偽物の私①
(・・・何だか変な夢を見ていたような気がするわ。)
明朝、息苦しさを感じながらグレイスは目を醒ました。眠気眼で欠伸をしながら、固まっていた体をぐーんと伸ばす。目覚めたばかりで未だに思考がはっきりとしていない。それにまだ疲れが取れていない気がするので、もう一度寝直そうかとグレイスは考えていた。
「起きたのか?」
聞き慣れない声を聴いて、グレイスは体をビクッと震わせた。隣には、グレイスを抱くようにして眠っていたテオドールの姿がある。その姿を目の当たりにして、グレイスはようやく自分の置かれている状況を思い出した。信じたくない自分の姿と、昨晩の屈辱的な行為を思い出して、一気に現実に引き戻されたグレイスの気分は最悪である。
(意外にしっかり鍛えているのね。)
つい、寝間着姿のテオドールをじっと見つめてしまう。線の細い男性であるが、布の隙間から覗く筋肉を見る限り、それなりに鍛えているのが分かった。
(私ったら何を考えているの?!)
昨晩、男性と同じベッドで寝てしまったという事実にドギマギしつつも、自分はあくまで公爵の飼い猫であるという事実も思い出し、火照っていた顔が一瞬で冷めて虚無の感情に襲われる。そんな状況であるのにも関わらず、空気の読めないグレイスのお腹がグーっと鳴り響いた。あまりの情けなさに思わず涙が出てしまいそうになるが、生理現象なので仕方がない。テオドールに朝食を用意して貰い、グレイスはまたもや意地で食事に齧りついた。
(朝食を摂ったら、伯爵家に行ってみようかしら。)
屋敷の皆は、主人が突然行方不明になり、とても心配している事だろう。一緒に家を出た筈のデイジーの行方も心配である。もしかしたら自分と同じ状況に陥っているかもしれない、とグレイスは不安で堪らなかった。昨日までは自分自身に起きた出来事や、羞恥心と緊張感で頭が一杯一杯であった為、他の事を考えられる余裕がなかった。外出が許されるのであれば、今すぐにでも探しに行きたいところだ。
『公爵、私を外に連れて行って頂戴。』
ニャーニャーと鳴いて、トントンと片足を窓に当てる。この行為で気付いてくれると良いのだが・・・。
「外に行きたいのか?少し待っていろ。」
すんなりと自分の想いが通じ、グレイスの尻尾がご機嫌に揺れる。言葉を話せないのが不便ではあるが、テオドールの察しが良いのが幸いだった。暫くして、グレイスの首に紺色のリボンが巻かれる。丸形のチャームには、公爵家の紋章が描かれていた。
「これでグレースに危害を加える人間はいないだろう。安心して行ってくるといい。もし虐められたら、ソイツの顔を憶えておけ。俺が始末してやる。」
(・・・本気の眼なのが怖いわ。)
公爵家の飼い猫に、下手に手を出そうとする愚かな人物はいないだろう。誘拐される可能性もあるが、テオドールならすぐに駆けつけてくれるだろうという絶対的な信頼感があった。しかし、首輪のお陰で動き易くなったとはいえ、首元を締め付けられるような感覚には慣れそうにもない。グレイスはテオドールに抱えられ、玄関先まで辿りつく。確か記憶が正しければ、公爵邸から屋敷までの距離は馬車で30分程度だった筈だ。今から向かったとしても、恐らく夜までには公爵邸へ帰れるだろう。
そう思い、歩き出してから約2時間が経過していた。かなり長い道のりを休みなく歩いているので、既に足は棒のようだった。体力には自信があったグレイスだったが、ヘトヘトでもう既に満身創痍の状態である。喉が乾きお腹はペコペコで、そろそろ活動限界を迎えていた。それでもデイジー達が心配だったので、砕けそうだった心を無理やり奮い立たせて前へ進む。やがて目の前には、グレイスの見慣れた景色が広がった。あまり時間が経っていない気がするのに、とても久々に帰ってきた感覚だ。
『帰ってきたわよ!!ただいま皆!!!!』
グレイスは涙を流しながら、庭師と共に育て上げた庭園に足を運ぶ。すると、信じられない光景がグレイスを待ち受けていた。
「あら?野良猫かしら。」
グレイスに気がついた少女が、クルリと後ろを振り向く。その顔を見て、グレイスは驚愕した。
「どうやら、どこかの飼い猫が迷い混んできてしまったようですね。」
つづけて、その少女の横に立っていたメイドが屈むようにしてグレイスを見下ろす。そのメイドにも、グレイスは勿論見覚えがあった。見間違える筈もない、グレイスの専属メイドのデイジーだ。そして肝心の、デイジーの横に立っている少女は・・・。
(私・・・・?!)
そこには人間だった時のグレイスと、瓜二つの少女の姿があった。
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