「せ、千人ですか…」
彼はコルボノワールの下に並ぶ名前を指差した。
「後はコルボノワールの配下の組織ボートゥール、エーグル、シュエット、フォコンだな。ボートゥールは大我が
消したから除外していいな」
そう言いながらレオはボートゥールの文字に斜線を引く。
「実は残りの組織についてはあまり詳しいことがわかってねぇんだ。まぁ、組織の強さを格付けするならシュエットが一番上でフォコンが二番目、エーグルが三番目だな」
「なるほど…。わかりました。レオさんありがとうございます」
誠二はそう言うと頭を下げた。
そんな姿を見てレオは大我に視線を向ける。
「お前もこのくらい素直だったらな」
「うるさいよ」
大我は頬をふくらませると顔を逸らした。
そんな時、突然スマホが震える。
誠二はポケットからそれを取り出すと画面に表示されて
いる名前を見て言葉を失った。
「誠二さん?どうしたの?」
「着信があったんですけど…」
そう言ってスマホの画面を大我たちに見せる。
「大澤か」
レオが画面を見て顔を顰めた。
「とりあえず出てみようか」
誠二は頷くと応答の文字を押してスマホを耳に当てる。
「広野誠二さん。お久しぶりです」
「その声…。もしかしてイアンさんですか?」
彼の言葉にその場にいた全員が目を見開きこちらを見る。
「覚えててくれたんですね。大澤ですが、あまりにも進捗が遅いので少し痛い目にあってもらいました。しばらくは動けないので私が代わりに話をしますね」
誠二は何の感情も読み取れない声に手が微かに震えた。
「率直に言いますが、あなたの持っているUSBを返してください。もし、返さないならあなたが今まで関わってきた人達を一人ずつ消していきます」
「消す…?」
「ええ。会社にいた頃仲の良かった同僚、バーの
マスター。後は児童養護施設の人達とか…ですかね」
血の気が引くのを感じる。彼は本気なのだろう。
それに自分が誰にも言っていない情報まで調べあげて
いる…。
本当に彼の関係者を消していくつもりなのだ。
「…俺はどうすればいいんですか?」
「話が早くて助かります。一週間後、前に会ったオーク
ション会場にUSBを持って来てください。あ、もちろん
一人でですよ」
誠二は一瞬だけ大我の顔を見ると微かに震える手をもう
片方の手で押さえた。
「わかりました」
彼が電話を切るとレオ達が詰め寄ってくる。
「さっきの電話イアンからか?」
「はい…」
大我は顔を顰めた。
「イアンはなんて?」
「一週間後、USBを返せ。返さないと俺に関わった人達を一人ずつ消していくと」
レオは舌打ちする。
「卑怯なやつだ。誠二、これは罠だぞ」
誠二は頷く。
「わかってます。でも、俺が行かないと関係のない人達が殺されてしまう…」
「イアンはお前を消すつもりかもしれないんだぞ」
消すという言葉に誠二はオークション会場で見たイアンの姿が頭に浮かぶ。
レオや大我のように彼をよく知っているわけではない。
だが、先程のなんの感情も読み取れない言動を思い出すとどれほど危険な人物なのかは容易に想像できる。
誠二は拳をぎゅっと握り大きく深呼吸をするとレオの目を真っ直ぐに見た。
「レオさん。俺に銃の使い方を教えてくれませんか?
イアンさんとの約束までは一週間あります。その間にできるかぎり自分の身は自分で守れるようになりたいんです」
レオは目を大きく見開くと頭を搔く。
「それがどういう意味かわかってるのか?銃の使い方なんて覚えちまったらもう、普通の道には戻れないんだぞ…」
彼は暗い顔をしている。
その顔に少し心が痛んだが誠二は意を決してこう言った。
「わかっています。でも、俺助けてもらってばかりで何もできないのはもう嫌なんです。オークション会場で大我さんが毒に倒れたときも焦るだけで何もできなかった…。
無茶を言っているのはよくわかってます。けど、俺も大我さんを助けられるようになりたい」
目を逸らすことなくこちらを見る顔にレオは幼い時の大我を思い出す。
レオ達のようになりたいと言って絶対に譲らなかったあの姿を…。
「あんた似てないと思ってたけど。大我によく似てるな。一度決めたら絶対に譲らないところなんかそっくりだ」
大我はその言葉に一瞬だけ肩を震わせると目を伏せた。
そしてただ地面を見つめている。
どこか虚ろなその瞳は何を考えているのか全く読み取れ
ない。
「わかった。そこまで言うなら銃の使い方教えてやるよ。大我、頼めるか?」
レオは大我に視線を向けた。
「うん」
彼はすぐに顔を上げる。
そして誠二の目を真っ直ぐに見た。
「誠二さん。銃の使い方は俺が教えるよ。でも、これだけは約束して絶対に無茶はしないって…」
「大我さん。わかりました」