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totsu totsu totsu‥僕は生きて歩む

作者: 野津敬
掲載日:2023/06/29

『totsu totsu totsu・・僕は生きて歩む』



あの日まで、僕はただ生きるふりをしていた。

僕は、生きながら死んでいた。


”お前のため”という言葉をかざす親との軋轢あつれき

ふとした行き違いで崩れた友情、説明もなく離れていった彼女……

胸の底に生まれた淀みが、息苦しく僕の歩みを止めていた。 


僕はいわば、川べりの淀みに、弾けることもできずに留まる泡のように、日々の片隅で、ただくるくると回っていた。


‥なぜ生きるのか‥

自分に向けた答えのない問いは、無意味にまわる灰色の倦怠の渦へと僕を引きずり込んでいた。



そんな僕が流れに乗った。


九月下旬のその土曜日、残暑に蒸す夕暮れだった。

ベッドの上で寝返った時、本棚から一冊の本が落ちてきた。

今は天国にいる祖父がくれた登山ガイド‥


手に取って たまたま開かれたページに目がとまった。ごく平凡な山頂の写真に、何かを見たような気がしたのだ。


僕は呼ばれた。あるいは僕こそが呼んだのか…


そのまま駆り立てられるように家を出た。バスと電車を乗り継ぎし、小田急線 新宿発 最終便に乗り込んだ。

揺れる車内で、登山ガイドに記された登山道を見つめていた僕の耳に、下車駅のアナウンスが流れた。



----「次は・・渋沢 渋沢」----


totsu  totsu  totsu


僕は夜の道を歩いた。


渋沢駅を出て半時間はたっただろう。


/ ‥/


一つの気配に振り返った。


誰もいなかった。

ただ光が、細い骨のような電柱の上で揺れていた。

色をなくしたおぼろな冷たさが、そこに眠っていた。


前に向き直った。

誰も待たない光が並び、闇に飲まれて消えていた。


totsu  totsu  totsu


めしいの獣のような しなやかさを欠いた歩みの連続・・連続・・ 


突然、白い炎がなぎはらわれた。

車のヘッドライト。

慣れる間もなく、赤いテールランプとにじみあい、排気ガスの臭いを道に残した。


totsu  totsu  totsu


朽ちた草の香りが、喉の奥をいている。

胸の鼓動がシャツの布地と打ち合い、意味知れぬ韻を踏んでいる。


僕は歩き続けた。

近づく光 遠ざかる光、どちらも胸の奥の灯心に炎をつけることはなかった。

地上の埃のような星々が、暗い空の平面にへばりついていた。


totsu  totsu  totsu


もはや周囲に光はなかった。

闇が無音のざわめきとともに、漆黒のヴェールを広げていた。


totsu  totsu  totsu


足下に小石が転がった。

ねばつく蜘蛛の糸が顔を引き、細枝が前をまさぐる両手に噛みついた。

僕は郊外を過ぎ、山塊の伸ばす舌に乗っていた。


引き返す選択肢はなかった。

僕はキーホルダーのLEDを財布から外し、ベルト通しにぶら下げた。一、二歩先の山道が心もとなく白く浮き上がった。


totsu  totsu  totsu  


冷たい夜気が荒く喉をいでいる。

胸の奥、鼓動に包まれた灯心に、炎が立った。


/ / / /


闇に何かが切りこんだ。

甲高く裂けるような鳴き声が左に流れた。


鹿だった


totsu totsu totsu


/ ‥ /


わかっている。

後ろに何かが近づいていた。


足音を立てず、息も殺している。

実体を持たぬ闇の影・・

そんな感じだった。


僕はとまった。

それもとまった。


totsu  totsu  totsu


/ ‥ / / ‥ / / ‥ /


僕は歩き始めた。

それも進み始めた。


胸の内の炎が叫んだ。

ー後ろを見よ。近づくものの息を感じよ!ー


瞳が叫んだ。

ー振り返るな。ないものに命を吹き込むなー


totsu  totsu  totsu


/ ‥ / / ‥ / / ‥ /


「闇の胎内はらに 出口はないのか」


「導きの光は 我が求めに気づいていないのか」


「時の振り子に 安堵の鐘はないのか」


意味の世界を求める叫びが、漆黒の迷宮を彷徨さまよった。


totsu  totsu  totsu  totsu  totsu  totsu


・・  ・・ ・・  ・・ ・・  ・・


炎を燃え立てて打ち続ける鼓動 

ふいごのように夜気を吸排する肺

身体は機械仕掛けとなっていた。


鼓動と肺の二つの脈動

それだけが、僕の存在を証していた。


totsu  totsu  totsu  totsu  totsu  totsu


・・  ・・ ・・  ・・ ・・  ・・


紺色の広がりが目の前にあった。

漆黒の迷宮の触手が、身体から離れていく。


totsu  totsu  totsu


・・  ・・ ・・ 


そこは丹沢にある塔ノ岳という山の頂上だった。



四…


三…


二… 

        

一…


徐々に等級が減じ、星々が消えていく。


腰かけた冷たい大岩の上で、僕は長い息を吐いた。



/ ‥ /


瞳の端に何かが映った。


斜面を登り来る闇の影…

それが音もなく近づいてきた。


/ ‥ /

/ ‥ / / ‥ /

/ ‥ / / ‥ / / ‥ /


喉を研ぐ夜気が凍てつき、胸の灯心の炎がふと消えた。


/ ‥ / / ‥ / / ‥ / / ‥ / 


気がつくと、目の前に少年が立っていた。


僕の手は、無意識の内に彼にさしだされていた。


『来たんだね』

舌の筋肉のかすかな痕跡が、僕が話したことを蘇らせた。


「…やっと追いついた」

少年は言った。


「ほら」

紺色の暗がりで無邪気に笑う少年が、僕の手を握った。

花びらに似て、柔らかく懐かしい…。過去に置き去りにした僕の手の感触だった。


僕が手を開くと、何かを入れて、そっと両手でおおった。

リンゴ大のそれは、ずしりと重かった。でも胸の内は、綿毛のように軽いと囁いていた。

「渡したよ」

うなずいた彼は、抱きつくように僕に重なって消えた。


/ ‥ / 


背後にまた一つ、歩みがあった。

振り返ると、老人が立っていた。


「いつからそこに」

「今、そして、ずっと以前から」


どこか温かいその声は、幼い頃に耳の奥のひだに刻まれて以来、いつも傍らにあった声だった。

僕が小学二年の時に亡くなった祖父…、顔はよく覚えていないが、その声に違いなかった。

少年を置き去りにしたのと同じく、これまでその声に耳を傾けることはなかった。



「よい頃合いだ。種をけ」

僕の胸に手を当てた老人が頷きながら微笑んだ。


その声は僕を包み、身体の内に溶けていった。老人の姿はもはやなかった。


手の中で、少年から渡された物が光を滲ませ始めていた。

それは硬い殻におおわれた大きな種だった。


自問…

『よいのか。生きる道の示されている虚構の楽園に住まう者でなくなっても・・』


『よいのか。可能性に満ちながらも、決して掴むことも留まることもできない現実の世界へ、自分という存在を託してしまっても・・』


否応…


否応…


良し!!! 僕は渾身の力を込め、種を宙に押し上げた。



向かいの山の稜線に赤いにじみが生まれていた。

陽が昇りはじめている。大地に朱色の波が染みていく。


宙に放たれた種は、風を切って躍り上がった。

落下の弧を描いた時、それは黄金の光を四方に放射した。種はその内に宿したものを解き放ったのだ。


挿絵(By みてみん)


カツッ!


大岩の上に落下した黒い種が、 二つに割れていた。


ああ・・


それは見覚えのある種だった。


「これ、お星さまの種だよ」と、庭の花壇の丸石を引き抜いては、マジックペンで色を塗り、山好きの祖父にあげていた。


祖父は、いつかここで種がかれることを知っていたのか……。



澄んだ朝の大気が、痛いほどに喉に流れ込んできていた。

胸の内の灯心に再び炎が立ち、激しく燃え始めている。


「だれでも…、いや、なんでもいい。・・会いたい!」



totsu ・・


totsu ・・


totsu ・・                       


totsu ・・

totsu ・・ 

totsu ・・


僕は山を駆け下りた。


totsu  totsu  totsu




街は目覚めていた。


家々の壁は白く輝き、軒先の花が鮮やかに揺れている。


白 灰 黒 銀・・多色の織り込みの造形物・・アスファルトの道はいったい幾つの色を持つのか。


人々は闊歩し、車はエンジンを唸らせている 


街は色に、音に満ちていた。

あの種が放った輝きを、それぞれに宿していた。


山頂で吸った澄んだ風が街にも流れ、シャツを抜けていく。

空の碧い高みを舞うトビが、何かを語るように鳴いている。


昨日まではなく、ずっと以前からあった街でもあった。


totsu  totsu  totsu


僕は進んだ。前に…そして、前へ…。


totsu  totsu  totsu


改札を抜け、僕は家路への列車に飛び乗った。



ふた月が過ぎた。


親との軋轢は変わらず続いている。


高三の冬だというのに、受験準備をするわけではなく、就職の予定があるわけでもない。

それにファーストフード店でバイトを始めるなど・・親から見れば、正気の沙汰ではないらしい。

それでも、履歴書に同意の印鑑を押してくれた所をみると、親なりに諦めがあったのかもしれない。


バイトを始めた理由はよくわからない。たぶん、あの深夜の登山で、胸の奥にあった黒いヴェールのようなものが払われたのだと思う。


夕方、自転車を飛ばして店に行く。制服に着替えて、客と向き合うカウンターへ・・注文受けにレジ打ち、品出し・・クラクラする間もないほどに忙しい。


なぜか、別れた彼女が 予備校の帰りに店に寄ってくれるようになった。が、話をする暇もなく、その真意は分からない。



totsu  totsu  totsu


僕は知っている。


一度、輝きの種をまいた者は、もはや虚ろという甘美な淀みの淵に留まることはできないということを・・。


totsu  totsu  totsu … … …  



ー了ー






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