国王の最期
普通に考えて、生かしておくべきではありません。国王は人間の敵であり、死ぬべき存在です。
リシルさんも私の決定に頷いて、賛成してくれました。
「まぁ待て。確かにこの男は殺されるべき存在かもしれんが、決定が速すぎる。しかるべき手順を踏んでからにすべきだろう」
手負いの老兵であるガリウスさんの提案は、もっともと言えばもっともです。ここで国王を殺すのは、私刑と変わりありませんから。
だから、法の下に彼を裁くべきだとガリウスさんはそう言っています。が、しかしそれはどうでしょう。この世界の敵である者に対する刑は、死刑でしかありません。今殺すか、後で殺すかの差しかないです。
「どうしてですか、ガリウス。父は、この国を危険に晒した張本人です。この場で現行犯として裁く事を咎める者は、誰もいないはずです」
「……だとしても、わしにはどうにも納得のいかない事があるのです。貴女が生まれる前の国王は、決してこのような事を企む男ではなかった。純粋に、この国の安全を願う一人の人間だったのだ。それが先代の国王が死んだ事により、人が変わってしまった。それはまるで、元の国王の人格に他の者が混じり合ったかのような、そんな印象だ」
「それは国王が、タナトスの宝珠の意思を引き継いだからでしょう。そんな人間は、今すぐにでも消し去るべきだと思います」
「──国王様を殺すなど、そんな事を言い出す者こそがこの国の敵です!皆さま騙されないでください!あの者こそが真の敵であり、私たちが殺すべき敵なのです!」
けたたましく叫んだ人物に、私が目を向ける事はありませんでした。このヒステリックな声の持ち主は、ガラティアさんです。この期において、まだ私の事を敵扱いして来るそのしつこさには、ちょっとした感動すら覚えますよ。
「私は父を、牢に閉じ込めておきました。だけどその父がいつの間にか外に出て自由の身となり、私よりも先にエイミ様の凱旋に駆けつけていた。その不可解な事象を招いたのは、貴女ですね?」
「そうですっ!囚われの国王様を解放したのは、間違いなく私です。だけどそれは、リシル様。貴女のためでもあるのですよ。この者は必ずこの国に災厄をもたらす存在となります。だからどうか、騙されないでください。殺すべきは、国王様ではなくこの偽物の勇者なのです!」
一体何が彼女をここまでさせるのでしょう。国王への忠誠心?ヴァンフットさんへの愛?どちらも違いますね。
彼女は私に、嫉妬しているんです。ヴァンフットさんに告白され、それを振った私に。初めてなのに1人でグリムダストを攻略してしまった私に。日に日に人々の支持を得ていく、私に。
嫉妬は、前の世界でもされていました。よく整った容姿の私は、異性に興味がないのにも関わらず、よく告白されていたんです。勿論全て振りましたが、それを同性がよく思ってくれませんでした。それで嫉妬され、虐められてしまったんです。
私の周りを巻き込まなければ、それはそれで別に嫌な気分ではなかったから別に良いんですけど、ガラティアさんはちょっとしつこすぎですね。頭の中も愚かで空っぽで、さすがに引いてしまいます。
何度も言いますが、本当に見た目は良いんですよ。だからこそもったいなくて、私は頭を抱えてため息を吐きました。
「その通りだ、ガラティアよ。殺すべきは、勇者エイミである。リシルはそれに騙され、踊らされているに過ぎん」
そんなガラティアさんに賛同したのは、国王です。国王の援護を受けたガラティアさんは、国王の下に駆け寄ると2人並んで私を睨みつけて来ました。
この場で国王とガラティアさんを信じる者は、いません。だけど少なくとも、迷いは生ませます。この場で容赦なく国王を殺してしまえば、その迷いは大きな物となってしまうでしょう。
「まったく人間とは、どこまで愚かなのだろうな」
しかしガラティアさんの隣で心底呆れたように呟いた国王が、次の瞬間私の心配を打ち消す行動に出ました。
国王が突然、懐に隠し持った短剣でガラティアさんの胸を貫いたんです。不意をつかれたガラティアさんは何もできず、何が起こっているのかも分からない様子で立ち尽くします。でもやがて、目線をゆっくりと下げて胸を貫いている剣を見て震えだしました。
「は、は?こ、コレは、何が……ごふっ」
「お前の醜さは、見るに絶えん。いや、人間全てがそうなのだが、貴様は特に醜かった。生きている価値はない」
「っ……!」
国王にそう言われたガラティアさんは、国王に倒れかかります。国王はそれを受け止める事もなかったので、剣が突き刺さったまま力なく地面に倒れてしまいました。血は留まる事を知らずに流れ出ていき、地面を赤く染めていきます。
「何をしている、ガゼル!」
突然の国王の行動に、怒鳴ったのはガリウスさんです。私は興味ないので知りませんでしたが、恐らくは国王の名前を叫んで彼に詰め寄ろうとします。
国王がガラティアさんを殺す意味が分かりません。ガラティアさんは、国王の味方でした。それをわざわざ殺して自分の立場を危うくするなど、ガラティアさんよりも愚かな行動に映ってしまいます。
「っ……!」
気づくと、そんな殺人シーンを見てしまったサクラが、ぎゅっと私に抱き着いて震えていました。サクラには、ちょっと刺激が強すぎましたね。あまりに突然で予想外の出来事で、それを遮る事もできませんでした。
「私はもう終わりだ。だからその前に、出来る限りの事をして死ぬ事にした。次は、そうだな──」
発狂気味となった国王の視線が、サクラを見て止まりました。何をする気なのかと私は構え、備えます。
「ナナシよ、命令だ。勇者エイミを殺せ」
「……ぷっ」
楽しそうに言う国王の台詞を聞いて、リシルさんが笑いました。
国王は恐らく、サクラについている首輪がまだ有効だと思い、その命令をしたはずです。でも残念ですがこの首輪は偽物で、もうとっくにサクラは解放されています。解放されているサクラが命令を聞く訳もなく、きょとんとするだけです。
「どうした、やれ!……では、死ね!今すぐに死ね!……何故だ。何故首輪を付けられた者が私の命令に従わない!?」
その質問に、親切に答える必要はありません。
国王が最後に、私たちに対して嫌がらせをしようとしているのが、よく分かりました。そしてそれが、私の逆鱗に触れたのです。
私は支えてくれているサクラとレイチェルから手を離すと、国王に向かって全力で駆けだしました。国王との距離は一瞬にして詰まり、国王は私がすぐ目の前にいる事にすら気づいていません。タナトスの宝珠に意識を操られているとは言え、身体能力はただの人間ですね。
私はそんな国王の首を、剣で容赦なく斬り落としました。
「な、何をしている!?」
ガリウスさんの言葉を無視し、国王を殺めた私に対してガリウスさんが怒鳴りつけて来ました。
その間に、身体を離れて空を飛んだ国王の首が、ボトリと音をたてて地面に落ちてきます。身体が倒れるのと首が落ちるのは、同時でした。
「この男は、未遂とはいえ私の大切な物を奪おうとしました。だから、殺しただけです」
「っ……!」
当たり前のように言い放つ私を前にして、ガリウスさんは悔し気に拳を震わせ、黙り込んでしまいました。ガリウスさんが何を思って国王を庇ったのかは分かりませんが、やはりこの道しかありませんよ。国王は敵であり、滅すべき存在です。
ガリウスさんもそれを理解しているから、言葉は続きません。
「無駄だ」
その声に、その場にいた者達全員が驚きました。声の主は国王で、たった今私が跳ね飛ばした首が喋り出したんですから、驚いて当然です。
「だいぶ数が減ってしまったが、この世界にはまだまだタナトスの宝珠が存在する。それがある限り、私は消えはしない。醜き人間どもをこの世界から駆逐するまで、私は消えんぞ。いつまでも、どれだけ時間がかかろうとも、貴様らに代わって世界を支配してやるっ!はは、はははははは!」
「ガゼル……!」
「……生きていたのなら、丁度良いです。実は一つだけ気になる事があって、貴方は何故リシルさんを大切に扱おうとしていたんですか?」
私は国王の首をはねた剣を鞘におさめつつ、地面に転がる首に向けて質問を投げかけました。
「そんな事を聞いて何になる?……まぁいい、教えてやる。私はただ、リシルの形をした魔物を作りたかっただけだ。その美しい姿を、完璧に残すためにリシルに傷をつける訳にはいかなかったんだよ。そのために、貴様に壊される訳にはいかなかった」
「それが分かりません。貴方は人間を憎んでいます。醜い物だと言いました。でもリシルさんは美しいと思っている。矛盾しているとは思いませんか?」
「……」
国王は黙り込みました。答えを考えているようには見せません。ただ、黙り込んだだけです。
「……リノア様に似た容姿のリシル様を、お前は残そうとしたのだな?」
ガリウスさんはそう呟くと、国王の首の前に座り込みました。知らない人物の名前が出て来ましたね。なんとなくは予想できますが、確認する必要があります。
「リノアとは?」
「私の母の名です。私を生んですぐに死んでしまいましたが、私と容姿が似ていたと聞いているわ」
「つまりまとめると、亡き妻と似た容姿のリシルさんの姿を、貴方は残したかったという訳ですね。だからリシルさんを大切にして来たし、私に人質にとられてあんなに取り乱した、と」
「……何が言いたい?」
「分かるでしょう?貴方は愛した妻の事が、忘れられないんです。それはとても人間らしくて、素敵な考え方だと思いますよ」
「ふざけるな!この私が、人間らしいだと!?ゴミにも劣る存在と並べられるとは、この上のない屈辱だ!殺してやる!」
彼の嫌いな物と並べられ、国王のスイッチが入りました。怒り狂って叫んで来ますが、首だけのその姿では何もできません。ただ不気味なだけです。
「勇者エイミの言う通りだ。お前はリノア様の事が忘れられず、だからリシル様を愛したのだろう」
「止せ、ガリウス!私はただ、リシルの姿を残そうとしただけで……違う。断じて違うぞ!」
「いいえ、違わないわ。父上は、母上とそっくりな私を愛してくれた。それは例えタナトスの宝珠に意識を乗っ取られようと、消える事のなかった母への愛が成した業です。父上にはまだ、人の心が残っていたのですね」
「やめろおおおぉぉぉ!」
涙ながらに国王に向かって言ったリシルさんですが、それは明らかな演技です。一見すると感動すべきシーンではありますが、彼女はただ単に、国王の嫌がる事をやっているだけです。本当に性格が悪くて、容赦のない子ですね。けど、そこがまたイイんです。
国王は、この場にいる皆から、人間の心を忘れていなかったんだね。そう思われながら、やがて意識を手放して喋らなくなりました。ショックで気絶しただけのようにも見えますが、やがてその口からタナトスの宝珠が飛び出て砕け散り、それが彼の死を示しています。
「終わりましたね」
「ええ、ええ。ようやく」
黒幕は死に、世界は救われました。本当は素直に喜ぶべきなんでしょうけど、国王が最期に残した言葉が気になります。
タナトスの宝珠はまだ存在する、ですか。まぁ確かに、私たちが手を出していないグリムダストはまだ存在しますからね。それらまで完璧に消さない限り、まだ終わりはしません。
とはいえここで一旦の区切りとなるのは、間違いありません。今は勝利をかみしめながら、ゆっくりと休む時です。遅れて駆けつけたタニャや、私と同じようにボロボロなサクラとミコトさん。グリムダストに囚われていたレイチェルに、美しき女王となったリシルさん。そんな女の子たちと休む時間は、さぞかし楽しい時となるでしょう。




