悪魔
薄暗い部屋で蛍光灯の光だけが床を照らしている。
その中に五人の男が座っていた。
「正直、落胆しました。あの様な青年一人にやられるなんて…」
上座に座っていた左右で目の色が違う男はそう言って大きくため息をつく。
「も、申し訳ありません…。イアン様」
黒い髪をした男が頭を下げるとイアンと呼ばれた男はじろりと彼を見る。
「言い訳は聞きたくありません。ボートゥールが壊滅させられたのは事実ですか?」
その言葉に四人の男は頷く。
「少しおいたが過ぎますね…。リオンに囲われているとはいえ…。私にも面子というものがあります」
イアンは虚ろな目で四人の顔を見回した。
「どんな手を使っても構いません。あの青年を私の前に連れて来なさい。ああ、殺してはいけませんよ?生きた状態で連れてきてください。彼には少し興味が湧きました
から…」
そう言ったイアンの顔は不気味に微笑んでいる。
四人の男はその姿に怯えて慌てて立ち上がった。
「はい。必ず連れて来ます」
その言葉だけ残して部屋にはイアン以外の人間はいなく
なっていた。
一人になった彼は頬杖をついてにやにやと笑みを浮かべている。
「久しぶりに面白い獲物が手に入りましたね」
イアンの目は先程とは違い嬉々として輝いていた。
車から降りたレオは大我を抱きかかえて目の前の建物を見上げている。
「ここが大我が住んでる場所か?」
「はい。アジトだと言ってました」
その言葉にレオは何か考えるような素振りをした。
そして、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「大我は日本に来てからずっとここにいたのか…」
「え?」
レオは首を振る。
「なんでもない。中に入ろう」
彼がそう言うと三人の男が車からレオの方を見た。
「ボス。俺達は外で見張ってるよ」
「わかった。何かあったら知らせてくれ」
レオはそう言い残して建物に入っていく。
誠二も急いでその後を追う。
寝室として使われているであろう部屋につくとレオは大我をそっと布団に寝かせた。
「解毒はできてるはずだが。しばらくは安静にしておいた方がいいだろうな」
そう言うとレオは眉間に皺を寄せて眠る大我を心配そうに見つめる。
誠二はそんな姿を見てふと前にアルマと悪夢の話をしたことを思い出した。
「あの、レオさん。聞いてもいいでしょうか?」
レオは振り返る。
「なんだ?」
「白銀さ…大我さんが悪夢を見るのは何故なんですか?」
その言葉にレオは顔を曇らせた。
(聞かない方がよかったかな…)
彼がそんなふうに思いながらレオが口を開くのを待っているとため息が聞こえた。
「俺の口から言えることは限られてるが…。あんたになら少しは話してもいいかもな」
そう言うとレオは遠くを見つめる。
「あれは、まだ大我が幼かったときの話しだ」
十五年前
ビルの一室では男達が騒然としていた。
「ボス。すまねぇ。俺がついていながら…」
腹部を押さえながら若い男が苦い顔をしている。
その手にはべったりと血がついていた。
「いきなり撃たれたんだろ?仕方ないさ。お前は傷を診てもらえ。大我のことは俺に任せろ」
レオはそう言うと懐から市内の地図を取り出してテーブルの上に広げる。
「大我が誘拐されたのはセントラルパークだ」
彼は地図に赤いペンで丸をつけた。
「相手は車から発砲して、ウルが怯んだすきに大我を無理やり車に連れ込んで逃走した」
その言葉に地図を見ていた顔に傷のある男が顎に手を
当てる。
「ここから車で人目につかずに逃げるとすると…」
そう言いながら地図の一箇所を指さした。
「ここだな。どうする?ボス」
顔に傷のある男はレオの様子を窺っている。
「俺の息子を攫ったんだ。覚悟はできているだろう?俺が直接助けに行く」
その言葉に男はにっと笑う。
「じゃあ、俺もつきあうぜボス」
「アルマ。いいのか?」
彼がそう聞くと顔に傷のある男は真っ直ぐにレオを見た。
「大我は俺にとっても大切な存在だ。そいつを奪うなんて絶対許せねぇ。必ず助ける」
「わかった。敵の数を考えるとあと一人いるな…。ライ。頼めるか?」
レオは扉の側に立っていた青い髪の男に視線を向ける。
「構わないぜ」
男はそう言って笑う。
「じゃあ、俺とライ…アルマの三人で大我を助けに行く。他のやつはここで待機していてくれ」
レオの言葉を聞くと彼の周りに立っていた男達は頷いた。
「大我の安全が心配だ。準備できたらすぐ出るぞ」
彼が部屋から出て武器庫に向かおうとしたとき、後ろからアルマが何かを投げ渡す。
「ボス。ほらよ」
「アタッシュケース?」
受け取ったものを見て首を傾げる。
「開けてみな」
「これは…」
アタッシュケースを開くと中には様々な形をした拳銃が複数入っていた。
「バレル(銃身)が長いな。新作か?」
「ああ。バレルが長いぶん命中の精度も上がってる。問題なく使えるかテストも終えてるぜ」
アルマはそう得意げに言うと銃を見て嬉しそうに笑う。
「ありがとな。アルマ。使わせてもらうよ」
レオはそう言うとアタッシュケースから銃を二丁取る。
他の二人も残りの拳銃を取った。
外に出るともう辺りは暗くなっている。
三人は車に乗ると地図で目星をつけた場所に向かった。
しばらく車を走らせ目的の場所に着く。
そこはもう使われていない廃ビルだった。
レオは車から降りると廃ビルを観察する。
「二手に分かれよう。俺は正面から入る。お前達二人は非常階段から入ってくれ」
アルマとライはその言葉に頷くとすぐにビルの
裏に向かう。
「さて…。ひと暴れしますか」
レオはそう言うと不気味な笑みを浮かべていた。
廃ビルの中ではライフルを握りしめた四人の男が深刻な顔をしている。
「おいおい…。本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だろう。あの方ももうすぐここに来られる。そうすれば俺達の仕事は終わりだ」
若い男はデスクの足に縛りつけている少年を見る。
「しかしあのリオンがガキを組織に置いてたとはな…。
一体、どういう関係なんだ?」
中年くらいの男はその言葉にため息をつく。
「知らん。ただ、あのお方がこのガキを捕まえろと仰ったからな」
少年は眉間に皺を寄せて口を開くことはなくただ男達を睨んでいる。
中年の男はそんな少年を見て顔を顰めた。
「しかし気味の悪いガキだ。普通の子供ならこんな状況にあたったら恐怖で青ざめ騒ぐぐらいはしそうなものなのに…。まるでこのガキはー」
男がそう言葉を続けようとした時。
大きな音を立てて部屋の扉が吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
男達は慌ててライフルを構えると煙の上る扉の方を凝視
した。
「よう。こんにちは?あ、こんばんはか」
煙の中から金髪に青い目をした青年が現れる。
「だ、誰だ!お前は!」
その言葉に青年は首を傾げた。
「あれ?俺のこと知らないのにそいつ誘拐したの?しゃあねぇな。教えてやるよ」
青年はそう言うと男達の前に手の甲を掲げる。
「そ、その刺青は!?」
ライフルを持った男達は青ざめた。
何故なら彼の手の甲に入っているのは金色の獅子。リオンのボスの証だからだ。
「リ、リオンのボス…が何故こんなところ…に?」
男達はぶるぶると震えている。
「そいつが俺の息子だからだ。返してもらうぜ?」
レオはそう言うといきなり拳銃を男達に向けた。
「ひっ!」
短い悲鳴を上げて若い男が蹲る。
「敵に隙を見せちゃ駄目だろ」
レオは若い男に近づくとその頭を掴みそのまま壁に投げ飛ばした。
「ぐっ!」
若い男は短い悲鳴を上げてその場で動かなくなる。
「く、くそっ!数ならこっちの方が多い。おまえらやるぞ!」
中年の男はレオにライフルを向ける。
それに合わせて他の二人の男も彼にライフルを向けた。
そして発砲しようとするがその動きはレオによって遮られる。
「落ち着けって」
彼は男達のライフルを目にも止まらぬ速さで蹴り上げた。
「っ!」
男達は腰を抜かす。
「話をしよう。あんたらは何故、こいつを攫った?俺のことを知らないってことは…。大方誰かに頼まれてやったんだろ?」
レオの鋭い視線に中年の男達は唇を噛む。
「それは言えない。お前なんかに言うはずがー」
中年の男がそう言いかけた時、自分の頬を弾丸が掠めて
いった。
頬から伝う血に触れて男の顔が引き攣る。
「誰に頼まれた?次は、その頭に弾を当てる」
「ひっ!」
中年の男はがたがたと震え出す。
「さぁ、言え。誰に頼まれー」
レオがそう言いかけた時、突然肩に激痛が走った。
自分の肩を見ると丸い穴が空きそこから血が垂れている。
「レオ!」
縛られていた少年が初めて声を上げた。
レオは肩を手で押えて少年に笑いかける。
「大丈夫だ。大我、お前は大人しくしてろ」
大我と呼ばれた少年はその言葉を聞いてぎゅっと
口を結ぶ。
「あまり私の部下をいじめないでくれますか?レオさん」
扉があった方から声がする。
レオが振り返るとそこには赤い目をした男が立っていた。
「その顔…。イアンか」
男はその言葉にくすくすと笑う。
「ふふ。覚えていてくださり光栄です」
「大我を攫うように命じたのはお前か」
レオはイアンを睨む。
「はい。私ですよ。あなたを誘き出すためにね…」
彼はそう言って笑うと手に持っていた拳銃をレオに向
ける。
「くっ」
レオは顔を歪めて一瞬だけ大我の方を見た。
「その子が心配ですか?安心してください。あなたを
葬ったらその子にもすぐに後を追わせてあげますよ」
イアンは拳銃のトリガーに手をかける。
(くそ。油断した!大我だけでも助けねぇと…)
レオがそんなことを考えていると後ろから声が聞こえた。
「レオ!頭下げて!」
彼が頭を伏せると発砲音がなり目の前にいたイアンが目を押えて蹲っている。
「…ぐっ。誰が…狙撃…なんて」
そう言ってイアンが顔を上げると縛られていたはずの少年が縄を解き拳銃を握りしめていた。
「大我!」
レオは慌てて彼に近づくとその手から銃を取り上げる。
「お前、何してるんだ!」
「レオ。無事で…よかった…」
大我は彼の顔を見て笑うと力が抜けたのかその場に倒れた。
レオはその手に握られていた小さなサバイバルナイフを見て唇を噛んだ。
「アルマの武器庫から盗んだんだな…。拳銃まで隠し
持っていたなんて…。こうなることがわかっていたのか?それとも護身用にか?」
彼は首を振ると大我をそっと抱きかかえ蹲るイアンに視線を向ける。
「消えろ」
その瞳には全く光を感じさせない暗い深淵が広がって
いた。
イアンは言葉を発することはなく最後までレオと
大我を睨みつけながら部屋から出て行く。
その場にいた他の三人の中年の男も青ざめ壁の下に倒れていた若い男を連れてすぐにその後を追う。
レオは誰もいなくなったのを確認すると大きなため息をついた。
「大我。お前だけはこっちの世界に巻き込みたくなかったのに…」
そう言いながら先程の全く光を感じさせない大我の瞳を
思い出す。
「くそっ…!」
彼は強く拳を床に打ち付けた。
少ししてからライとアルマが部屋に駆けつけた。
「ボス。こいつは一体何があったんだ?」
「お前ら遅せぇよ。もう、片付いた」
そう言って笑うレオの方を見てアルマはぎょっとする。
「ボス!肩、撃たれてるじゃねぇか!?」
彼はレオに近づくと懐から急いで小瓶を取り出し
その肩に小瓶の中の液体をかけた。
「いってぇ!沁みる!もっと、優しくしてくれよ」
アルマは頭を乱雑に搔く。
「んなこと言ってる場合じゃないだろ!外に車が止めてある。非常階段にいたやつらも全員片付けたから早く帰ろう」
レオは頷くと立ち上がる。
彼はアルマに支えられながら車に向かう。
車内でレオはうなされている大我を辛そうに見つめていた。
「それから大我は悪夢にうなされはじめたんだ」
彼は目から涙を流している大我の頬をそっと拭う。
「そんなことが…。昔から悪夢は続いていたんですか?」
誠二はそんな大我を見つめながら聞いた。
「ああ。一時期治まったんだが。あの事件でまた
ぶり返しちまって以前より更に酷くうなされるように
なったんだよ」
レオはそう言うと顔を下に向ける。
「そうだったんですね…」
彼の話を聞いて誠二は少しだ夕凪大我のことが理解できたような気がした。
(悪夢…か。大我さんがイアンという男に拘っていたのもそのせいだったんだな)
誠二は静かに眠る大我を見つめた。