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新月の夜②

 何かいけないものでも見てしまったような感覚に襲われ、グレイスは気を紛らわすようにしてクッションに顔をうずめた。それでも何だか体の疼きが治まらず、早く寝てしまおうと瞼をギュッと瞑るが、やはり一向に眠気がやってこない。


 ギシッと軋む音を立てて、テオドールがベッドに入ってくる。そんな単純な動作さえ、グレイスはドキドキと胸を高鳴らせた。いつもなら、別に一緒に寝る位は構わないと一切気にしていなかったのだが、なんだか今夜は様子が可笑しい。もしかしたら慣れない日常にストレスが溜まり、発熱でも引き起こしているのだろうか。


「グレース?大丈夫か。」


 様子が可笑しい飼い猫を心配しての事か、うつ伏せ状態のグレイスを両手でそっと持ち上げて表情を窺う。心配してくれているのか、テオドールの青い瞳が不安気に揺れていた。


『大丈夫よ。』


 猫の病状に関しての知識はないが、恐らく一過性のものであるのには間違いがないので、問題ないと伝えるためにもグレイスは元気に鳴いてみた。もし入院する羽目になれば、計画が台無しになる恐れがある。それだけはどうしても避けたかった。


 どうやら気持ちが通じたようで、テオドールは無言でグレイスをそっと膝に乗せてから、ゆっくりと頭を優しく撫でた。それがあまりにも心地よくて、グレイスは先ほど感じた体の火照りを忘れる程、ゆったりと寛いでいた。数分間、そうしてテオドールに愛でられていたが、次第にグレイスの体が熱くなり呼吸も荒くなる。そんなグレイスの様子を見たテオドールは、使用人を呼ぼうと咄嗟にベルに手を触れたが、


「呼ばないで!!」


 少女の声に制止され、テオドールはピタリと動きを止めた。自分と飼い猫(グレース)以外居る筈がないこの部屋で、何故他の人物の声が聞こえるのだろうか。テオドールは声がした方向へ睨めつけるようにして視線を向ける。


「なっ・・・!」


 普段、何事にも動じないテオドールでさえ、目の前にいる人物が誰だか分かった瞬間、身体を石のように硬直させた。そこには飼い猫(グレース)の姿はなく、代わりに見知った少女の姿があった。キルトケットで頭以外は隠れているが、その姿は伯爵令嬢(グレイス)で間違いない。


「騙していた訳ではないんです、これには事情がありまして・・・。」


 急に元の姿に戻ってしまったグレイスは、とりあえず弁明したい一心で言葉を続けるが、当のテオドールは呆けていて一切頭に入っていない。


「あの、公爵様・・・?」


 グレイスは自身に起きた出来事を全て伝え終えた後、いつまでも動かず一言も口にしないテオドールに痺れを切らして声をかける。その一言で、ようやくテオドールの理解が追いつき、今までの自分の行動に恥じらいが湧いて顔を真っ赤に染めた。そんなテオドールの様子に伝染するようにして、グレイスも顔を赤く染める。長い長い沈黙の後、グレイスは羞恥心を振り払うようにして、おずおずと口を開いた。


「・・・ですので、協力していただきたいのです。」


 グレイスはちらりとテオドールの顔色を窺うが、先ほどまで赤くさせていた顔は既に冷え切っていて、心なしか不機嫌そうに見える。おそらく、今度は騙されていたという怒りの感情が湧いてきているのだろう。


「その話をすんなり信じろと?それに俺に何のメリットがある。今ここで追い出したって良いんだぞ。」


 今まで甘々だったテオドールの言葉が急にトゲを刺し、グレイスは希望を打ち砕かれたように落胆した。しかし、ここで諦めてしまえば為す術がない。


(本当はこの方法を使いたくは無かったんだけど・・・。)


「協力していただけなければ、今ここで大声を上げます。」


「・・・正気か?」


 大声をあげてしまえば、使用人たちが慌ててこの部屋を訪れるだろう。そうなった時、ベッドにいる男女の姿を見て何を思うだろうか。公爵の悪い噂が広まってしまう事は間違いないだろうし、何なら既成事実によって婚約に発展してしまう可能性が高い。テオドールは結婚を望まないと聞いている為、グレイスはこの方法に賭けるしかなかった。案の定、テオドールは頭を抱えてグレイスを睨みつけている。


「とりあえず、お前の言い分は分かった。協力してやる。」


 観念したように、テオドールは言葉を吐き捨てた。

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