勝利宣言
光に包まれた私たちは、気づけば青空の下に立っていました。そこは、巨大なグリムダストの入り口……大きな塔がそびえたっていた場所で、塔は消え去り更地となっています。そこに元々あったはずの地下の迷宮への入り口もキレイに消え去っており、何も残っていません。
霧も消え去っていて、視界は良好です。周囲を見渡すと、そこには大勢の傷ついた兵士達がいました。中には明らかに死んでいると思われる兵士もいて、地面には多くの血が流れていてここで大きな戦闘があったことを物語っています。
グリムダストに入る前の戦闘の跡とは、規模が違います。兵士と死体の数はとても多く、サクラは悲痛な表情を浮かべ、口を手で覆ってしまいました。
「……」
私はさりげなく、身体を支えてくれているサクラをこちらからも抱き寄せつつ、リシルさんの姿を探しました。しかし、周囲にはいないようです。
その際に生きている兵士たちと目が合う訳ですが、誰も反応してくれません。反応せず、私たちを見て呆然としています。膝をついたり、力なく倒れこんだりする者もいますね。
「どうやら、グリムダストを攻略し終えたようだな」
そう言って来たのは、生き残っている兵士の中の1人。ガリウスさんです。
ガリウスさんもまた負傷していて、額から血を流して息もあがっています。他にも怪我をしていそうですが、元気そうにズカズカと歩いてこちらへとやって来ました。
「ええ、終わりました。レイチェルも、無事です。それからオマケで、アレも」
「……ふむ」
私は私を支えてくれているレイチェルの方を見て、それから後ろの方で倒れているヴァンフットさんに目を向けました。
それぞれを確認したガリウスさんは、特に意味を持たない相槌をしただけでした。そういえば、ガリウスさんにレイチェルやヴァンフットさんが迷宮に入っていた事は、伝えてありましたっけ。教えていないのに突然私達と一緒に姿を現わした2人を見たら、不思議に思ってしまいますよね。
「諸々の疑問はあるが、とりあえず勇者エイミよ。お前に頼みたい事がある」
「はぁ。なんですか?見ての通り満身創痍だったりするので、くだらない事だったら断った上で殴りますからね?」
「満身創痍の人間が殴るな。というかそんな怪我はツバつけとけば治るわ」
「貴方はそうかもしれませんが、私はか弱い乙女です。一緒にしないでください。……それで、なんですか?」
「実はな。わしらはたった今まで、グリムダストから無限に湧き出て来る魔物と戦っていたのだ。皆必死に戦い続け、一晩寝ていない。休息もしていない。大勢が死に、残った者も怪我人ばかりだ。そんな状況で、突然グリムダストと魔物が消え去り、お前たちが現れた。だがどうにも、実感がわかないのだ。だから、わしらに実感が湧くように頼みたい」
周囲の兵士たちは、皆疲れた顔をしています。私達が帰ってくる直前まで、そこにいた魔物と戦っていたという事は見ればわかります。彼らと魔物との戦いを目にした訳ではありませんが、きっと魔物は彼らに圧倒的な力を誇示したはずです。ただの人間では、到底太刀打ちできるような相手ではありませんよ。だけど、ここにいる人たちは必死に戦いました。必死すぎて、混乱しているのでしょう。だから、ガリウスさんに要求された通りに彼らに実感を与える必要があります。
「エイミさん」
私に声を掛けて来たのは、ミコトさんです。体力が戻って来たのか顔色は良くなって、まだだるそうでフラフラしていますが、ちゃんと立って私に歩み寄って来ました。
ミコトさんの手には、私の剣が握られています。魔物のレイチェルに突き刺して放置したままでしたが、どうやら私達と一緒に異物として外に放り出されたみたいですね。それを私に差し出して、持つように促してきました。
「……それって、私の役目なんですか?」
ミコトさんが私に求めている事を理解した上で、その疑問が浮かび上がります。一応剣を受け取って手に持ちましたが、もっと相応しい人がいるでしょう。というか、ガリウスさんがやればいいじゃないですか。
「求められてるのは貴女だし、私個人的にも貴女が相応しいと思う」
「というか、泣いてたんですか?」
「そ、それは今どうでもいいだろう!?」
ミコトさんの目は赤くなっていて、たぶん泣いてましたよね。慌てて腕で目を隠すミコトさんですが、その行動が図星だと語っています。ラスティさんを看取り、それが悲しかったのでしょう。
「……まぁ、それくらい別にいいですけど」
私は一旦、身体を支えてくれるサクラとレイチェルから離れ、傷ついた身体でしっかりと立ちます。そして、渋々と剣を高く掲げました。周囲の視線がそんな私に注がれて、注目を集めます。
「魔物とグリムダストは消え去りました。私たちの勝利です」
「……」
私の宣言に、周囲は静まり返りました。なんですか、この空気。別に面白い事を言ったつもりではありませんが、滑った気分です。
「うおお!オレ達の勝利だ!」
「あ、あぁ。勝ったんだ。オレ達は勝ったんだ!」
「エイミ様がやってくれたんだ!」
「わああああぁぁぁ!」
1人が雄たけびをあげ勝利を喜ぶと、そこからあっという間に波及していきました。兵士たちは私と同じように高々と剣を掲げ、口々に叫びます。意味のある言葉を発する者や、意味のない言葉を叫ぶ者もいて、その声は重なり合いとても大きな物となりました。ちょっとうるさいくらいです。でも今だけは、許してあげましょう。
役目を終えた私は剣を掲げるのをやめて鞘に戻すと、サクラとレイチェルに抱き着くようにして身体を預けました。2人はそんな私をまた支えてくれて、受け入れてくれました。それが嬉しくて、それぞの頬につい頬ずりをしてしまいます。どちらの頬も柔らかくて、すべすべで気持ち良いですね。ずっとこうしていたいです。
「──バカな!ああ、こんなバカな事があってたまるものか!」
うるさいですね。一体何事ですか。
仕方がないので頬ずりをやめ声のした方を見ると、勝利に喜ぶ兵士たちをかきわけ、叫びながらやってくる国王の姿がありました。一応この国のトップである彼の登場に、勝利を喜んでいた兵士たちは叫ぶのをやめて代わりにどよめきます。
勝利の余韻に浸りたい所でしたが、その人物によって水を差された形となりました。
国王はふらつく足で、絶望にそまった表情を浮かべながらこちらへとやってくると、迷宮があった更地に倒れるように座り込みました。
「どうやってあのグリムダストを攻略したというのだ!?ここにあったのは、ただの迷宮ではない!失われた禁断の魔術を用いて作り出した、異界の迷宮だ!それとグリムダストを混じり合わせた最強のグリムダストを攻略する事など、人間に出来る業ではない!」
「目の前でおきた事が、事実です。私はグリムダストを攻略し、貴方が長年かけて集めてきた巨大なタナトスの宝珠を破壊しました。何百年もかけて世界を支配しようと目論んでいたのに、残念でしたね」
「バカな……こんな事が……バカな、バカな……!」
でも、国王の言っている事は正しいです。あの迷宮を攻略するのは、人間には無理でした。ラスティさんの協力がなければ、不可能に近いです。
「国王が何百年もかけて世界を支配しようとしていたとは、どういう意味だ?」
「国王は、代々子にタナトスの宝珠を飲ませて継承させ、その意識を継がせてきたんだ。タナトスの宝珠の目的は、世界を人間に代わって支配する事。その目的のために国王としてこの国を支配し続け、長い年月をかけて巨大なタナトスの宝珠を作りだし、その悲願を達成させようとしていた。それが打ち砕かれ、ショックを受けているようだ」
ガリウスさんの疑問に、ミコトさんはわざと大きな声で答えました。その声は周囲にいる兵士にも聞こえ、一斉にざわつき始めます。
一方で国王は、そんな事を気にする素振りも見せずに呆然自失状態です。更地の上で相変わらずぶつぶつと呟いて、周囲の様子を気にしようともしません。
「つまり私の父は、この国の──いえ、世界の敵だと言う事で間違いないですね」
続いて姿を現わしたのは、リシルさんです。護衛の兵士と共に優雅に歩いてやってきて、注目を集めました。
主のその姿を目にしたレイチェルが駆け寄ろうとしましたが、私を支えている事に気づいてその行動をやめました。そして歩み寄ってくるリシルさんに対して、申し訳なさそうに顔を伏せたまま黙り込みます。むしろ、ちょっと震えていますね。どうやらリシルさんを怖がっているようです。
そういえば、リシルさん自身も彼女を恐怖によって支配していると言い放ってしましたっけ。そうしないと、自分から離れてしまうのではないかと不安だったんですね。本当は大切な存在なのに、そうやって縛り付けておかなければいられない。気持ちは分からなくもないですが、それでは本当の意味で仲良くなる事はできませんよ。
リシルさんって、もしかしたら案外不器用なんでしょうか。
「ですが何故、グリムダストの攻略に発った貴女達が父の正体を知っているのですか?」
リシルさんは私の前で立ち止まると、真っすぐに私をみつめて尋ねて来ました。
どうやら、隠し事は許してくれないようです。別に、彼女になら話してあげても構わないんですけど、大勢の注目が集まるこの状況で言うのはちょっとどうかと思い、迷ってしまいます。
「神様がグリムダストの攻略を手伝ってくれて、そして私たちに全てを教えてくれたんだ。このグリムダストは国王が作り出した物で、私達が倒すべきは国王である事を」
迷う私に構わず答えたのは、ミコトさんでした。高らかに、誇らしげにそう言い放ち、だけど突拍子のない発言に皆がリアクションに困っています。
そりゃそうですよ。いきなり神様がどうのこうの言い始めたら、まず始めに思うのはコイツ大丈夫かな?です。
だけどミコトさんは、リアクションに困る皆を前にしても誇らしげです。それは消えてしまったラスティさんの存在を誇示するかのようで、皆にも神様の事を知っておいてもらいたいという気持ちが私に伝わって来ました。
「ミコトさんの言う通りです。神様は私たちに勝利をもたらすために協力してくれて、そのおかげで勝つ事ができたんです。その神様の名前は──」
「ラスティライズ……!」
皆に神様の名前を告げようとしたら、邪魔をしてきた人物がいます。それはグリムダストがあった場所に座り込んでいた国王で、それが静かに立ち上がると私を睨みつけて来ました。眉間にシワを寄せ、目は瞳孔を開き、額には血管を浮き上がらせた鬼のような形相です。
「その通りです」
「どこまで私の邪魔をすれば気が済む!?私たちはただ、世界を手に入れたいだけでそれ以外は何も望んでいない!貴様のせいで生まれた私たちを、どうして貴様はそこまで嫌うのだ!?」
ラスティさんの名前を肯定したら、何故か私が国王に怒鳴りつけられてしまいました。
というか、そんな事を企んでいるから嫌われるのではないかと思うんですけどね。でも言ったら怒りそうだから黙っておく事にします。
「私に言われても、困りますよ」
「ラスティライズと言うと……」
その名は、この世界の人間なら知らない人はいないはずです。ラスティライズは、この世界にタナトスの宝珠をもたらした悪魔の名前として伝わっていますからね。
その名を聞いたリシルさんも、怪訝そうな表情を浮かべています。
「実際はたぶん、違います。伝わっている絵とも違っていて、ラスティさんは美しい女性の姿です。それから、どこか抜けていていますが、優しくて良い人ですよ」
「その事は、また後で詳しく聞かせてもらいます。さて……それで、今この場で私たちは、世界の敵である父をどうすればいいのか、指示していただけますか?」
「私が?」
「はい。是非」
笑顔でリシルさんに促されたら、言うしかありません。
「殺すべきでしょう」
私は当然のようにそう言い放ちました。




