一章⑧
さらに五番、大久保に投じた初球は、達河の股間をすり抜けて行くパスボール。
その間にランナーは進んで二、三塁となった。
たまらず達河はタイムをとる。
「おい、水田」
「・・・・・・」
「しっかりせいや」
「・・・はい」
「いけるか」
菜緒は無言で頷く。
「日本一やぞ」
「・・・ふぁい」
「おもいっきり、プレッシャーを感じろ」
「・・・はい?」
「日本中で今、これだけの思いをしているのはお前だけだ。だから、それに勝てとはよう言わん。とにかく思いっきりぶち当たれ、逃げるな」
「はい」
「何があっても、誰も責めん、俺が責めさせん」
「はい」
「ただ後悔だけはするな。全力で投げろ」
彼女の瞳に再び光が宿った。
「行きます。勝ちます」
マウンドに立ち、意識を集中させる。
次第に周りの歓声が消え、無音の一人だけの世界が現れた。
ただ静かな・・・闘志を燃やす。
眼前にあるミット目掛け渾身のライジングボールを投げ込む。
ど真ん中のライジングボールに、大久保のバットは動かずストライク。
次もど真ん中のストレートでストライク。
大久保は首を傾げ、一旦、バッターボックスを外す。
サインは同じくど真ん中、ライジングボール、投げ込もうとした瞬間、嫌な予感が走った。
咄嗟に握りをかえ、チェンジアップを投じる。
タイミングとコンマのズレで、大久保のバットが空を切る。
溜息と悲鳴が響く球場。
歓喜の瞬間。
広島シャークの日本一が決まった。
菜緒の無我夢中の一年は、結実の時を迎えた。