一章⑤
日本シリーズ第六戦。
いよいよ大詰めを迎えた、この日の先発は川野対杉田の左腕対決となった。
しかし、乱調の川野が五回を持たず、四回ワンナウト一二塁で降板、菜緒がマウンドへ上がることになった。
「どや、調子は?」
いつもの飄々とした様子で達河がマウンドにやって来た。
「まあまあです」
「まあまあか」
「でも」
「でも・・・?」
「必ず抑えます」
「よっしゃ!」
達河は満足そうに頷き、ホームベースへと戻った。
菜緒は入念にロージンバックに手をあて、それから帽子のつばを少し下げた。
触った箇所に白い粉の跡がつく。
「ふうー」
大きく深呼吸する。
バッターは四番松仲、球界を代表するスラッガーだ。
バッターボックスに立ち、身構えた瞬間、とても大きく見える。
威圧感が半端ない。
(びびっている場合じゃない)
彼女はマウンドを一旦降り、身体をストレッチし、ジャンプする。
それから大きく伸びをし、胸を張った。
気合を入れ直した彼女は、マウンドへプレートに足をかけ、渾身の一球を投じた。
ど真ん中のライジングボール、松仲は予想外の球が来たことに驚き、振り遅れた。
が、当たった打球は鋭く一塁線ギリギリ外側をライナーでフェンスに突き当たり、ファウルとなる。
指示ではない球だったので、達河は立ち上がり、ゲンコを作った。
ぺこりと謝る菜緒。
次の球はアウトコース、ゾーンギリギリのチェンジアップ。
彼女は直感的に危険を感じ、達河のミットよりボール一球分外した。
松仲のバットはぴくりともせず、ボールとなった。
達河の要求した三球目はインコースのライジングボールだった。
菜緒は躊躇した後、首を振ってその球を嫌がった。
彼のサインは変わらず、彼女は思わずマウンドを外した。
達河はタイムをかけマウンドに向かった。
菜緒の頭を軽く、ぽかりと叩く。
「びびっとるやないかい」
「すいません」
「いつもの根性、見せたりいな」
「はい」
「ワシを信じろ。それで打たれたらしゃあない」
「・・・はい」
「それと自分もな」
達河はミットでポンと菜緒のお尻を叩き戻る。
「あっ!」
彼女は彼の背中を睨みつける。
「落ち着け、落ち着け」
どこ吹く風の達河は手を振った。
サインは変わらず、インコースのライジングボール。
彼女は頷いて、えーい、ままよと振りかぶった。
投じた四球目、松仲のみぞおちにホップしたライジングボールがのめり込んだ。
「ぐっ!」
うずくまる松仲、騒然とする両ベンチ。
帽子を取り一礼する菜緒。
彼は顔を歪めながら立ち上がり、軽く手を上げ一塁へ向かった。