偽物の私②
信じがたい、いや信じたくない光景を目の当たりにしたグレイスは、すぐにでもこの場所から逃げ出したい気持ちを抑えながら、後ろ足をゆっくりと後退させた。なぜ自分と同じ姿をした人間が、本物の代わりにグレイスとして伯爵家に居座っているのだろうか。
(それとも私が、自分の事を本物だと思っているだけ・・・なの?)
いや、そんな筈はない。例え猫になってしまった経緯は覚えていなくとも、過去のグレイスとしての記憶は今でもハッキリと思い出せる。それに、人間が猫になってしまうという摩訶不思議な事象が存在しているのだ。悪意を持った誰かが、グレイスのフリをしている事だって有り得るだろう。
「首輪に付いているチャームの紋章を見る限り、どうやら公爵家の飼い猫のようですね。どうしてそんなに遠い場所から・・・。」
デイジーの気遣わしげな声を聞き、グレイスはハッと我に返った。偽物に気を取られている場合ではない、と首を激しく横に振る。冷静さを失っては、真面な判断が出来る訳がない。伯爵家は既に、偽物によって占拠された敵陣だといっても過言ではない。油断をしていたら寝首を掻かれてしまうだろう。
(・・・でも、デイジーが無事で良かったわ。)
改めて、安否が不明だったデイジーの姿を見て心から安堵する。
「デイジー、この猫を公爵家へお送りするから、馬車の手配をよろしくね。」
「かしこまりました。」
偽物のグレイスが指示すると、デイジーは馬車の手配をする為その場から立ち去っていく。不本意にも庭園で二人きりになるが、彼女はグレイスをじっと見降ろすだけで、特に何の危害も加えようとはしない。もしかしたら誰かに見られる可能性があるので、本性をさらけ出せずにいるだけかもしれないが。それでも一瞬の隙すら見せる訳にはいかないので、グレイス自身も彼女から片時も視線を外そうとはしなかった。
やがて長い睨み合いの後、ようやく馬車の手配を終えたデイジーが戻ってきた。彼女がデイジーに小さく耳打ちすると、デイジーはすんなりと承諾して屋敷へ戻って行く。その様子を見て、勝手に屋敷を乗っ取り自分の居場所を奪った事や、自分が大切に想っているメイドを勝手に扱き使い回している事に対し、グレイスは腸が煮えくり返りそうになる程、怒りで体が震えていた。
御者に抱えられる前に自ら馬車へ飛び込む。ここで大人しく敵の思惑に乗るのは、変に反抗して自分が不利になるのを防ぐためだ。今の体は小さい事に加えて抵抗する力も無いし、人間の言葉を話す事が出来ないので、誰かに助けを求める事もできない。そんな状況で、どうやって敵と闘えば良いというのだろう。だからこうして態々二人きりになったのは、彼女から僅かでも情報を得られる可能性に賭けたからであった。つづいて彼女も馬車に乗車し、御者に出発を促す。馬車が発進してから数分後、ようやく目の前の人物は閉ざしていた口を開いた。
「びっくりしたよ~。まさか昨日の今日で公爵家の飼い猫になるとはね。」
まるで友人同士の会話のように気軽に話しかけられ、グレイスは思わず動揺する。
(何処かで会った事があるかしら・・・?)
昨日の出来事を知っているという事は、粗方この人物がグレイスを猫の姿に変えた張本人なのだろう。それにグレイスと瓜二つの姿は、変装にしては完璧すぎる程のクオリティなので、恐らく自らの姿をも魔術で変えているのだろう。魔術師はこの国問わず大変希少な存在のため、中々お目にかかれる人物ではない。そんな人物が一体どういう目的でこんな事をしているのか謎ではあったが、すんなり話してくれる様なら、そもそもこの様な事態にはなっていないだろう。これ以上は考えるだけ無駄なので、仕方なくグレイスは彼女の言葉の続きを静かに待った。
「猫語で話しても、術者の私には伝わるから大丈夫だよ。」
そう言いながら、彼女はクスクスと無邪気に笑う。それは、自分が犯人だと自供しているようなものだった。
『・・・貴女の目的はいったい何?私に恨みでもあるのかしら、それとも伯爵令嬢としての権力が必要なの??』
「私恨とかじゃないから安心して。目標が達成したら元に戻してあげる。」
記憶は消すけどね、と彼女は毛先を人差し指でクルクルと弄る。どうやら2人きりになる場を態々設けておきながら、真面に会話をする気は全く無いらしい。彼女に茶化されたグレイスは、更に怒りをふつふつと募らせる。
(これ以上話をしていても無駄ね、イライラするだけだわ。)
求めている解答を得られないのであれば、これ以上の詮索は不要である。既に伯爵家に来るまでにかなりの体力を使っているので、これ以上彼女の為に使う体力は残されていなかった。
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