神様との言い合い
私の甘い考えは、その後続いたたくさんの敵との遭遇と、長い道のりによって砕かれる事になりました。
もう、どれだけの敵を倒したか分かりません。どれだけ進んだのかも分かりません。戦いながら歩き続けたため、足に痛みが走って剣を握る手は痺れ始めています。
「本当に、休憩しなくていいんですか?」
「……」
先頭を歩きつつ、ラスティライズさんが私たちにそう尋ねて来ました。
道中で何度か休憩を勧めて来たラスティライズさんですが、私はそれを拒否。もうすぐゴールのはずと自分に言い聞かせ、進み続けて今に至ります。
だって、外が大変な事になっていると言うのに、休んでなんかいられないじゃないですか。
その情報をもたらしたのはラスティライズさんで、神様であるラスティライズさんなら、私がそういう考えに至るというのも理解した上で教えてくれたはずです。だから休憩し終わってから私に教えてくれたのであり、ゴールは近いんだと。そう思ったんです。
「はぁ……はぁ……」
私はともかく、サクラとミコトさんは大きく息を切らし、相当消耗しています。水と食料は歩きながら交代でとっていますが、歩きながらでは心も体も休まりません。オマケに水と食料はだいぶ減ってきていて、その量はあと1食分ずつ程にまでなっています。
けっこう危惧すべき状況ではありますが、その反面、水という1番重い荷物を減らす事ができ、サクラの負担は減ってきています。それでも戦闘では盾の役割を果たすために頑張ったり、残る荷物は相変わらずサクラが背負っているので、疲れるのも当然です。
ミコトさんの方も、どうやら炎の精霊の力を借りて放つ矢は体力を大きく消耗するみたいで、かなり辛そうになっています。表情には時折苦痛が表れ、それでも頑張って歩いて戦うその姿は、本当にカッコ良くて惚れてしまいそうです。
「もう一度聞きますが、ゴールはまだですか?」
「何度も言っているように、私が出来るのは案内するだけです。いつゴールするかどうかは、お楽しみに」
何度か確認していますが、コレですよ。ラスティライズさんも疲れた疲れたと言ってはいますが、元気そうに悪戯っぽい笑顔を浮かべて言ってくる姿を見る限り、絶対に疲れていません。歩いている時、たまにスキップになる姿も目撃していますからね。確実です。
それにしてもこの神様、優しいかと思えば凄くケチです。ミコトさんにケチとかなんとか言っていましたが、ケチはどっちですか。それくらい教えてくれても良いでしょう。
と、思いますが、言ったらイジけたり、案内を止めるとかと言ってきそうなので心の中にとめておきます。
「……いい加減、それくらい教えてくれたらどうだ。私たちは貴女とは違ってお遊びでやっているのではなく、大勢の人たちを守るために命懸けでやっているんだ。それをまるで茶化すような言動と行動の目立つ貴女を、私はこれ以上看過する事はできないっ」
力強くラスティライズさんを睨みつけながら言ったミコトさんが、キレ気味に言いました。道中のラスティライズさんの発言に、相当イラだっていましたからね。
それが疲れとともに受け流す力が低下し、ついに爆発しようとしているようです。
「お、落ち着いてください。神様は、私たちを案内してくれていますし……わ、悪い方ではないと思います」
「すまないが、コレを悪い物ではないと私は認識する事ができない。神だのと名乗りつつ、私たちが必死に戦っている時は不参加。かと思えば命懸けで戦いを終えた私たちを、バカにしたような論評つきで出迎えて楽しそうにし、情報も何もくれない。歩けば疲れた疲れたと文句を言い、少ない食料もばくばくと食して不味いと言い放つ。何が、神だ。まるで我儘で傲慢なお嬢様を相手にしている気分になる。ハッキリ言って、本当に不快だ」
なだめようとしたサクラの言葉も、最早ミコトさんには届きません。
たまっていたうっぷんを晴らすかのように、ラスティライズさんに対して怒りをぶつけます。
さて、怒ってしまったミコトさんに対し、ラスティライズさんはどう出るでしょうか。ミコトさんが怒ったのは疲れで余裕がなくなったせいもありますが、もとはと言えばラスティライズさんの態度に問題があります。それを素直に認めて謝るのか、それとも開き直るのか……方法はどうであれ、仮にも神様であるラスティライズさんの事ですから、上手くまとめてくれるとは思います。
「──不快?この私の、存在が?神である私に向かって、今そう言ったんですか?」
「……ラスティライズさん?」
顔を伏せ、声を震わせながら言ったラスティライズさんの様子を見て、雲行きが一気に怪しくなってきました。彼女の声色からはショックと怒りが感じられて、とてもではないけどこの場を冷静に対処できる人の物とは思えません。
「そうだ。不快だ。お前の発言と行動は、私たちをバカにするものばかりでもう我慢できん」
その様子に構わず、ミコトさんは続けました。
それに対し、顔を上げたラスティライズさんが大きく息を吸うような仕草を見せました。と言っても、今のラスティライズさんに空気って必要なんでしょうか。一応は口があり、穴があってそこから食べ物を食べたりしている訳ですが、吸ったり飲んだりした物ってどうなっているんでしょう。ふと気になってしまいました。
「うるさい、バカー!」
息を吸ったラスティライズさんが、次の瞬間そう叫びました。洞窟内にその声が反芻して響き渡り、私はおもわず顔をしかめます。サクラは驚いて耳を塞ぎ、目を瞑ってしまいました。
「ば、バカ?私に言ったのか?」
「そうですよっ!神様に向かって不快だのなんだのと言う国松 ミコトさん!貴女はバカです!私は神様なんだから偉いんですよ!?それに向かって不快とか、ありえません!絶対にバカです!」
「神様だろうがなんだろうが、言いたい事は言わせてもらう!貴女の我儘っぷりにはもうついていけない!大体にして貴女は本当に神様なのか?悪いがそうは見えないな。ウソならウソだと正直に言ったらどうだ?ん?」
「神様じゃないならなんですか!?ここまであんなに多くの分かれ道を、間違えずに案内してきた私が神じゃなければなんだというのか、是非とも教えてほしいものです!」
「神だと言うなら自分で考えろ!」
「そうですねぇ!考えてみましょうか!はい、考えました!やっぱり神様でしたー!」
「はっはっは!それはない!」
「ありますー!」
「はぁ……」
目の前で繰り広げられているのは、まるで子供の喧嘩です。その様子を見せられている私は、思わず頭を抱えてため息を吐きます。
ミコトさんの言う通りで、もしかしたらこの人は本当に、神様ではないのかもしれない。私にそう思わせるような、そんな子供じみた言い合いっぷりです。ミコトさんはミコトさんでそんなラスティライズさんに一歩も譲らないので、お互いにぶつかりあってこの言い合いはいつまでも続いて行きそうな雰囲気があります。
それにしても、普段は凛々しいミコトさんにも、案外子供っぽい所があるんですね。新たなミコトさんの一面を知る事ができて、嬉しいです。ラスティライズさんも、子供っぽい所がチャームポイントと言いますか、可愛くて良いと思います。
「本当に、可愛い」
私はそう呟いて、いつまでも2人の言い合いを見ていたくなっていました。
「え、エイミさん。見てないで、止めないと……!」
私の腕を引っ張ってそう訴えて来たのは、サクラです。
2人の言い合いを心配そうに見ていて、だけど自分でその言い合いの中に入る勇気はないようですね。だから私を頼ったみたいで、頼られたのなら応えなければいけません。2人の言い合いをもっと見ていたい気持ちはありますが、ここはグリムダストで、私たちは外で戦っているリシルさん達のためにも早く前に進まなければいけない。
残念ですが、ここが潮時でしょう。
「貴女の我儘は──」
「そこまでです」
「わっ!?」
私はラスティライズさんに向かって言い合いを続けるミコトさんを胸に抱きしめ、それを中断させました。突然の事に、最初は私の胸で暴れて抜け出そうとしたミコトさんですが、私は離してあげません。
「ぷぷ。神様の事を悪く言うから、桐山 エイミさんが怒ってしまったみたいですね。少し反省してください」
「もがむがぁ!」
ラスティライズさんが余計な事を言って挑発したので、ミコトさんの抵抗が激しくなりました。私が押さえているので意味のある言葉を発する事はできませんが、ずっとこのままでは窒息してしまいます。
「ラスティライズさん。ミコトさんの言っていた事にも一理ある事を、理解してください。貴女の節々の言動と行動がミコトさんの理性を刺激し続け、それが今爆発してしまったんです。我儘なお嬢様のようだというミコトさんの例えもあながち間違っていませんし、私たちの貴重な水と食料を、必要もないのに分けた結果不味いと言い放たれたら鬱憤も貯まりますし、嫌な気持ちにもなります」
「だ、だってそれは、桐山 エイミさんが嫌な顔しないで分けてくれたからであって……!」
「確かに私はそうでした。貴女が食べたいと言うので、仲間として分けるべきだと思ったからです。だけどそれを不味いだとの言われると、やっぱり嫌な気持ちになったのも事実です。それと、私の顔色を伺えるのならミコトさんの顔色も窺ってください」
「で、でも、待ってください。ホラ、私は神様です。神様に食べ物を貢ぐのは当然であり、神様が人間の顔色を窺うなどあっていいのでしょうか」
「それは関係ありません。私たちと共に行動をするのなら、輪を乱すような行動は看過できません。貴女の道案内のおかげでここまで来れたのは事実ですし、感謝はしていますが言うべき事は言わせてもらいます。それと、神様だから全てが許されると思っているのならその考えは改めるべきです」
「……」
ラスティライズさんは反論をやめると、黙り込みました。言いたい事はありそうですが、やがて力なく項垂れて諦めたようです。
てっきりミコトさんにしたみたいに、もっと反論してくると思ったんですが、案外簡単に言いくるめる事ができましたね。
「ミコトさんも、感情的になって言いすぎです。こういう事は冷静に言わなければ、相手も冷静さを失って対応せざるを得なくなってしまいます。自分の想いを伝えるのはいいですが、相手の事も考える事が大切ですよ」
「す、すまない……」
ミコトさんを胸から解放して言うと、反省した面持ちで謝罪してくれました。
普段凛々しいミコトさんが、しゅんとしています。可愛いです。私は思わずその頭を撫でてしまいました。
「ふん。でも私は神様だから、偉いのは偉いんですからねっ」
「そ、そうですね。神様は、凄いと思います」
一方でラスティライズさんは、自分を褒めてくれるサクラを抱き締めながら自分に言い聞かせるように言って、開き直っています。
それを見て、ちょっと嫉妬してしまいますが今だけ特別です。貸しておいてあげます。
「私にも、事情があるんです。かつての失敗を繰り返さないためにも、必要以上に人間に関わる事はあってはいけない。それは、私自身の信念であり、教訓です。本来であれば、道案内という行為もすべきではないですが、困っているからはるばるやって来てあげたのに……!」
「感謝はしていますよ。私も、サクラも、ミコトさんも。ね」
私がそう言うと、ミコトさんが静かに頷いて肯定してくれました。途方に暮れていた私たちの前に現れ、正しい道を教えてくれている人に、感謝しない訳がありません。言い合いにこそなってしまいましたが、それだけは絶対に言える事です。
「と、当然ですよ。なんと言っても、この私が自ら案内してあげているんですから。感謝してもらわなければ、困ります」
それが当然のように言っているラスティライズさんですが、照れてますね。魔物の身体なので分かりにくいですが、照れが隠しきれていません。
「……まぁでも、そうですね。意固地になって、少しケチになってしまったかもしれません。実を言うと、ここはもう最終層です。もうじき目的地につきますよ」
急に態度を軟化させたラスティライズさんが、そう教えてくれました。
それは私たちにとって朗報で、残り少ない食料の事を心配する必要がなくなりました。体力も残り少なかったので、少しだけでも休憩して体力を回復させておくべきですね。
「それと、もう後戻りできません。敵は向こうからやってきて、体力を回復している暇もありませんよ。だから休もうと言ったのに……」
そう続けたラスティライズさんの言葉を体現するかのように、突然激しく地面が揺れだしたかと思うと、私たちが歩いて来た道が崩れ落ちて寸断されてしまいました。道と道との間は、光を一切通しそうにない暗闇が支配し、まるで次元ごと寸断されたかのような、そんな光景が広がっています。
教えてくれるのは良いですけど、ちょっとだけ遅いですよ。




