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神さま仏さま眷属さま

作者: 縁ゆうこ


その一 眷属として




 目を開けると、真っ白な世界。

 どうやら私が形あるものになったようです。


「その姿はどうじゃ? 気に入ったか? 気にいらねばそう申せばまた違う姿にもなれる」

 どこからか清々しい声がして、鏡もないのに自分の姿が目の奥で確認できました。

 うーむ、これは、下界でいうところの、キツネ、というものですね。

 ピンと立った耳に長い鼻。キュ、と弓なりに曲がった目に、なだらかでしなやかな体。最後にふさふさふわふわの立派なしっぽ。

 そのすべてが銀色の輝きを放ち、たいそう美しい。

 私はこの色・形がとても気に入ったので、すぐさま「気に入りました」と答えていました。

「うむうむ。では名前を決めなくてはな。そうさな、銀狐……、銀、ではちと芸がない。シルバーフォックスか……、おお、シフォはどうじゃ?」

 シフォ

 長くもなく呼びやすく、なによりシルバーフォックスを縮めただけというのが、それこそ芸がなくて、けれど可笑しなことに、なぜか懐かしくて。

「はい。気に入りましてございます」

 キュ、と曲がった目をより一層曲げて答えると、清々しい声が満足そうにうなずいたように感じました。

「よきかな、よきかな。それではお前は今このときから、シフォじゃ。狐の姿であるからには稲荷大社が本尊ではあるが、最初につかえる神はまた少しおもむきの違う者になる。さりとて決して気を抜かぬよう、心して仕事に励むように」

 はて、稲荷に派遣されるのかと思いきや、どうやら見習い中はそうもいかない様子。

 けれどどのような神さまにもお仕えできなくては、眷属の名が廃ります。私は大きくうなずくと、しっかりと良いお返事を返したのでした。

「はい!」



 派遣先は京都。

 伏見稲荷大社もすぐそこにある日本の古都。見習いの眷属がたいてい最初に派遣されるのは、神社仏閣の多い京都か奈良が多うございます。

「ここがお前の勤務先だよ」

 案内役の、猿の姿をした先輩眷属に連れられてきたのは、市中から北へ少し外れたあたりにある、大きな神社でした。

 そのたたずまいは、なんともいえない趣があり、また、えもいえず清々しい。あたりをぐるりと見回して、良い勤務先を選んでもらえたことに感謝していると。

 玄関がカラリと開き、姿を見せられたのが。

「よう、早かったじゃねえか」

ヤオヨロズノオオカミ

 でした。


「それでは私はこれで」

 ひととおりの挨拶と紹介がすむと、先輩は出されたお茶を美味しそうに飲み干して帰ってしまわれました。

「おう、山王によろしくな」

 ひらひらと軽く手を振ってお見送りをするその姿からは、どうにも重厚さは感じられません。ニコニコ顔のままこちらを振り向くヤオヨロズさまの前に進み出てきちんと正座し、私は改めて伏して挨拶させて頂きました。

「シフォでございます。至らぬこともあろうかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」

 顔を伏せたまま答えを待っていましたが、いっこうにお声がかかりません。

 えーと、これはどのようにすれば良いのでしょう?

 あまりにも静かなので、恐る恐る顔を上げてみることにしました。

 そろり……。

「うわっ!」

 驚きましたよお。

 目の前にヤオヨロズさまのお顔があったのですから。私は思わず飛び退いてしまいました。

「そんなに驚かなくても」

「驚きます! これが驚かずにおられましょうか」

「なんで?」

「なんで、と言われても。ヤオヨロズさまあまりに近すぎます。誰にでもそんなに軽々しく近づいてはいけません」

「そうか?」

 ガクガクと頭を上下に振る私に、ニヤリと不敵な笑みで微笑んだヤオヨロズさまがおっしゃいました。

「けどよ、神さまが偉そうにふんぞり返ってちゃ、眷属も人も話しかけにくかろうよ。俺みたいな軽ーい神さまがいても、良いんじゃないか?」

「それは」

 言いよどむ私に、笑みを深めたヤオヨロズさまがもう一言。

「それによ。神さまはほとんど俺みたいに、軽いやつばっかだぜ」

 ええーーーー?!

 うそおーーー!

 心の声が顔に出ていたのでしょう。ヤオヨロズさまは、今度は本当に可笑しそうに、ガッハハハと大笑いされたのでした。




 見習い眷属の仕事は、まずお掃除から始まります。

 私がここへ配属されたのは春。桜の時期の深夜は、人にとってはまだまだ肌寒いものですが、体のない私たちには関係ありません。

 人々が寝静まっている真夜中が私たちのお掃除仕事の時間です。

 あ、もちろん昼間も活動しますが、昼はよそへ出かけることが多いので、境内の中のことはどうしても夜になってしまいます。

 こちらの神社はかなりの広さを持ちながら、ほとんど人には知られていません。

 いわゆる、知る人ぞ知る、みたいな。

 けれど神主さんは実直で勤勉な方なので、本殿や拝殿などの建物も、参道やお庭も、いつでも綺麗に手入れがされています。初めてここに来たときの清々しさは、きっとそのせいでしょう。

 ところでお掃除って何をするのかって? 文字通りお掃除です。

 狐の姿のままではホウキも持てませんので、くるりん、とバック宙をして人の姿に早変わり。まずは境内を掃き清めていきます。とはいえ、掃いた後も見た目は全然変わりません。当たり前ですが、私の姿は今の現世にいらっしゃるほとんどの方には見えません。触れることもできません。

 ではホウキで掃くのはなぜか。

 場を清めているのです。

 結界? というのとは少し違って、なんて言うのでしょうか、来て頂いた方が、気持ちよく、清々しく過ごせるように、との思いを込めさせて頂いております。


 ですがここで一つ進言させて頂きますと、あくまでこの現世うつしよの主人公は皆様方のように実態のある体をお持ちになった者です。なので、神さまや眷属がどんなに場を清めようとしても、人が頑張って実際に行動して下さらなくては、どうにもなりません。

 思いはもちろん大切ではありますが、人はこの世界で体を与えられたときから、自ら行動するようにできているもの。

 たとえばそうですね、もしお手洗いに行きたくなっても、ご自分から行かねばトイレはあちらからやっては来てくれません。ちょっと下世話なたとえですね。ですが排泄はどなたにもある機能ですので1番わかりやすいかと、どうぞご勘弁を。

 願いがあるのなら、それを強く心に思い描いて、小さな事柄でかまいませんので行動を起こされて下さい。その上で常に努力を怠らなければ、必ずそれは叶います。この世界は時間差でできていますので、すぐに結果が出なくても、どうか焦らず慌てず腐らずに。


 境内が終われば、次は本殿と拝殿を、建物をすいすいと通り抜けながら掃き掃除と拭き掃除。

 こちらの神社はとても変わっておりまして、いわゆる八百万の神さまが交代で輪番勤務をなさっていて、常時お二人ほどが詰めておられます。その神さまもランダムです。

 たいていは御祭神がおりまして、ずっとその方が神社やあたりをお守りするのですが、こちらには全国からありとあらゆる神さまがやってきては勤務し、またご自分のところへ帰って行かれます。

 なので、私のような見習い眷属が修行をするのにとても都合が良いのです。

 いろんな神さまのお話が聞けますし、そのご性格もだんだんとわかるようになります。

 本日の夜勤は、《わかいかづち》さまと、《あまつみかぼし》さまです。

 掃除の合間には、お疲れの神さまにお夜食をお出ししたり、肩や腰をマッサージしたりと、なかなか眷属の仕事はバラエティに富んでおります。

 ですが、神さまがなさる四方山話はたいそう楽しいものです。

 それについては、追々皆様にもお話しすることに致しましょう。


 一番鶏が《あまてらす》さまのご指示で夜明けを告げる頃、夜勤の神さまは次の方と交代なさるために帰って行かれます。そして入れ替わりに、今日の日勤を担当なさる神さまがお見えになります。

 その方に朝餉をお出ししたあとは、ヤオヨロズさまと現世のあちこちへ出かける準備をするのです。


「ヤオ、もう起きてる? ああ、また寝坊してる!」

 ヤオヨロズさまがまだグースカ寝ておられる自室にずかずかと入り込んで、敷き布団ごとひっくり返されているのは。

「うわあ……、なんだ、よお……ニチリンかあ~もうちょっと寝かせてくれえ……ムニャムニュ……」

 ヤオヨロズさまのパートナーであらせられる、ニチリンさまです。

「そんなわけにいかないのは、よーくご存じでしょ!」

 だらしなくうつ伏せで起きようとしないヤオヨロズさまのお尻のあたりを蹴っ飛ばすニチリンさま。なかなか厳しいお方なのです。

「起こしたわよ! ……じゃあ、あとは任せたわね、シフォ」

 ですが私にはとてもお優しくて、ヤオヨロズさまに話しかける時と比べてトーンふたつほど高い声でおっしゃいます。

 私は「はい」と元気にお答えして、抜け殻になったお布団をどんどんたたんでいきます。

 その間にようやく起き上がられたヤオヨロズさまは、床にあぐらをかいて座りつつ、頭とお腹をポリポリと掻かれていたりします。そんなヤオヨロズさまがとても可愛くて、ついキュッと微笑んでしまいます。

 まだ夢うつつで縁側から庭へ出られると、いつの間にかそこに美しい井戸が現れております。ヤオヨロズさまの朝は、まず水浴びから始まるのです。

ざばあーん! ざばあーん!

 と、その気質のままに豪快に水を浴びられた後は、またお部屋にお戻りになり、私が用意しておいた衣服をまとって朝餉の席へ。

「よう、今日の日勤は《いこなひめ》と《やがわえひめ》のお二人か。よろしくたのむぜ」

「よう言うわ。このねぼすけが」

「ほんに」

 ニチリンさま以外のお方もなかなか厳しいようです。けれどヤオヨロズさまは、堪えた様子もなく、ガッハハハとお笑いになるだけ。

 朝餉の時間に今日のスケジュールなどをお話しして。

 さあ、本日も始まります。



 今日、現世に現れるのは兵庫の港。現在で言う兵庫県の神戸のあたりです。

 

 神さまは、同時にいくつもの場所に顕現できるのですが、それは人のような重い体ではなく、想念としてです。

 あるときは光、あるときは闇。

 また、風や雲や雨となって。

 鳥や獣や草木はすぐに気づきますが、人にはほとんど見えません。たまに非常に繊細なお人が気づかれて、微笑んでくださったりもしますが。

 ですが、姿が見えないのではお仕事が出来ませんので、ヤオヨロズさまも私も、現世の人に会うときはどなたにも姿が見えるように、体を重くしております。


「あ、ヤオさんやないか、どこいっとったんや。えらいこっちゃがな」

「おう、どうした!」

「まあ、来てえな」

 ヤオヨロズさまは、この国のあらゆるところに現れては「大変だ! 大変だ!」と大騒ぎなさる人々に助言なさったり、あんまりひどい悪さをする輩をちょいと懲らしめたり、そのあと「こうすりゃどうだ?」と助言なさったりします。

 あくまで助言です。

 神さまは基本的に、その力で現世を変えてしまうことは許されていません。なので、ヤオヨロズさまはいくつかの道筋をお示しになるだけ。あとは市井の人々がどれを選んでどのような末路をたどろうとも、ただじっと成り行きを見守られるだけです。

 泣いても笑っても、それはご自分が選び取った道です。

 ヤオヨロズさまはただ淡々とご覧になっておられますが、ごくたまに、本当に極々わずかですが、ご自分のお部屋で悔しそうに床を見つめておられるときもございます。

 そんなときは、たいていニチリンさまが、すい、とお部屋に入られて、お気に入りの羽織を、ふわり、と肩にかけてそのまま出てこられます。

 次に姿を現されたときは、もういつもの豪快でおせっかいでガハハと大笑いなさるヤオヨロズさまに戻っておられます。

 さすがニチリンさまは、良きパートナーです。


 あ、話がそれてしまいました。

 兵庫の港は昔から底が深く、船が出入りしやすい良い港です。それに明石から瀬戸内海にかけて潮の流れが速く、良い漁場でもあります。

 今回は単純な漁師さん同士のいざこざで、ヤオヨロズさまが出て行くまでもなく終わりました。

「なぜ人の間にはこういざこざが絶えないのでしょうね」

 ほっと一息ついてつぶやくと、ヤオヨロズさまが目をまん丸くしておっしゃいました。

「珍しいな、シフォが愚痴ってる」

「え? あ、すみません! つい」

「いやいや、いいんだぜえ。俺だって愚痴りたくなるときもあるさ、つい、な」

 そう言って、バチンと下手なウインクなどなさるので思わず微笑んでしまい、ガサガサと乾燥していた心に潤いが戻ってきました。

「そうさな、この星に重い身体を持って生まれると、前後の記憶を忘れさせられるのは知ってるよな?」

「はい」

「そのうえ彼らには、選択肢の先がひとつも見えねえ。真っ暗闇なのか、まぶしすぎて見えないのか、どちらにせよ手探りで生きていくしかないんだ。だから皆、自分を納得させるために、自分が出した答えをぶつけ合うんだろうよ」

「はあ、そういうものですか」

「ああ、そういうもんだろう」

 私などはまだまだですが、神さま方は、ご自分を取り巻く360度の世界で無数にある選択肢の、どれを選べばどのようになるかが、一瞬でおわかりになります。

 ですので、できればこの場は、これ、か、これ、を選んでもらいたいと言う選択肢を神さまや守護霊さんはお押しになるのですが、いかんせん、人は欲や見栄や慢心や執着やが邪魔をして、あーあ、なんでぇ? と言うような選択をされたりなさるのです。

「さて、俺たちが出る幕もなかったみたいだな。それじゃあ次へ行くか」

「はい!」

 良いお返事を返した矢先……。


「あ、ヤオさんやないか! えらいこっちゃ!」

「おう、どうした!」


 どうやらまだ帰るには早かったようです。


 重い身体をまとって、私たちのお仕事はこのように進んでいきます。

 では、今日はこの辺で。






ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

シフォさんと神々さまのお話、始まりました。第1回はシフォさんがヤオヨロズさんのところで見習いを始めるお話です。日本の神さま大好きなのですが、いかんせん知識不足なので、これから勉強しつつお話を進めていきますね。

そのうち、『はるぶすと』や東西南北荘の面々も出演するかもです。

他のシリーズ同様亀の歩みですので、どうぞのんびりお待ちください。


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