幕間~テオドール②~
今年もよろしくお願いします。
窓から夕陽が差し込み、執務室が橙色に染まる。本日分で必要な業務を終えたテオドールは、かけていた眼鏡を外して一息をついた。従来通りであれば、このまま明日の業務に手をつけ始める所なのだが、今のテオドールは飼い猫との時間を何よりも欲していた。現に「昼ごはんは食べただろうか。」だとか「おやつは煮干しを与えよう。」などと、周囲からすればどうでも良い事を考えながら仕事をしていた。それでも与えられた仕事を全て完遂し、ミスの一つもしていないのだから流石である。
テオドールは大の動物好きでもあるのにも関わらず、動物側から怯えられてしまい、今まで一度も触れる事すら敵わなかった。だけど彼女だけは唯一触れるのを許してくれたし、目を合わせても怯えて逃げ出す事がない。そんな彼女に対し、テオドールが骨抜きになってしまうのも無理はなかった。今も、彼女の美しい毛並みと感触を思い出し、一刻も早く撫でたくて仕方ないと手が疼いてしまっている。所謂、末期症状というヤツだ。
(やはり、今日はここまでにしよう。)
意を決して作業を切り上げる事にしたテオドールは、机上の書類を整理して纏め、明日必要な分以外は引き出しにしまう。早く彼女に会いに行きたい、という想いが強くなり、片づけをする手の動きも心なしか徐々に早くなっていく。しかし、テオドールの飼い猫と戯れたいという願いは、ドアをノックする執事の言葉によって虚しくも後回しにされる事になった。
「グレイス・ローズレッド様が、公爵様に御挨拶願いたいと屋敷の門前までいらしております。」
「帰れと伝えておけ。」
あまりの返事の速さに圧倒され、執事は驚いたように目を見開いた。正直、今のテオドールは他人に構っていられる余裕がなく、現に不満気な表情を浮かべている。そもそも面会には約束が必要だろう、とテオドールは苛々をぶつけるかの様に机をトントンと叩いた。
(伯爵令嬢には何度か会った事があるが、そのような無作法な行いをするような人間には見えなかった。それとも、あの男の不躾な人間性に染められてしまったのだろうか。)
考えているだけで頭が痛くなり、テオドールは顳顬を押しながら、これ以上伯爵令嬢について考えるのをやめた。結局、彼女はローレルの婚約者である事に変わりはないのだし、自分は必要以上に彼女に干渉するべきではないと判断する。執事はそんな主人の様子に狼狽えながらも、恐る恐る言葉をつづけた。
「それが、大事なお話があるという事で・・・。飼い猫の件でもお話を伺いたいと・・・。」
テオドールにとって、大事な話とやらはどうでもよかったが、飼い猫の事となれば話は別だ。そもそも、グレースを保護したのは昨晩の話である。それなのになぜ、伯爵令嬢がグレースの存在を知っているのかが不可解だ。念のためではあるが、発言の意図を確認する必要があった。それに、ここで伯爵令嬢を追い返したとして、後日また訪問されるのも面倒臭いこと此の上無い。
「・・・応接間へ案内しろ。」
「かしこまりました。」
しばらくして、執事に案内されながら応接間に辿り着いた令嬢は、テオドールの姿に気づいた瞬間、ニコニコと笑みを浮かべて挨拶をする。
「お時間いただき、感謝いたしますわ。」
見たところ以前と変わりは無いが、どこか雰囲気が違うように感じて、テオドールは彼女を凝視しながら違和感の正体を探る。
(先ほど彼女について考えるのをやめたばかりだというのに、また碌でもない事を考えてしまっているな。)
そんな自分に呆れつつ、彼女から視線を逸らしたテオドールは、お茶の準備は必要ないと執事を下がらせた。
「要件だけ伝えろ。」
酷く冷たい声色で、ピシャリと単調に伝える。そんなテオドールの姿を見れば、誰もが顔を青ざめて謝罪の言葉を口にし、要件を素早く伝えて早足で去っていく筈だが、目の前の人物は絶やさず笑みを浮かべている。そんな彼女の様子に対して、テオドールは更に苛々を募らせた。
「本日、伯爵家の庭園に公爵様の飼い猫が迷い込んでしまったのです。ですので、公爵家までお連れしました。」
伯爵令嬢の言葉に、テオドールは内心かなり驚いていた。基本飼い猫には自由を与えてやりたいのだが、今回のように遠い場所まで行かれては、何かがあった際に瞬時に対応が出来ないのはテオドールにとって本意ではない。今後は彼女の自由を尊重しつつも、せめて護衛(という名の見張り)をつける必要があるとテオドールは考えた。その間にも伯爵令嬢は何かを話しているが、テオドール自身は飼い猫の事で頭がいっぱいのため、殆どの内容はスルーしてしまっていた。しかし次に発せられる彼女の言葉に、テオドールは不本意にも返事を返してしまう事になる。
「・・・ですから、私と婚姻を結んでいただきたいのです。」
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活動報告でも投稿しましたが、今後は3日に1話更新になります。
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