ややこしいようでシンプルな家族の形
干し羊肉と内臓料理の町に到着し、休憩の時間にベルザスはマイヤ、そして幾人かの護衛と共にメレヴァイク院へと赴いた。
院の簡素な門をくぐった正面には赤と白の煉瓦でできた建物。だいたいどこの院の見た目も作りも同じだから、導かれる様にマイヤが足を進めた中庭では子ども達が駆けずり回っている。匂いだけは干し羊と内臓料理の町だからか、どことなく生臭さが漂っていたが。
子ども達は目敏いから、見知らぬ人間が現れるとすぐにこちらに駆け寄ってきてあっという間に人だかりだ。ベルザスと護衛は院長と話をしているから、子どもの相手をするのはマイヤのみ。
「おねえさん誰ー? 新しい先生ー?」
「お姉さんはねー、みんなと同じメレヴァイクだよ! ここじゃない孤児院で、もう随分前に卒院してるけど」
ぴーちくぱーちく、めいめい同じような質問を投げかける子ども達にマイヤは腰をかがめながら言う。
ベルザスの家族関係も複雑だが、マイヤも特殊な環境で育ってきた。
マイヤの生家は各地に点在する王立孤児院の一つ。親と言ったら孤児院の先生の顔しか思い浮かばない。
孤児院で育つ子どもは皆等しくメレヴァイクの名が与えられる。だからマイヤもマイヤ・メレヴァイクだ。この名を持つ者は皆家族。そういう様に教えられたし、そういう様に生きてきた。
幸いだったのが孤児院が王立なことであって、決して贅沢な環境ではなかったものの困窮することなく育成してもらえたことである。建物は埃くさくて食事はもっと埃くさくて、それでも飢えることもなく、教育もある程度。孤児院を出されるときは手に職をつけてもらえるから、メレヴァイクの名を持つ人間は至る所で生きている。畑の中にも町の中にも。
「あそこにいるのもメレヴァイクのおにいさん?」
「そう思う?」
「ちがーう」
「院長先生と話してる人はねー、ルーデロイの領主様。おねえさん、今領主様のところで働いてるから」
ええー!すっごーい!とかの歓声を受けてマイヤは微笑む。貴族の元で働くのはメレヴァイクの憧れだ。院の中でも真面目で優秀でないと就くことができないし、単純にものすごく給金がいい。貴族の方も相場より安価な給金で雇えるらしく、WIN-WINな関係だ。
城の中にもメレヴァイクの者は何人も勤めている。しかもマイヤは嗅覚と味覚がどうやら他の者よりも鋭かったらしく、大体五年に一度抜擢されるか否かの毒味役へと任命された。それはもう、はちゃめちゃに給金がいい。食事も埃くさくない。
「どうやったらおねえさんみたいになれる?」
「んー、『シデオスを愛し、シデオスに尽くしシデオスに仕えること』かな? お姉さんは大切な人にそう教えてもらったんだ。さ、お姉さんが来たのはみんなと遊ぶ為なんだ!あんまり長い時間は遊べないけど何して遊ぼうか。かけっこ? 鬼ごっこ? お姉さん走るの早いよー!」
なににするー? とはしゃぐ子ども達を見ているとマイヤも楽しくなる。メレヴァイクは皆家族。結びつきが強いから、マイヤも孤児院にいた頃は同じ様に卒院生に遊んでもらった思い出がある。与えられたものを与えるということは、きっと連綿と続いていく。
「鬼ごっこにしよう! おねえさん鬼ね!」
群がっていた子ども達が、誰かの声で喚声をあげながら一斉に散り散りになる。メレヴァイクは皆家族。逃げ惑う、初めましての弟妹達に向かってマイヤは胸元のネックレスをちゃりりと言わせながら力強く走り出した。