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冷徹侯爵③

 やはり公爵は、ローレルや他の令嬢が言うような性格の人物なのだろうか。だがもしも噂通りに非道で心の冷たい人物なのであれば、路地裏で理由(わけ)もなく薄汚い野良猫を拾って、態々屋敷まで連れてお風呂に入れたりはしないだろう。もしや、ここから売り飛ばされたりでもするのだろうか。野良猫にしては珍しい瞳や毛色をしている事に加え、とても美しい顔立ちをしているので、グレイスの考えは(あなが)ち間違っていないのかもしれない。


 そんなグレイスの心配をよそに、テオドールはグレイスをじっと見つめている。まさかとは思うが、売値でも考えているのだろうか。視線を外したら負け、とでもいうようにグレイスはテオドールから視線を逸らす事が出来ない。自分でも無意識に息を殺してしまい、心臓の音だけやけに煩く響いている。


 数分が経ち何を思ったのか、突如テオドールはグレイスの体を両手で持ち上げた。何をされるのかとグレイスは身構えていたのだが、テオドールは誰もが予想出来ない行動に出た。


「怖かっただろう。もう安心だ。」


『え""。』


 なんと、スリスリと頬ずりを始めたのだ。あまりにも予想外な出来事に、出会った時とは別の意味で体が石のように固くなる。


「あとでご飯も用意してやる。気が済むまでこの家にいて良いからな。・・・お前のような可憐で美しい()は外で暮らしていたら危ない。」


(嘘、これがあの冷徹公爵なの?・・・というか待って!もしかして私、このまま公爵に飼われるって事?!?!)


 テオドールの思いもよらない一面に混乱しながらグレイスは状況を整理をする。外にいるより確実に安全である筈なのに、何故だか不安の方が大きい。


「お前、と呼ぶのも不躾だな。」


 そう言ってテオドールはグレイスを自らの膝に乗せると、グレイスの頭を優しく撫でる。気恥ずかしさよりも心地よさが上回り、グレイスは思わず目を瞑って満足げにゆっくりと尻尾を振った。


「グレース。」


 急に名前を呼ばれたのかと思い、リラックスしていた筈の尻尾が驚きで膨張する。まさかとは思うが、グレイスが何者なのか気づいたのだろうか。


「優雅で上品、という意味だ。お前に相応しい。」


(グレイスじゃなくて、()()()()ね。思わず驚いてしまったわ。というか貴方、まさか従弟の婚約者の名前も知らないの・・・?まあ全然違う名前で呼ばれるよりは良いのだけれど・・・。)


 もし知っているのであれば、従弟の婚約者に似た名前を飼い猫に名付ける行為は正気でない。数回しか顔を合わせた事がないとはいっても、名前を憶えるのは最低限の礼儀ではないだろうか。失礼な男ね、とグレイスは内心腹を立てるが、今は元の姿に戻る事が第一優先だ。もし元に戻れたなら、まず最初にテオドールにさり気ない嫌がらせをしてやろう、とグレイスは恐れ知らずにも心に誓った。


 暫くして、テオドールはグレイスを撫でる事に満足したのか、ベッド脇に置いてある呼び鈴を手に取った。テオドールが呼び鈴を鳴らすと、その音に応えるようにして先程とは違うメイドが姿を現した。恐らく用途に合わせて専用の使用人を用意しているのであろう。流石公爵家である、とグレイスは内心感心していた。伯爵家では、数人のメイドに清掃・洗濯・炊事をローテーションで分担させていた。(デイジーは例外である。)勿論その分多めに賃金を渡しているので、使用人から不満の声を聞いたことはない。だが新たにメイドを雇う方が遥かに資金がかかるので、伯爵家では各専用の使用人を雇う事は困難であった。


 テオドールはグレイスの食事を用意する様に、とメイドへ言葉少なに伝える。二人きりだった時とは違って、声色がワントーン下がっている気がするが、恐らく気のせいでは無いだろう。下がるメイドを見送ると、テオドールは再び柔らかな表情を浮かべ、まるで恋人に接するように優しく声をかける。信じられないがこの男、大の猫好きである事は間違いないだろう。もしかしたら動物全般を好いているのかもしれないが。


 用意された食事を見て、グレイスはあからさまにガッカリと落胆した。当たり前の事だが、今のグレイスは猫である。決して豪華な食事を夢見ていた訳ではないが、それでも公爵家で出される食事に対して少なからずの期待を抱いていた。しかし目の前の皿には、魚のほぐし身が盛られているだけであった。しかも無駄に豪華な食器である。


「よく噛んで食べろよ。」


 テオドールは飼い猫が食事に口をつけるのを、期待の眼差しで今か今かと待ち構えている。だがいくら見た目が猫になってしまったとはいえ、グレイスはれっきとした人間である。しかも貴族の女性であり、皿に噛りつくという行為は屈辱以外の何ものでもなかった。しかし生きていくには食事が必要である。恥で腹は膨れないと、グレイスは意を決して食事を摂る事にしたのであった。

誤字脱字などございましたら、ご報告いただけると助かります。

更新遅れて申し訳ございません。

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