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初段

 さて、国を治め、家を安泰にする事の成否は君主にあります。君主が権勢あるときには国は治まり、君主が邪な欲に溺れるならば民は苦しむこととなりましょう。ですから、「古文孝経」に「君、君たらずといえども、臣、臣たらざるべからず」とあるものの、臣がよき臣であることも、主君がきちんとした主君でなければありえないことでございます。

 本朝八十二代、後鳥羽院の治世のおりのこと。板東は武蔵の国、熊谷の次郎直実という弓取りが一人ございます。先年悪源太義平の家臣となり、たびたび名をあげて、悪源太十六騎に選び出され、此度の平家との合戦において、頼朝のお味方として参り、一ノ谷の先陣をつかまつった、武勇に名高き侍でございます。嫡子の小次郎直家は十七歳、父とともに一ノ谷で功名を立て、天下の誉れをとりました。その次の子に桂の前という十五歳の姫君があり、この兄妹は先妻の子で、生みの母に先立たれてしまいました。

 さて今の北の方は、平山の武者所季重の妹でございます。この方の産んだ子は玉鶴姫といって十三歳におなりです。兄妹みな見目形が美しくいらっしゃったので、直実の寵愛は浅からぬものでした。

 さてまた家の臣下には、木村の五藤太安高というものがあり、目上の者を敬い目下の者を思いやる仁義正しい勇士でありましたので、内も外も不足するということもなく、日々を送っておられました。

 これはさておき、そのころ鎌倉では、頼朝の御前に諸大名を召され、こたびの平家との合戦にて功名をあげた人々の行状を糺され、いずれも恩賞を賜りました。ここに平山の武者所季重が罷り出で、「一ノ谷の先陣をきったのはそれがしでございます」と申し上げます。頼朝はお聞きになり、「それについては熊谷の先陣であることはすでに勲状にも明白であるが、しかしながら直実を召し寄せ、両方の言い分を聞いて是非をただそうではないか。さあさあ熊谷を召し出せ」「かしこまりました」ということで、まもなく熊谷が御前に召し出されました。

頼朝はご覧になり、「いかに直実、一ノ谷の先陣の功名を争うものがあるので、そのときのあらましを事細かに申せ」とのご命令であります。直実は「かしこまりました」といって語り始めます。

「一ノ谷の二月七日の落城において、六日の夜まで、我ら親子は九郎義経の手勢として、山の手におりましたが、翌日の先陣のことを思い密かに陣中を忍び出で、波打ち際に回り、土肥の次郎実平が、七千余騎で支えている陣の前を通り過ぎて、一ノ谷の、西の木戸口に押し寄せて参りましたが、夜中のことゆえ門は開かず、いたずらに待ち明かしていたところに、平山の季重、おくればせにやってきました。私はすぎにその思惑を理解して、城に向かって、一ノ谷の先陣は直実なり、と名乗ったことは世間にも広く知られたことでございます、我が君さま」と申します。

そのとき季重は罷り出で、「たしかにそなたは宵から待っていたけれども、木戸がひらかないのでただいたずらに外で控えておられましたな。私は遅れて到着しましたが、やってくると同時に城中に駆け入り、まず一番に敵に会ったのは私です」。

直実はそれを聞いて、「なんと季重よ、頼朝様の御前でそのような虚言を申すな。先陣を心がけて木戸口に沿って待ち明かした私が、後から来たそなたに先を越されるわけがあるまい。門が開くと同時に一番に駆けいった、そのときの敵は悪七兵衛景清、越中の前司盛俊、同じく次郎兵衛盛嗣、かれこれ二十三騎にて防戦するのをひとまずおっ散らし、後に続く味方がないので、そなたと私で互いに馬を休めながら、戦い続けたことを忘れたのか。季重どうだ」と申します。

季重はそれを聞いて、「それは誤った言い分だ。まず一番に敵に会ったのは私だ」といいます。直実は怒って、「そのような僻事は謂れのないことだ」「我こそが一番だ」と、互いに争い、機嫌を悪くし、君の御前であることもいとわずに、太刀の柄に手をかけ、すでに危ういかと見えて、一座の人々は押しとどめます。

頼朝はこれをご覧になると、「いかに両人、心を静めて、よく聞きなさい。まず一番に攻め寄せたのは、熊谷に間違いない。門が開いて、その後は、二人一緒に駆け入っただろう。たとえ一足ほどの差があろうとも、互いに証拠もあるまい。しかし直実は敦盛を討ったこと、これは抜群の功名である。この度の顕彰には、武蔵国長井の庄を与えよう」と、御判をくださり、御座をお立ちになりました。直実はありがたいと、三度礼拝いたします。季重は、ほかに功名もないので、すごすごと、立ち去ったのは、面目もない様子でございました。

 さて熊谷は、人々にあいさつをして、宿所を指してお帰りになります。直実の威勢のほど、あっぱれ、これこそ武士の誉れというものだと、褒めぬ者はありません。


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