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18 「なまえを きめてください」

「別にいいじゃない。旅をするなら剣の一本ぐらいあっても困らないし。あんたに何か不利益があるわけでもなさそうだし」


 ティリセはやはり、いかにも他人事だ。


「いや、こいつ、寄生生物なんだろ? 俺から栄養とか寿命とか吸ったりするんじゃないか?」

「しないわよ、たぶん」

「たぶんって」

「そりゃ、あたしだって、こいつらの専門家じゃないしぃ」

「……あの、わたし、思うのですが」


 と、成り行きを見守っていたユリィが口を開いた。


「この魔剣さん?は、意思を持って智樹様をつけまわしているんでしょう? じゃあ、何らかの形で対話できるのではないでしょうか」

「対話、か……」


 俺は女将に手渡されたまま握っていたゴミ魔剣をじっと見つめた。こいつ、まさか、人間と話ができる生物なのか? できたとしても、いやだなあ、こんな剣と。


「そうね。あんたの疑問には、あたしなんかじゃなくて、本人に直接聞くのが一番だわ」


 ティリセは俺の手からゴミ魔剣をひょいと取った。そして、何を思ったのか、「はい、これを使って」と、ユリィに手渡した。


「使ってって、ティリセ様、わたしはこのようなものは――」

「あ、今の言葉はあなたに対してじゃないから、謎の魔剣生物君に対してだから」

「え? どういう?」

「だから、あなたの体を少しばかり魔剣君に貸してあげてってことよ」

「体を貸す? え――」


 と、ユリィが困惑したのもつかの間だった。すぐにその表情は変わった。そう、またぼんやりとした、ハイライトが消えた瞳になったのだ。


「こ、これはまさか……」

「はい。そうですよ、ワタシです。マスター」


 ユリィ?はうつろな目のままうなずいた。


「お、お前、まさかユリィの体を支配してしゃべってるのか?」

「イエス。ワタシこそが、さっきまでマスターにさんざんゴミだのなんだの罵られていた憎いコンチクチョウです。どうぞ、お見知りおきヲ」


 ユリィ?はにっこり笑って俺にお辞儀した。うーん、この言葉遣い、表情、明らかに普段のユリィとは違う。やっぱりゴミ魔剣本人なのか。


「お前、人の体も乗っ取れるのか。ますます危険なやつだな」

「ノーノー。人間の体を支配することは、ワタシの本来の目的ではありません。ワタシはただ、マスターのお役に立てればいいのですヨ」

「俺の役に立つ?」

「はい。マスターは凄腕の剣士です。それはまちげーねえです。昨日、あの店で初めて出会ったとき、ワタシはマスターに運命を感じました。このお方こそ、ワタシが仕えるにふさわしいと! だから、マスターはワタシを便利な道具として好きに使ってよいのですヨ」


 魔剣ユリィはふとそこで両腕を組んで前かがみになり、乳を強調するようななまめかしいポーズになった。これを道具として好きに使っていい? ちょっとドキドキしてしまう……って、いかんいかん。今のユリィはゴミ魔剣に体を乗っ取られてるんだから。


「道具としてって、お前は俺に何か悪さをするつもりじゃないのか? 呪いのアイテムみたいなもんだろ、お前?」

「そんなことしないですヨ。ワタシはマスターを愛してるんですから。愛している人にイジワルするわけないじゃあないですか、ハハ」

「あ、愛?」

「はい。ゾッコンで首っ丈でメロメロで血道を上げてる状態です。マスターのためならなんだってしてやるZE!」

「そ、そう……」


 いきなりそんなん言われても。気持ち悪さが加速するだけなんですけど。


「まあ、なんでもするって言うなら、とりあえず俺のことはあきらめて、どこか遠くに行って――」

「それは無理です」

「って、ナニソレ! なんでもするんじゃないのかよ!」

「ワタシとマスターはもう離れられない運命なのです。いかなマスターのオーダーといえど、運命には逆らえないのです」

「いや、運命って言うか、お前が勝手に俺に付きまとってるよね? 人間やら鳥やらをあやつって――」

「世界はそれを運命と呼ぶのです」

「お、おう……」


 だめだ。やっぱり話が通じる生物じゃなかった。俺のこと熱烈に愛してるとか言うし、ただの迷惑なストーカーじゃねえか!


「よかったわねえ、あんたみたいなのを好きになってくれる物好きがいて」


 ティリセはやはり俺のことを面白がっているようだ。


「いや、魔剣風の謎生物にいきなり愛を告白されて、つきまとわれても……」


 ますます頭痛が痛くなってしまうZE!


「魔剣風の謎生物? ああ、マスターはワタシのことを何もご存じないのですネ。自己紹介がまだでした。失礼しました。ワタシはこれより遥か古代に、人の手により生み出された知的流体金属、NM876492Pと申します」

「なんだその番号」

「一応、ワタシの正式名称になります。ただ、ワタシは古代より人の手を渡り歩き、その都度、呼び名が変わったものなので、名前という概念にはあまり頓着していないのです。だから、昔のことは忘れて、マスターの好きに呼んでくれていいのヨ?」

「お前の呼び名なんてゴミ魔剣以外ないだろ……」

「エラー。その名前はすでに他のユーザーに登録されており、使えません」

「なんでいきなりネトゲ風なの、お前!」


 こういうとき、ゴミ魔剣0721とかで無理やり通す方法あるよね。ネトゲあるあるー。


「ちなみに、ワタシの前のマスターは、ワタシのことを、ヴェクトリカ・ヴァン・ヴォルギスと命名してくれました。キャッチコピーは、『ただ一つの終末を告げる剣~シャイン・オブ・ザ・ダークネス~』です」

「そ、そりゃ、またご立派な……」


 痛い! ノムリッシュすぎて痛い! 厨二病こじらせすぎだろ、前の持ち主……。


「じゃあ、名前はヴァンでいいよな。オイヨイヨ」

「いやです。前の名前をそのままとか愛が足りねーです」

「うっせーな、さっきから。じゃあ、お前は自分のことをなんて呼ばれたいんだよ?」

「『ただ一つの愛を育む剣(ル・アムール)』――」

「やめて」


 そっちのにゅるっとしたセンスもきつい!


「じゃあ、お前の正式名称みたいなやつの頭を取って、NMでネムはどうだ?」

「おお、それは実にかわいらしい。ありがとうございます、マスター。ワタシは今日からネムです。あなたのネムです。どうぞよろしく」


 魔剣ユリィはうつろな目のままうれしそうに笑った。そして、俺の手に魔剣を押し付けた。たちまち、ユリィの瞳に元の輝きが戻った――って、あれ? 話はこれで終わりってこと?


「おい、ネム! 俺は別にお前の存在を認めたわけじゃないんだぞ!」


 ネムの柄を握ってぶんぶん振り回して怒鳴ってみたが、俺の言葉を聞いているのかいないのか、何の反応はなかった。くそ、一方的に言いたいことだけ言って、回線切断しやがった。


「あの、智樹様と魔剣さん?とのお話は……」


 正気に戻ったユリィはきょとんとしている。


「それなら、アルが剣にネムって名前をつけて、末永くかわいがってやることに決まったわ」

「まあ、それはおめでたいですね」

「めでたくねえ!」


 なんだか気持ち悪い、わけのわからない剣に一方的に付きまとわれてるって事実は何も変わらんし! ひたすらイライラするしかない俺だった。

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