婚約破棄①
初投稿です。よろしくお願いいたします。
「―― 今、何と仰いましたか?」
目の前で途轍もない発言をした男に対しての怒りか失望か、様々な感情を受け止める事が出来ない少女はティーカップを持つ手をわなわなと震わせた。
「だから婚約破棄をしよう、と言ったんだ。」
つづけて、何度も同じ事を言わせるな、煩わしい。と男はぶっきらぼうに言葉を吐き捨て、椅子にふんぞり返って座っている。これが仮にも婚約者である少女に対しての態度だというのか。
(そういう意味で聞き返したんじゃないわ!)
そう言いかけた言葉を飲み込む様に、既に冷え切った紅茶を少女は一気に飲み干した。
「・・・理由をお伺いしても?」
「グレイス、君だって別に望んでいた結婚では無かっただろう?なんならお互いに良い機会じゃないか。何故そんな反応をする?まさかとは思うが、俺に惚れているのか?」
男は少女の問いには答えず、あろうことか論点のすり替えを始めた。グレイスと呼ばれる少女は、ペラペラと軽口をたたく男の口を縫い付けてやりたい気持ちを抑え、離れて待機していたメイドを呼んだ。
「紅茶のお代わりをお願い、今度はハーブティーでね。」
畏まりました、と下がるメイドを見送る。まだまだこの男の戯言に付き合わなくてはいけないのに、ハーブティーでも飲まないとストレスで頭がどうにかなりそうだった。
「紅茶のお代わりなんてしている場合じゃないだろ?こっちは早く婚約破棄の同意書にサインして貰って帰りたいんだが。」
「・・・そう早まらないでくださいローレル。納得のいくお答えをいただければ、お父様に口添えいたしますわ。大した理由もなく婚約破棄なんて出来る訳ないではありませんか。それもお父様がいらっしゃらない時に。」
この男は人を苛つかせる天才なのだろうか?思わず手を出してしまいそうなグレイスだったが、冷静さを失ってしまっては貴族としての品位を疑われるだろう。何より男から納得のいく言葉を貰っていないのだ。このままでは逆に此方が不利になってしまう。
「・・・はあ~。あんまり君を傷つけないようにっていう俺のお優し~い配慮に気付かない訳?じゃあ正直に言うが、他に好きな女が出来たんだ。しかも嬉しいことに両想いなんだよ。理由はこれで充分だろ、早くサインしてくれ。」
ローレルはそう言って、婚約破棄の同意書をグレイスの前へサインを急かすように差し出した。それと同時に、新しく紅茶を淹れてきたメイドが帰ってくる。ありがとう、とグレイスはメイドに礼を告げると早速ティーカップに口をつけた。
「それだけで私たちの婚約が解消出来ると思っているのですか?言い方は悪くなりますが、例えお互い望んでいない結婚だとしても、この婚約は両家の取引も兼ねたものなのです。私たちが勝手に、簡単に決められるものでは無いはずです。」
「父上と母上から了承はいただいている、その同意書にもサインがあるだろ。」
グレイスが目を向けると、そこには確かにサインがある。筆跡も本人で間違いないようだ。ふたりと手紙のやり取りをしていた事もあるので間違いない。
「・・・分かりました。ですが一度、お父様が帰宅されてからまた話し合いをさせていただけませんか。」
それでも父の意見を聞かない事にはサインは出来ない、というつもりでグレイスは言ったのだが、ローレルにとってはグレイスが婚約破棄を惜しんでいるように聞こえたようだ。まったく見当違いの解釈をしたローレルは突如ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる。
「そんなに俺の事が好きなら、破棄前に良い思い出を作ってやろうじゃないか。」
そう言って席を立ち、グレイスの横に立つ。不愉快な視線を向けられ、グレイスは思わず身体を庇うようにして身震いをした。
「・・・何も必要ございません。」
「そんなに照れなくても良いじゃないか。確かにお前は不愛想で何も面白味のない女だが、顔とスタイルだけは良いだろう?丁度勿体ないと思っていたところだ。」
一体、この男は何を考えているのだろうか。婚約破棄の話に続き、あまりの突拍子のない発言に目を丸くする。横で狼狽えているメイドに、グレイスは扉の向こうに控えている騎士を呼んで欲しいと目配せをした。その視線を受け、メイドは慌てた様子で部屋を出ていく。
「中々気の利くメイドじゃないか。さて邪魔者はいなくなった事だし、楽しませて貰お・・・熱っっ!!!!!」
あまりにも下品な発言に厭らしい目つき、加えて胸に手を向けられてはグレイスの堪忍袋の緒が切れるというもの。気付けばローレルの陰部めがけて、淹れて貰ったばかりの紅茶を浴びさせていた。
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