表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

196/436

195 貪婪なる母性《ヘル・グレートマザー》

 巨大な口の中は、ひたすら暗くて、生暖かくて、ねちょねちょしていた。何かモグモグされているような感覚はあったが、痛みはなく、すぐに俺は吐き出されたようなので、息苦しさも感じなかった。


 だが、元の場所に戻った直後、俺は猛烈な吐き気と頭痛とめまいを感じた。体にも全然力が入らない。


「な、なんだこれ……?」


 見ると、すでにその場には巨大な謎の口も四人の巨人の死体もなく、粘液まみれの俺とリュクサンドールがいるだけだった。やつは今はもう生首状態ではなく、体はくっついて元通りの姿になっている。


「おい、おま……解説しろ、今の術はいったい……?」


 俺はふらつく足取りで、うつぶせで倒れているリュクサンドールに近づいた。今回ばかりは、やつの解説が必要だった。何が起こったのかマジでわからんし。


「ふふ、どうやらトモキ君は、貪婪なる母性(ヘル・グレートマザー)レティスの毒を食らったようですね」


 と、言いながらリュクサンドールはゆっくりと立ち上がった。


「ど、毒だとう……?」

「はい。召喚呪術、貪婪なる母性(ヘル・グレートマザー)レティスの巨大な口に飲み込まれたものは、超強力な毒に侵されてしまうのです。そう、決して消えることのない猛毒……ぐはあっ!」


 と、突如、やつは白目をむいて吐血し、ぶっ倒れてしまった。


「まさかお前も毒食らってんの?」

「ええ、そのようですね。術者である僕もあの口に飲み込まれてしまいましたからね」


 と、やつはすぐに復活し、立ち上がった。


「しかもこの毒はただの毒ではない。魂にこびりつくタイプの呪いなので、たとえ毒で死んで生まれ変わったとしても、来世でまた毒に侵されるとい――がはっ!」


 と、話している途中にまたしても吐血し、ぶっ倒れる男だった……。


「もしかして、お前、一度死んで復活しても、毒が消えてない状態なの?」

「そうです、その通りです、トモキ君! 先ほども言った通り、レティスの毒は魂にこびりつくタイプの強力な呪いなのです。つまり、不死族の僕が食らうと、このように毒で死んで復活してまた毒で死ぬという無限ループ状態にな――ぐはっ!」


 と、また毒で死んで、すぐに復活する男だった。


 やべえ、何この光景? ただでさえレティスの毒とやらでめっちゃ気分悪いのに、目の前には秒速で死んで復活を繰り返している男がいるんですけど。いろんな意味でつれーんですけど!


「そもそも、この貪婪なる母性(ヘル・グレートマザー)レティスという召喚呪術は、召喚の条件をそろえるのが非常に困難で、いまだかつて数例しか術の成功を確認されていないもので――ヴォェッ!」


 はいまた死んだ。そしてまた復活。


「そう、この術を成功させるためには、まずは彼女の四人の息子たち、ガイエス、マイエス、フス、ディアスを、生贄の右足、左足、右腕、左腕をささげて召喚する必要があります。そして、召喚した彼らをすぐに倒し、その屍と高位の術者の生首を生贄に捧げることで、やっとレティスを召喚することができるようになりま――ゲハッ!」

「生首と四人の息子の死体を生贄に母親を召喚って」


 また悪趣味すぎる術だな、オイ! おかんエクゾディアかよ。


「しかも、ただ四人の屍を用意すればいいというわけではなく、彼らを召喚して十五秒以内に、という厳しい時間制限付きです。十五秒で彼ら全員を倒さなくては、レティスは召喚できないのです」

「そんな時間制限が……」


 短いな、おい!


「もしかして、お前、俺にその条件クリアさせるためだけに、あいつらを俺にけしかけたのか?」

「ええ、もちろん。十五秒以内というのは、さすがの僕もお手上げですから――ゲボォ!」


 はいまた死んだ。そしてまた復活。


「彼らはなんせ闇の魔物たちですからね。闇魔法への耐性は高く、僕の呪術では一発では仕留められないのですよ。その上、みなさん外見のわりに臆病なところがありまして、一人を倒すと、残りの三人は逃げてしまいまして、それを追いかけている間に十五秒はとっくに過ぎてしまうわけで。特に末っ子のディアス君がヤンチャですばしっこくて、なかなか捕まらな――ヴォアッ!」


 なんかもう散り際の悲鳴も雑になってきた。お前、死ぬかしゃべるかどっちかにしろや。


「そこで、一度、僕は火属性の火葬の編み細工(ウィッカーマン)で彼らを一網打尽にしようと考えたことがありまして、実際やってみて、一網打尽に焼き殺すことはできたんですけど、何度やっても火力が強すぎてみなさん消し炭状態になってしまいまして、それでは息子だと識別できないのか、お母さんは召喚できなかったんですよね。ほんと残念な結果でした。おまけに、息子さんたち以外に、知らない人の山も焼いてしまって、また怒られてしまっ――ぐふぅ!」


 死にながら話さなきゃいけないことなのかよ、それ?


 というか、この状況、俺もピンチだが、この男もかつてないピンチじゃねえか。だって、不死族って基本的に弱点の神聖属性の攻撃以外では倒せないはずなのに、こんな無限ループで死に続けるとか。しかも自分の術でとか。どんだけ間抜けなの……。


 と、俺が考えていると、


「ふふ……トモキ君、僕が今、どんな気持ちでいるかわかりますか?」


 毒ですっかり弱り切った男が尋ねてきた。


「そりゃもちろん、毒つれぇわ、みたいな――」

「はは! 僕は今、最高にうれしいんですよ!」

「え」

「さきほども言ったでしょう、レティスの術は本当に使用するのが難しいんですよ! それをこんなふうに、単に使用に成功したというだけではなく、その毒の効果を自らの体で確かめることができたなんて、呪術研究者として喜ばずにはいられましょうか――ゲハァ!」


 今度はうれしそうに笑いながら死にやがった。もうなんなのこの変態。


「さらに、不死族である僕がレティスの毒を食らうと、このように無限ループで死に続けるということは、驚きの新発見と言えるでしょう。なんせ、世界に数例しか成功事例のない術ですからね。当然、不死族相手に使った記録なんてどこにもありません。それをこの僕が! 世界で最初に! 実現――ヴェエッ!」


 ドヤ顔しながら死ぬとか、バリエーションも豊かだな。


「考えてもみてください。一般に不死族というものを滅するには神聖魔法やその属性攻撃が欠かせないというのが、世界の常識です。そして、この発見は、それを根底から覆すもの! 闇属性の不死族を、同じ闇属性の呪術で倒すことができるのですからね! そう、不死族だろうと、毒で死に続けている間に再生力が途切れて本当に死んじゃいますからね。僕だって、このまま三十日ぐらい死に続けてたら本当に死んで――ヴォァ!」


 マジかよ、こいつこのまま三十日は生きていられるのかよ。どんなタフさだよ。ってか、何その生き地獄? いや、この場合死に地獄?


 だが、今の発言で一つだけわかったことがある。俺がこの男を倒すのに「再生力が尽きるまで殺し続ける」という方法は不可能だということだ。そう、この世界に呼び戻された直後の出会った不死族モンスター、エルダーリッチを、あのクソエルフが倒したやり方だ。あれを釘バッドで殴打し続けても完全に殺すには三十分以上かかっていたと思う。レジェンドでもなんでもない不死族のモンスターで、それぐらいかかるってわけだ。つまり、ロイヤルクラスの不死族なら、やはり三十日は殺し続けないとダメなんだろう……って、そんなん無理ゲーですやん?


 しかも、絶望的なのはそれだけじゃない。この俺が、そう、バステ耐性相当高めの俺が、ばっちり毒を食らってることだ。おそらくレティスの毒ってのは単にしつこいだけじゃなく、毒自体も相当強力なんだろう。さっきからマジでつれえ。最悪の気分だ。目が回るし、全身から冷たい汗がじわじわ出てくるし、何より吐き気がやべえ。しかも、吐くと内臓ごとぶちまけちゃいそうな危険な吐き気だ。これは絶対に吐いてはだめだ。つか、吐いたら俺死ぬやつじゃん! 手で口をふさいで必死に吐き気をこらえた。うわっ…私の年収、低すぎ…?のポーズで。


「ふふ、トモキ君も、ずいぶん顔色が悪いようですね。苦しいですか? つらいですか? つらいですよね? レティスの毒は魂の髄の髄の髄まで染みこむものですからね。何人も、たとえ伝説の勇者様だろうと、そこから逃れることはできな――グオェ!」


 おまけに目の前には死にながら煽ってくる男がいるし! ほんとマジつれーわ、この状況!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ