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暗転

朝、七時三十分頃。ビル三階のオフィスにはデスクの前に一人の男が座っていた。


彼の名前は広野誠二(こうのせいじ)


今年で入社七年目になるセキュリティ部の正社員だ。


彼は誰もいない部屋で一人落ち着かない様子でいる。


「入社してから七年目。社長から呼び出されたことなんて一度もなかったのに…。俺、何か重大なミスでもしたのか…?」


そう言いながら誠二は自分のパソコンに届いたメールを

もう一度見返した。


『セキュリティ部、広野誠二殿。明日、重要なことをお伝えしたいので七時四十分に社長室まで来てください。芳山(ほうざん)株式会社、代表取締役大澤治郎(おおさわじろう)


彼は大きくため息をつくと腕時計を見た。


(約束の時間まで後、五分…か)


誠二は椅子から立ち上がると事務所を出て社長室に向かう。


少し歩くと他の部屋とは違う重厚な扉の前についた。


その扉には社長室と書かれている。


彼は大きく深呼吸をするとその扉を三回、軽く叩いた。


中から低い声でどうぞと聞こえる。


「失礼します」


誠二はそう言うと扉を開けて部屋の中に入った。


部屋の中には革の椅子に腰掛けた威厳のある中年くらいの男と眼鏡をかけた青年が立っていた。


「急に呼び出しで悪いね。だが、我が社としても見過ごせない状況でね…」


中年くらいの男はそう言うと誠二を見る。


「社長が見過ごせない状況とは一体何でしょうか?私にも関係があるのですか…?」


彼が困惑した表情でそう言うと中年の男は微かに眉間に皺を寄せた。


「正直に話す気はないのだね…。我が社にこのような社員がいることは社長としてとても残念だよ。詳しい説明は私の秘書沼淵樹(ぬまぶちいつき)君にしてもらおう」


男がそう言うと隣で静かに立っていた青年が一礼した。


「秘書の沼淵です。今回、広野誠二さんに来ていただいたのは我が社の機密情報漏洩のためです」


彼の言葉に誠二は少し首を傾げた。


「機密情報の漏洩…?それと私に何の関係があるのでしょうか?」


「これを見てもらえばわかるかと思います」


そう言うと沼淵はデスクの上にあるパソコンを

開いた。




そして、懐から取り出したUSBを差し込む。


パソコンの画面には不正アクセスの履歴と人名、

そして時間が表示されている。


誠二の顔からみるみる血の気が引いていく。


(あれは社長しかアクセスできない顧客リストじゃないか…!しかも俺が不正アクセスをしたことになって

いる…)


彼が何も言えずに俯いていると大きなため息が聞こえてきた。


「広野誠二君。君は自分が何をしでかしたのかわかっているのか…?今回は何とか防げたが万が一情報が漏れていたら我が社は顧客の信頼を失う。そうなればこの会社に勤めている社員数万人が路頭に迷うことになるのだよ?」


中年の男はそう言うと鋭い眼光で誠二を見た。


「大澤社長…。誤解です!私は顧客リストを盗んでなんていません!どうか信じてください…」


誠二がそう必死に訴えると大澤は頭を押えた。


「沼淵君。彼にあれを見せてあげてくれ」


そう言うと隣に立っている沼淵は頷く。


パソコンを再び操作すると今度は防犯カメラの映像が映し出された。


「これは顧客リストに不正アクセスした時間の

事務所の防犯カメラの映像です」


誠二はパソコンの画面を覗き込む。


十八時三十分と表示された時間の映像には確かに

誠二のデスクで自分がパソコンを操作している姿が映っていた。


「広野さん。ここにはあなたの姿が映っています」


「そんな…。私はこの時間会社にいませんでした!」


その言葉に沼淵は誠二をじっと見た。


「それを証明できる人はいるんですか?」


「それは…」


誠二は言葉に詰まる。


(俺は基本家で一人だからそれを証明してくれる人なんていない…)


沼淵は何も言わない誠二にため息をついた。




「証明できる人がいないなら…あなたは会社にいたということになります」


「そんな…。その映像は本当に信用できるのでしょうか!」


誠二の言葉に沼淵は首を傾げる。


「信用できるのかとは…?」


「世の中には巧妙に作られたフェイク動画もあります。

もし、それがフェイク動画なら俺はこの会社にはいな

かったことになります」


彼の言葉に沼淵は考えるような素振りを見せた。


「確かにあなたの意見も一理あります。ですが…」


沼淵はそう言うとパソコンの画面操作した。


すると、そこには誠二の社員IDで十八時四十分に

退勤の打刻が押されている。


誠二は目を見開いた。


「広野さん。ご存知ですよね。我が社の社員に配られている社員IDは防犯のためにも個人で管理している。あなたの社員IDを他の者が使うなんて不可能なんですよ」


「そんな…」


彼はふらついてその場に座り込む。


そんな彼を見て沼淵は冷淡な声で告げた。


「あなたの社員IDが使われている。これが犯人だという証拠です。それに社長しかアクセスできない顧客リストへ不正にアクセスするには秀でたシステム技術がいります。

そんな技術をお持ちなのはこの会社であなただけなん

ですよ…。広野さん。ご自身の罪を認めてはいかがですか?」


誠二は頭を抱えた。


(俺は顧客リストに不正アクセスなんてしてない…。問題の時間にも会社にはいなかった。それなのに何故、俺の姿が映った防犯カメラや社員IDがあるんだ…?)


彼が何も言えずにいると大澤が口を開いた。




「広野君。罪を認めればこの件は警察に話さずに君の解雇と引き換えに不問にしよう」


「…解雇?」


誠二は目を瞬かせた。


大澤は鋭い眼光で彼を見つめる。


「当然の処遇だろう?君は我が社のそれも会社の信用にも関わる大切な顧客リストを漏洩させようとしたんだ。警察に突き出されないだけ感謝してもらいたいぐらいだよ」


「待ってください!それは誤解です!私は…」


誠二は自分の無実を必死に大澤に訴えようとしたが、大きな音でそれは途絶えてしまう。


「いい加減にしたまえ!!」


大澤が目の前のデスクを強く叩いた。


彼は誠二を指さしてこう言った。


「警察に捕まるか。自分の罪を認めてこの会社を去るか。今、ここで選びたまえ」


誠二は何か解決策がないか必死に考えたが、何か思い浮かぶはずもなく…。


やがて彼は天を仰いだ。そして、大きく深呼吸をした。


「…わかりました。認めます…」


そう言うと頭を下げた。


「では、この書類にサインを」


沼淵は淡々と退職届の書類とボールペンを出した。


誠二は震える指で書類とボールペンを受け取ると

ゆっくりと自分の名前を書く。


そしてまだ震えが止まらない指で沼淵に書類を渡した。


彼はそれを受け取ると書類に目を通した。


そして、大澤の方に振り向くと書類を見せる。


「はい。これで正式に広野誠二さんの解雇が成立しました。大澤社長これでよろしいですか?」


「ありがとう。沼淵君」


大澤は満足そうに頷いた。


「では、広野さん。社内の備品はそのままでいいので私物だけまとめてお帰りください」


「…わかりました」


誠二はそう言うとふらふらと社長室を後にした。


(これからどうしよう…)


そんなことを考えながら帰路につく。




誠二がマンションにつくと入口の前に管理人が立っていた。


「あ、広野さん」


「佐藤さん。私に何かご用でしたか?」


彼がそう聞くと佐藤と呼ばれた管理人は罰が悪そうに顔を逸らした。


誠二はその様子に嫌な予感を覚えたが大きく深呼吸をすると聞いた。


「私に話したいことがあるんですよね?」


彼がそう聞くと佐藤はぽつりと言った。


「……広野さん。申し訳ないけど、今日でこのマンションを出て行ってくれる?」


「えっ?」


誠二は佐藤の方を目を見開いて見つめる。


(そんな…。急に出て行けなんて…)


彼はその場で泣きたくなった。


「待ってください。確かに会社を解雇されましたけど、家賃なら貯金で払えます。滞納は絶対にしませんから…!」


佐藤は居心地が悪そうな様子で言った。


「ごめんね。もう決まったことだから…」


彼女はそう言って頭を下げると逃げるように去って行った。


その場に残された誠二は一人、打ちひしがれていた。


(会社も家も無くなった。はは…。もう…笑うしかないな…)


彼は俯きながら自分の部屋に戻った。


荷物をキャリーケースにつめこむと部屋の鍵を机の上に置いてマンションを出て行った。




そのまま彼は繁華街に向かった。


繁華街は日が暮れているのもあり煌びやかな店の明かりと人々が溢れかえっている。


誠二はその光を抜けて暗い路地に入った。


そして、突き当たりのバーの扉を開けた。


「あなたはもしかして誠二さん…?随分、久しぶりだね」


カウンターにいたバーテンダーが目を見開いて誠二の方に視線を向けた。


「うん。神田さん。この店で一番強いお酒だしてくれない?」


彼はそう言うと神田の目の前に座った。


「いきなり強いお酒を…?あまり無理はしないようにね」


神田はそう言うと後ろの棚から瓶を取り出してグラスに注ぐ。


誠二はそのグラスを受け取ると中身を一気に飲み干した。


アルコールの衝撃で彼の視界が揺れる。


「一気に飲み干すなんて…。無理しないでくれと言ったばかりなんだけどな…」


神田はため息をつくと誠二を見つめた。


「飲みたい気分なんだ…。店に迷惑はかけないからさ」


誠二はそう言うと俯いた。


「じゃあ、飲みやすいカクテルでも出すよ。ちょっと待ってて」


神田はそう言って微笑むと棚から二種類の瓶とシェイカーを用意する。


「ありがとう。神田さん」


彼はそう言うとぼんやりとシェイカーを見た。




その時、店の扉が開くベルの音が鳴った。


そこには若い青年が一人立っていた。


「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」


神田がそう声をかけると青年は他に席があるのに何故か誠二の隣に座った。


「はい。カクテルだよ」


青年が席に座ったと同時に誠二の前にカクテルが入ったグラスが置かれる。


彼は隣の青年を気にかけることなく一気に中身を飲み干した。


その姿を見て隣に座っていた青年が声をかける。


「お兄さん。荒れてるね。もしかして身に覚えのない罪でも着せられた?」


彼の言葉に誠二は目を見開いて青年を見た。


青年の姿は銀髪で端正な顔立ちをしているが切れ長な目はどこか陰りを感じさせる。


歳は若そうで二十代前半くらいだが、その歳には似つかないどこか怪しげな雰囲気を漂わせていた。




「君は一体誰なんだ…?何で俺に起きたことを知ってる?」


そう聞くと青年は怪しげな笑みを浮かべてこう言った。


「ねぇ、復讐してみない?」

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