偽物の私③
ようやく公爵家に戻ってきたグレイスは、御者が扉を開くのと同時に、勢いよく馬車から飛び降りる。そのまま馬車の方を一瞥もせずに、門の隙間をするりと通り抜けて公爵邸へ向かった。結局、伯爵家で得られた情報はデイジーが無事だった事のみだ。しかしあれだけの苦労をしながら、何も得られないよりかは遥かに良いので、不甲斐ない気持ちをグッと堪える。それより、早く元に戻る方法を探るか、彼女がグレイスの偽物だと誰かに伝える方法が無いかを探るべきだ。それなら、まず始めにやらなければならない事がある。
(お腹が空いては、何とやら・・・だわ!!)
昼食にしては遅い時間になってしまったが、グレイスは与えられた食事をペロリと完食した後、外出で汚れてしまった体をメイドに洗って貰い、テオドールの元へと足を運んでいた。たった1日で、今の状況に適応できるなんて中々図太い性格である、と我ながら感心する。勿論まだまだ恥らいの気持ちはあるのだが。
部屋に向かう途中、男女の話し声が聞こえて、グレイスは応接間の前で歩みを止める。どうやらテオドールが来客対応中らしい。淑女に相応しくない行為だとは分かってはいても、何を話しているのかが気になってしまい、そっと扉に耳を押し付けて会話を盗み聞く。
「・・・ですから、私と婚姻を結んでいただきたいのです。」
予想外の会話内容を聞いてしまい、グレイスはなんだか申し訳ない気持ちになる。あの女性には無関心だと噂されている冷徹公爵に、手紙や使者等を送ってワンクッション挟むのではなく、まさか直球に求婚する女性がいるとは。恐れ知らずな女性に益々興味が湧いてしまい、僅かな会話すら逃すまいとして、扉に押し付けていた耳を更に押し込む。
「お前には婚約者がいるだろう。それに何度でも言うが、俺にその気はない。」
早く会話を終わらせたいのか、テオドールの声色が普段よりも更に不機嫌そうで、だれが聞いても明かにイライラしているのが分かる。普通の人であれば、すぐにでもその場から立ち去る事であろう。しかし、そんな彼に怯える様子もなく女性は言葉をつづけた。
「ローレル様とは婚約破棄いたしました。ですから何も問題ありませんわ。」
『は??』
どうやら、グレイスに扮した人物が来客として応接間にいるらしい。そして図々しくもテオドールに求婚している。勝手を行ってばかりの彼女に対し、グレイスは怒りや羞恥心で体が震え、顔を林檎の様に赤くした。
(何を考えてるの・・・!!!)
よくよく考えてみれば、ただグレイスを茶化す為だけに、わざわざ公爵家まで向かう馬車に乗る筈がない。恐らく公爵に会う口実として、飼い猫が使われたのであろう。抑えていた怒りが爆発し、グレイスは扉を思いっきり引っ掻いてテオドールの気を逸らそうと一生懸命になる。
願いが届いたのか、音に気付いたテオドールは、目の前の人物を無視して扉の方へ足を運んだ。グレイスを押してしまわない様に、なるべく力を入れずにそっと扉を開いてくれる。ここまで言葉を交わさずにグレイスの意思が伝わるのであれば、いずれ解決の道が開けるかもしれない。グレイスはキラキラと期待の眼差しで公爵を見つめた。その瞳を見て、テオドールも心なしか嬉しそうである。
「飼い猫のおやつの時間なので、お帰りいただけるか?」
テオドールはそのままグレイスを抱え、もう来客に構ってやれる時間はないと退室を促す。
「今日の所は、これで失礼いたしますわ。またお会いしましょう。・・・猫ちゃんも、ね。」
意味深な表情を浮かべ、にっこりと微笑んだまま応接間から退室する。そんな彼女に対し、グレイスは『二度と来ないで』と心の中で叫び、舌を出しながら塩を撒く仕草をする。彼女が何を考えているのかは分からないが、テオドールと結婚する事で何かの目的が達成する(もしくは見込がある)のは間違いないだろう。今は、テオドールと偽物グレイスの婚姻を阻止する事に専念しなければ。相手が魔術師であるのなら、何かのきっかけでテオドールも操られてしまう可能性が高い。そうならないよう、グレイスはテオドールの傍を片時も離れないと決心したのであった。
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今回短めですみません。来年もよろしくお願いします。




