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婚約破棄②


「申し訳ございません。驚いて、つい手元が狂ってしまいましたわ。決してわざとではありませんのよ?」


 ニッコリと笑顔で謝罪の言葉を口にしているものの、内心は苦悶の表情を浮かべながらその場で蹲る哀れな男の姿を見て、大口を開いて笑いたくなる気持ちを必死に抑え込んでいた。我ながら中々品のある笑みを浮かべられたのではないだろうか、とグレイスは思う。


「お前・・・わざと・・・っ」


「お客様が帰宅されるわ、外までお連れして。」


 駆け付けた騎士に担がれるようにして、ローレルは部屋を追い出される。


「ローレルには後で、火傷に効く薬をお送りしますわ。お大事になさってくださいね?」


 グレイスは去っていくローレルに作り笑顔で手を振った。ローレルは去り際に何か言いたげにしていたが、どうせ録でもない事だろう。真面目に聞く価値もない。


(ごめんなさいお父様。でも理由を言えば、きっと許してくれるわよね・・・。)


 ここまで粗相をしてしまえば、例え父が破棄を反対したとしてもローレルとの関係修復は難しいだろう。これから起こり得るであろう面倒事にグレイスは頭を悩ませながら、ぐったりと椅子にもたれかかった。


(ローレルも昔はあれほど粗暴な人ではなかったのだけれど。)


 今すぐにでも眠りにつきたい気持ちを堪えながら眼を瞑る。そうしながら、ローレルとの婚約に至った経緯を思い返していた。



 彼の名前はローレル・アスター。侯爵家の一人息子であり、両親からの愛情を一身に受けて我儘な性格に育ってはいたものの、今ほど傲慢な性格では無かった様に感じる。今から5年前、伯爵家で開かれた誕生日パーティーに参加した彼は、当時10歳だったグレイス・ローズレッドに一目惚れをしたそうだ。


 それもその筈、グレイスは幼少の頃から見目麗しい少女だった。陶器のような白い肌にバラ色に染まった頬。陽光に負けず劣らず光り輝く銀髪は、風が吹くたび夜空に浮かぶ星の如くキラキラと輝き、赤い瞳は宝石の様に煌めいていた。誰が見てもその姿は、まるで月から舞い降りた女神だと錯覚したことだろう。


「父上!あの令嬢と結婚したいです!!」


 ローレルは困惑する両親に必死に頼み込み、そうして何とかこの婚姻にこぎつける事が出来たのだ。両家で交わした取引は、侯爵家が伯爵家の新しい事業を支援する代わりに、伯爵家が所持する鉱山を一つ分け与える事だった。勿論、支援を受けている間は利益供与をおこなうことも暗黙の了解であった。


 ここで婚約解消となれば侯爵家からの支援は当然止まるだろう。そうなれば伯爵家の損害は計り知れないものとなる。鉱山は既に渡してしまっているのに加えて、ある程度の利益は侯爵家へ返上しているのだ。


(やっと軌道に乗ってきたところだっていうのに、あのクソお坊ちゃまが・・・)


 つい言葉遣いが汚くなってしまったが、心の中で留めておいたのだから許してほしい。寧ろ口に出さなかっただけ褒めて貰いたいところだ。


 幸い、我が家の資産はこの程度で揺らぐものではない。少しの贅沢を我慢すれば、経営が傾く心配もないし、従業員や領民が貧困に陥ることもない。何なら必要とあらば破棄によって無用になった結婚支度金を使っても良い。そう思ってしまうくらい、グレイスは投げやりになっていた。


「お嬢様、よろしいでしょうか?」


 ドアをノックする音が聞こえ、グレイスは瞑っていた眼をハッと開いた。あれからどれ程の時間が経ったのだろう。窓の外を見れば、先ほどまで夕焼け色だった空が、いつの間にか深い闇色に染まっていた。


「入っていいわ。」


 許可を貰って部屋に入ってきたのは、グレイスの専属メイドであるデイジーだ。あの騒動後、部屋から出てこない主人を心配してのことだろう。手にしているトレイの上には、温かい湯気が立ち上がるカップが乗っていた。


「お疲れだと思いますので、ココアをお持ちしました。食欲が湧きましたらお申しつけ下さい。直ちにお食事を用意させていただきます。」


「ありがとう、いただくわ。」


 デイジーの心遣いについ目頭が熱くなってしまう。グレイスは気付かれないように、手渡されたカップに慌てて視線を移した。


「ローレル様の件、お伺いしました。・・・実は、そのことでお話したいことがございます。」


「・・・何かしら?」


 正直、今はあの男の名前を聞きたくは無いのだけれど。とグレイスは思ったのだが、今までデイジーは主人の為にならない発言をした事が無かったので、大人しく次の言葉を待つことにした。


「余計な事かと思い黙っておりましたが、こうなってしまった以上、御報告させていただきます。ローレル様のお相手は、恐らく男爵家のご令嬢です。」


「何ですって?!」


誤字脱字などございましたら、ご報告いただけると助かります。

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