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冷徹侯爵②

 もしここで抵抗を見せれば、冷徹侯爵の反感を買ってしまうかもしれないし、最悪斬り殺されるかもしれない。そうなってしまえば、何故自分がこんな目にあっているのかも分からないまま、無念にも短い一生を終える事になってしまうだろう。そうはなりたくないので、グレイスは仕方なくテオドールの両手の中で大人しくしている事にした。


 すると何を思ったのか、テオドールは無言のままグレイスを抱えて路地裏から抜け出した。近くに停車させていた馬車に乗り込み、急かすようにして御者に出発を促す。馬車に乗ってからも、テオドールは何故かグレイスを抱えたまま片時も手を離そうとしない。一体何処に連れていかれるのかと内心肝を冷やしていたが、思いとは裏腹に辿り着いたのは、彼の家である公爵邸だった。


 門の前で馬車を降り、長い庭園を抜けて屋敷に続く道をズカズカと進んでいく。グレイスはテオドールの顔をチラリと盗み見るが、その表情からは一切の感情が読み取れない。時間(とき)が経つにつれてようやく冷静さを取り戻したグレイスは、男の人に抱かれているという今の状態に対して段々と羞恥心が湧いてきてしまった。


 いくら婚約者のローレルがいたとして、彼とは互いの手を握った事もないし、身体を触れるのは勿論論外だった。それに、婚約者がいる身で他の男性と二人きりになる事も家族以外ではあり得なかったので、異性に対する耐性をグレイスは持ち合わせておらず、不本意にも心臓がドキドキと脈打ってしまう。だが今の状況に不釣り合いな感情を抱いてしまった事に情けなさを感じ、グレイスは数多の感情を払い除けるようにして激しく首を振った。


「暴れるな。」


『はい・・・。』


 相手にはニャーとしか聞こえていないだろうが、逆らうと恐ろしいのでとりあえず返事をする。良い子にしていれば、もしかしたら解放してくれるもしれない。そんな願望ともいえる希望を持ちつつ、グレイスはこれ以上余計な事を考えない事にした。


 屋敷に到着後、主人の帰りを大勢の使用人が頭を下げて迎える。お帰りなさいませ、と声を掛けるメイド長らしき人物は、テオドールが抱えている銀色の猫を見て目を丸くさせた。驚いている彼女をよそに、相変わらずテオドールは無言のまま自室まで戻っていく。部屋に着いてすぐ、テオドールの後ろをついて歩いていたメイド長は、閉じていた口を恐る恐る開いた。


「御主人様、そちらの猫は一体・・・。」


「拾った。」


 全くと言って良いほど説明になっていない返答を貰い、心なしかメイド長の顔には汗が浮かんでいるように見える。普段から何を考えているのか分からない主人が、突然それ以上に不可解な行動をとったのだ。メイド長が困惑するのも無理はない。


「体が汚れているので、せめて綺麗にして差し上げましょう。」


 グレイスは路地裏で横たわっていたので、土埃などが付着して少しばかり薄汚れている。テオドールはメイド長の言葉に従い、それまでずっと抱えていたグレイスをようやく手放す。その顔は何処か残念そうに見え、その稀有な出来事を目の当たりにしたグレイスは思わず目を白黒させた。


 数分後、数人のメイドが桶を持ってやってくる。ふとそこでグレイスはある問題に気が付き、まるで死人のように顔が真っ青になった。もしや自分は、テオドールの目の前で湯浴みを行わなければならないのだろうか。それによくよく考えると、今の自分は当然服を着ていないので素っ裸の状態である。グレイスの羞恥心は限界を優に超えていた。そんなグレイスの気持ちなどお構いなしに、メイドは呆けている猫を桶に入れると、テキパキと素早く体を洗い始めた。


(もうお嫁に行けないわ・・・行くつもりも無かったけど・・・。)


 ここ数日間、あまりにも自分の身に不幸が降りかかり過ぎてはいないだろうか。元々信仰心が薄いグレイスだったが、今回の事を機に神様は存在しないのだという己の考えは確信に変わった。もし本当に存在しているのであれば、今まで真面目に生きてきたグレイスに対してかなり酷い仕打ちである。そう思いながら、グレイスは諦めたようグッタリと身を任せていた。暫くすると体がポカポカと温まってきて、段々と睡魔が襲ってくる。グレイスがウトウトとしている間、柔らかいタオルでメイドに優しく拭いて貰い、シルクカバーのクッションにそっと座らされた。


「とっても可愛らしい猫ちゃんになりましたね。」


 メイドたちがニコニコとテオドールに声を掛けるが、


「用が済んだなら全員出ていけ。」


 まるで吹雪のように冷たい一言に、慌てて全員が一斉に部屋を出ていく。残されたグレイスは緊張感のあまり、先ほどの眠気も吹っ飛んでしまっていた。

誤字脱字などございましたら、ご報告いただけると助かります。

明日の更新はお休みさせていただきます。

(キリの悪い所で申し訳ないです。)

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