黒い矢
少女の姿をした魔物は、笑っている者もいれば悲しげだったり、怒っている者もいます。その辺りはミコトさんが言っていた通りで、彼女たちはそれぞれの持つ感情を表情に浮かべているようです。
同じ顔を持つ者がたくさんいて、それぞれ違う表情を見せているその光景は異様ですね。
「アア、アアァアァァ!」
私は怒りを露にして叫んでいる魔物に向かい、剣を振り下ろしました。
私の剣を受けた魔物は塵と化し、腐ってその姿を消していきます。
倒した魔物は、コレで5体目。彼女たちの動きは速く、身体を変化させた腕の剣や、他にもハンマー状の物に変化させたり、盾に変化せている者もいますが、先ほども言った通りの雑魚です。私の敵ではなく、私が負ける事はないでしょう。
だけどそれは、私から見た感想です。力を持たない者から見れば彼女たちは強い。勇者でもなんでもない兵士たちでは相手になりません。
私は彼女たちが現れてくる方向に向かって突進した訳ですが、そちらは酷い状況になっていました。霧で見えなかっただけで、魔物達は周囲にいた兵士を虐殺。彼女たちが浴びていた返り血を見た時からそんな気はしていましたが、大勢の兵士の死体が転がっていて、地面を赤く染めていました。
魔物が出現したと言うのに、騒ぎにならなかったのは彼女たちが騒ぎになる前に殺したからでしょう。きっとこの先も、彼女たちの姿をみた者達の死体が転がっているはずです。
「ウゥ……ウッ、ウッ」
そんな彼らの死を悲しむかのように、悲し気な表情の魔物が私に襲い掛かってきました。両手を剣の形に変化させ、私の首に向かって繰り出してきます。
「──貫徹弓!」
私に襲い掛かって来た魔物の動きを止めたのは、背後から飛んできた光の塊です。矢の形をしたそれは、私の顔のすぐ横を飛んでいき、人型の魔物の顔面に襲い掛かりました。
「ウアアアァァ……!」
効いているようには見えません。私に襲い来る攻撃は止まりませんし、矢が当たった場所には傷もできていません。光の矢は彼女にヒットするのと同時に霧散してしまいましたし、それ以上のダメージも望めないでしょう。
だけど、目くらましにはなりました。私は身を引いて攻撃をかわすと、彼女の横を通って背後に回り込みます。その際に、剣で軽く斬りつけておいたので彼女の身体は腐食が始まり、そして崩れ落ちて行きました。
「エイミさん!私も戦うぞ!」
そう叫びながら勇ましく現れたのは、矢を放ったミコトさんです。更に他の魔物に向かって矢を放ちながらけん制し、私の方へと駆け付けて来てくれました。
しかし危なかったですね。私の本当にすぐ傍を通って行った矢に、驚かされましたよ。この深い霧の中で遠隔攻撃を仕掛けるのは、けっこう無茶な事だと思うんです。それでも見事なコントロールで私を避けて敵を射止めたのは、ミコトさんの能力のおかげかもしれません。
彼女には、視界の悪い霧の中でも的を射止める力がある。もしそうなら、それは大きな武器になります。
「……大して役には立てないかもしれないが、そうさせてほしい」
私と並ぶと、悔し気にそういうミコトさんの姿が、自虐的ですが可愛く見えてしまいます。良いですよね。弱いけど、勇ましく戦おうとする女の子の姿って。
「そんな事はありません。貴女は自分で選んで、私を追いかけて来てくれた。私は嬉しく思いますよ。でも、よくツカサさんが止めませんでしたね」
「……貴女の言っている事が、私にはよく分からない。付き従わされているとか、そんなつもりはなかったのだが……でも、ちょっと思う所はある。先程もエイミさんを追いかけようとした私を、ツカサが止めて来た。私はそれを聞いて、追いかけるのはダメな事なんだと思った。自分でも不自然な事だと感じるくらいに、思考が切り替わったんだ」
「それでよく、追いかけて来れましたね」
「おじいさんの兵隊さんが、突然ツカサを殴り飛ばして気絶させたんだ。それで、思考を元に戻す事ができた」
「おじいさん……」
きっと、ガリウスさんの事ですね。男にしておくのはもったいないくらいの、勘の良さです。
「勇者エイミ様に続けぇ!魔物どもを殲滅して、出て来た事を後悔させてやるんだ!」
ミコトさんに続いて、大勢の兵士たちも駆けつけてくれました。彼らは隊列を組み、雄叫びを上げて士気の高い状態です。先ほどまでの、戸惑いばかりが見える士気の低い状態とは違います。
何か切り替えるキッカケがあったのでしょう。
「……!」
更に、兵士の中にはサクラも混じっています。サクラは私の姿に気づくと、私に駆け寄って来ました。私はそんなサクラを、頭を撫でて迎え入れます。
いつもなら気持ちよさそうに受け入れてくれるサクラですが、今回は違いました。私の方をじっと見つめてきて、その目には力強さを感じます。
「皆、エイミさんに命を預けると決めたんだ。弱くて役に立てないかもしれない……だけど、こんなに多くの魔物を相手にするのは、さすがにエイミさん1人では無理だ。ここで食い止めなければ、魔物達が町へ流れ込んでしまう可能性もある。だから私たちも戦う。ここで奴らを食い止めるために」
確かにミコトさんの言う通りです。今はただこちらに向かってきているだけの魔物も、いつ気が変わって他の方へと行ってしまうか分かりません。そうなれば私1人でこの場で抑え込むのは不可能で、取り逃がしてしまった魔物が町の人々を虐殺する。そんな可能性が生まれてしまいます。
サクラも、自分も一緒に戦うと、そう訴えているようです。言葉には出しませんが、ハッキリとそう伝わります。
「……分かりました。でも、命は保証しませんよ」
さすがに、この大人数の兵士全てを守る自信はありません。アレと戦えば、この中の何人かは確実に死ぬ事になるでしょう。
でもきっと、その覚悟はできている。だから私を追いかけて来た。彼らにもきっと、私と同じように守りたい物があるのでしょう。立ち上がった彼らは、地面に這いつくばる勇者よりも勇者です。
「では、突撃で。殲滅し、グリムダストへの道を開きます」
「うおおおおぉぉぉぉ!」
私の言葉に、兵士たちが雄叫びと行動で応えました。先頭に槍を手にした兵士が立って進んで行き、それに剣と盾を装備した兵士が続きます。あまり広くはない城の庭なので、作戦と言える作戦は必要ありません。ぶつかりあい、相手を倒すだけです。
「あまり孤立しないように。味方同士で、互いを庇い合いながら戦ってください。孤ではなく、集団で一体一体を囲んで確実に倒す事を意識するんです」
私の指示が聞こえているかどうかは分かりません。私は声があまり大きい方ではありませんからね。
でも、私が指示するまでもありませんでした。彼らは群れをなして1体に挑み、反撃されて死に行く仲間を気にかける事もなく私が指示した通りに戦います。
しかし、実力差がありすぎました。兵士たちの首が空を飛び、それなのに相手は一匹たりとも死んでいない。まだ始まったばかりですが、このままではじり貧になる事は明らかです。
「っ!」
「サクラ!」
そんな光景を目の前にしていてもたってもいられなくなったのか、サクラが私から離れて兵士と一緒に突撃していってしまいました。
思わずサクラの名前を呼んでしまい、ミコトさんが驚いています。その上私が呼び止めたのにも関わらず、サクラは行ってしまいました。
「──私も」
「待ってください」
私がサクラの名を呼んだ事に対する疑問を振り払い、それに続くように弓を構えようとしたミコトさんを私は呼び止めました。
先ほどよりも更に驚いた表情になったミコトさんですが、ミコトさんにはやってもらいたい事があるんです。私だって、すぐにサクラを追いかけたいんですよ。でも、サクラは大丈夫。あの子は強い。だからと言って放っておく訳にもいきませんが、今はそれで大丈夫。自分にそう言い聞かせます。
「ミコトさんにはやってもらいたい事があります。まず、どうぞ続けて弓を構えてください。先ほど私の横をかすめたあの技で結構ですので、それを敵に向けた所で止まってください」
「どうして……いや、いいだろう」
ミコトさんは私に疑問を投げかけようとしましたが、私の指示通りに弓を構えます。弓は、最初弦も矢もありませんでしたが、ミコトさんが構えた事によって光の線が走ったかと思うと、そこに光の弦と矢が出現しました。
「これで良いか?」
「はい。そのままでお願いします」
私はミコトさんがキレイな形で弓を構えた所で、ミコトさんの背後に回りました。そして、ミコトさんの身体を後ろから抱きしめるような形になりながら、矢に触れます。私が触れると、矢に変化が現れました。白い光だったそれは、黒い光へと変わってしまいました。キレイな光だったのに……でも、黒い光も嫌いではありません。
そんな変化を眺めていると、ミコトさんの肩越しに魔物に剣での攻撃を弾かれ反動によって武器を手放してしまった兵士が視界に入りました。本来であれば霧で隠れて見えない距離のはずなのに、いきなり視界が開けて目に入ったんです。もしかしたら、手を触れている事でミコトさんの能力が一時的に私に備わったのかもしれません。
いえ、今はそれよりもそのシーンの続きですね。武器を失った兵士に向かい、魔物の変化した手の刃が襲い掛かろうとしています。その現場に駆け付けたのが、サクラです。サクラは兵士の前に立ちはだかって庇うと、その攻撃を身体で受け止めました。
本来であれば、私の大切な女の子が斬られて発狂している所です。でもサクラは鋭い刃物によって肩のあたりを傷つけられたのにも関わらず、血が出る事も倒れる事もありません。魔物はサクラが斬れなかった事が不思議なのか、自分の刃物の腕を見て首を傾げています。
「ミコトさん!あの魔物を狙ってください!サクラを傷つけようとしたアレに向かって、この矢を放つんです!」
「分かったが、痛い!肩を離してくれ、これでは狙えない!」
気づけば私は、ミコトさんの肩を握っていました。どうやらサクラが斬られるシーンを見て、無意識に力が入ってしまっていたようです。ミコトさんから訴えられて、慌てて力を抜いて優しく撫でるようにします。
私が力を抜いたことにより、ミコトさんは私の指示通りにサクラを傷つけようとした魔物に狙いを定めました。そして、私に抱きしめられるような態勢のまま矢を放ちます。
「貫徹弓……!」
放たれた黒い光の矢は、サクラを傷つけようとした魔物へと向かって飛んでいきます。
魔物は、刃物のチェックが終わると再びサクラに向かって腕を振り下ろそうとしている所でした。
悲し気な表情を浮かべているその魔物に、矢が襲い掛かります。先ほどは、目くらましにしかなりませんでした。でも今回ミコトさんが放った矢には、私の力が込められています。
矢は、魔物の顔面を貫通しました。一瞬にして真っ黒に染まって腐り落ちた顔面を貫通したその光の矢は、留まる事をしりません。ついでと言わんばかりに、その向こうにいた別の個体の魔物の顔面も貫いていって、消えて見えなくなっていきました。
「……?」
首から上を失った魔物が、手を伸ばして顔がない事を確認しています。それで動ける事が気持ち悪いですが、それは長くは持ちませんでした。次の瞬間には全身が腐り落ち、塵となって消えていきました。
「す、凄い……」
自分で放った矢の威力に、ミコトさんが驚いています。私も驚きました。まさか、こんな威力のある物になるとは思いませんでしたから。それに、一発の矢で敵を同時に2体も仕留めたミコトさんの弓の腕も、期待以上です。
「さぁ、次の魔物を狙って構えてください」
「あ、あぁ。しかし……」
ミコトさんが放った一撃は、インパクトが大きい物となりました。魔物達の目が自然とこちらを向き、戦おうとしている兵士に目もくれずに一斉に向かって来ようとします。
「行かせるな!我々が盾となり、勇者両名を守るのだ!」
その動きを察知し、兵士たちが素早く陣形を形成。魔物の動きを封じるようにして囲み、私とミコトさんに魔物が近づけないようにしてくれました。
勇敢な彼らを1人でも多く死なせないため、ミコトさんが再び弓を構えます。私もミコトさんが作り出した矢に触れて、黒い光の矢を作り出しました。
敵は、まだまだたくさんいます。ミコトさんには頑張ってもらわないといけませんね。




