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第3話 トリック・オア・トリート(後編)

   

 アメリカで暮らし始めて三年目。

 僕は所属部署が変わり、同じ研究所ではあるが、かなり離れた建物で働くことになった。

 最初は時々以前の部署にも顔を出していたし、休日には今まで通り二人で出かけていたので、アンと会わなくなったわけではないのだが……。

 僕の部署が変わった影響なのだろうか。

「ずっとケンの世話になるのも悪いし……。やっぱり不便だから、私も車を買って免許とるべきよねえ」

 とアンが言い出したのだ。

 そして数ヶ月が経過した頃、彼女はそれを実行。アンが僕の車の助手席に座ることは、もうなくなってしまった。


 部署が変われば、もちろん他にも色々と変化は生じる。

 例えば、ハロウィンもその一つだった。

 今度の建物では、お昼にハロウィン・パーティーが開催されないのだ!

 どうやら、たまたま最初のところがあんな感じだっただけで、職場の昼休みに仮装パーティーというのは、別にアメリカの一般常識ではなかったらしい。

 せっかく二年目に用意した吸血鬼仮装セットも、もう職場では使えなくなったが……。

 本来、ハロウィンは夜のイベントだ。そちらでは、まだ出番があるのだった。

   

――――――――――――

   

 こちらはテレビや映画でも何度か目にしたので、アメリカ全体の習慣に違いない。

 ハロウィンの夜、子供たちは仮装して、近所の家を回るのだという。付き合いのある家々だけでなく、見ず知らずの住民のところにまで。

 日本で例えるならば、町内会のイベントみたいなものだろうか。でも日本だったら、町内会に属しているメンバーの家に限定されて『見ず知らずの住民のところ』は除外されるはず。アメリカでも子供だけでなく保護者が付き添うようだが、それでも日本ならば「危ないからダメ!」となりそうだ。


 一年目の夜は、たまたま僕は外出していたので、このイベントには関わらなかった。

 でも二年目は、普通にアパートに帰宅していたので、見知らぬ子供たちの訪問を受けた。古典的な「トリック・オア・トリート」ではなく「ハッピー・ハロウィン」という挨拶ばかりだったが、基本は同じ。

 大人はお菓子を用意しておき、仮装して訪れる子供に対して、同じく仮装の状態でお菓子を渡す。これがハロウィンの習慣だった。


 だから三年目の今年も、昨年と同様のはずだった。僕は吸血鬼の格好をして、キャンディーの袋を抱えながら、部屋で待機していたのだ。

   

――――――――――――

   

「あと五分か」

 時計を見ると、そろそろ夜の九時。このアパートでは、ハロウィンの訪問は九時までというルールがあるらしい。まもなく今年のイベントは終了のはずだった。

「今年もかなり残ったな……」

 用意したキャンディー、僕一人では食べきれないだろう。

 そんなことを考えたタイミングで、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 ちょうどいい。今度の子供には多めにあげてしまおう。そう思ったのだが……。

「ハッピー・ハロウィン!」

 元気な声で入ってきたのは、薄桃色のノースリーブを着た天使。

 アンだった。


「……」

「あれ? 『ハッピー・ハロウィン』って返してくれないの?」

「ええっと……」

 ようやく絶句から立ち直り、

「……アンにとっては、二年目のハロウィンだよね。もしかして、まだルールわかってない? お菓子をもらえるのは子供だけで……」

 と言いかけたのだが、彼女に遮られる。

「やだなあ。そんなつもりないよ。ただハロウィンに便乗して、遊びに来ただけ。だから、私はこちら側」

 アンは部屋へ上がり込み、僕の隣に並ぶ。子供が来たら一緒にキャンディーを渡す側……という意味なのだろう。

   

――――――――――――

   

 結局それ以上は誰も訪れず、今年のイベントは終わりとなった。

「じゃあ、ここから先は、二人だけのハロウィンだね!」

 そう言うアンに対して、僕は困惑の色を浮かべるだけ。

 いや、この『困惑の色』は、一種のカモフラージュだろうか。

 部屋で女の子と二人きりで、しかも彼女は、いつもより露出度が高いコスチュームなのだ。これ以上ないくらいに、僕はドキドキしていた。

 そんな僕の心情は、どうやらアンには筒抜けだったらしい。


「よかった。その様子だと、ちゃんと私のこと、女性として意識してくれてるのね」

「……え?」

「だって最近『遊びに行こう』って誘ってくれなくなったから……。ちょっと寂しかったんだ」

「いや、それは……。今はアンも車があるんだから、わざわざ僕が誘う必要は……」

「そう、そこよ!」

 僕の言葉を止めるかのように、アンは人差し指を立てる。

「それじゃ今までは、車があるケンだから車がない私に声かけてくれただけ? 私と遊んで楽しい、って気持ちはなかった、ってことになるよ?」

 彼女がこんな言い方をするということは……。

 案外、僕は変に気を回し過ぎていたのかもしれない。

「だったら、また二人でドライブに行こうか? それこそ、デートみたいな感じでさ」

「うん、楽しみ!」

 アンがニヤリと笑ったのは、僕が敢えて『デート』という言葉を使ったせいかもしれない。

 彼女が肯定的な表情を返してくれたことで、僕も自然に頬が緩む。

 どうやら今年のハロウィンは、まさにハッピー(幸せな)・ハロウィン。そしてアンはその格好通り、僕に幸せをもたらす天使となったようだ。




(「ハロウィンの天使」完)

   

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