人生で唯一の冒険
一時的に罪人ではなくなった私には、馬が与えられました。それに跨り、リシルさんを後ろに乗せてお城へと向かう私たち一行は、しばらくしてようやくお城へと辿り着く事ができました。
しばらくといっても、お城はもうすぐ近くにあったみたいです。出発してすぐに到着しましたから。
霧で姿が見えなかっただけで、私たちはお城の傍で争っていたという訳です。リシルさんが騒ぎ出したのは、お城がすぐ目の前に迫った事で危機感が爆発したと言った所でしょう。自ら行動を起こさず、もう少し我慢すればよかったです。
「……静かですね」
門をくぐり、城下町へと入ると町は静まり返っていました。いつもの賑わいが嘘のようです。
出歩いている人もいるにはいますが、基本的に外に出ているのは武装した兵士くらいです。恐らくは彼らが町の住民を見張り、恐怖におびえる住民たちがパニックを起こさないようにしているのでしょう。
でもそれは、逆効果のような気もします。どうせこの霧の正体がグリムダストだという事は、住民達には教えていないでしょう。その中でこんな厳戒態勢をとれば、これはグリムダストだから危ないから外に出ないでね、と言っているのと同じです。
「……」
町の中を進んでお城に近づいていくにつれ、私の背中にくっついているリシルさんの手に、力が増していきます。若干震えているようにも感じますね。それだけこの先に待つという危機が、怖いのでしょう。
はぁ……それにしても可愛い。いつもは余裕ぶって、頭が良くて先までよく見ているリシルさんが、まるで年相応の少女のように縮こまっているこの姿……。たまりません。思わず手を出したくなってしまうじゃないですか。
「……」
そんな事を考えている私を、同じく馬に跨って私と並走しているサクラが、じっと見つめていました。しかし目が合うと、慌てて目を逸らしまいました。
「……」
気づくとタニャも私を見ていましたが、こちらも私が目を向けると目を逸らしてしまいました。
「くふふ……」
タニャはガリウスさんの馬に乗り、ガリウスさんの背中に密着しているのですが、そのガリウスさんが嬉しそうに笑っています。
それだけでも気持ち悪くてむかつきますが、時折私の方を見て笑ってくるんです。まるでいいだろうと言っているようですが、ええ羨ましいですよ。私もタニャに抱き着いて欲しいです。
「え、エイミ様。本当に、行くのですか?」
ここに至っても、リシルさんはまだ恐怖を感じているようで、私にそう尋ねて来ました。
「勿論行きますよ。まずはレイチェルと合流し、今後について話し合いましょう。国王に対する今後の対応や、このグリムダストへの対応など、話す事はたくさんあります。今更、やっぱり逃げるなんて言わないでくださいよ?」
「……それは言いません。だけど、過去の私は親の教えを破り、人生で一度だけ危険を冒した末に死にました。そしてまた、この新たな人生で唯一の冒険をしようとしています。危機を察知するこの能力があるのに、危機に飛び込もうとしているのです。そうさせたのは貴女です。責任を持って、私に後悔させないでくさい」
過去のリシルさんとは、転生する前……。恐らくは私やサクラがいた世界と、同じ世界での人生の事です。彼女がどういう人生を歩んできたのかは分かりませんが、恐らく危険を遠ざけようとする今の彼女を形成するに至った理由が、そこにあるのでしょう。
ええ、勿論責任はとりますとも。責任をとって、リシルさんをお嫁さんに貰いましょう。そして始まる、幼な妻との濃厚な毎日の生活……。
そんな事を考えているうちに、私たちはお城へと到着しました。
大きく美しいお城も、霧に包まれて全貌が見えなくてはその存在感が薄まってしまいます。実際私は、お城につくまでその存在に気づきませんでしたから。
さて、お城の兵士やその他の働いている方々は国王の帰還に一旦は安心したものの、事態が変わった訳ではありません。国王が戻った所で何も起きませんし、コレに期待しちゃダメですよ。
「国王様!」
それなのに、他にも国王の帰還を泣いて歓迎した美女がいます。ガラティアさんです。
お城に到着し、馬や馬車から皆が降りた所でお城の中から現れました。
「止まれ!」
ガラティアさんは、そのままの勢いでは国王に突撃しそうでした。すかさず護衛の兵士が間に入り、その勢いを殺します。だけどガラティアさんはお構いなしに兵士に突撃し、兵士もそれに対応するためガラティアさんの腕を掴んで若干拘束するような形となりました。
ガラティアさんの様子から察するに、ただ事ではありません。目は腫れて、涙は止まらず髪も乱れています。
「どうしたと言うのだ」
兵士越しに、国王が尋ねました。
「ヴァンフット様が!お城の地下へと向かったヴァンフット様が、帰られないのです……!」
「ふむ……グリムダストの入り口はどこにある」
「ち、地下迷宮の入り口に出現しました!ヴァンフット様は偶然迷宮に入って行った所で、そこにグリムダストが出現してしまい……ヴァンフット様は、ご無事なのでしょうか!?」
「やはり、アレが原因だったか。おとなしくしておけば、もうじき交代できたという物を……いや、もう交代する必要もないのだったな」
国王は、ガラティアさんと会話をしているようでしていません。ガラティアさんから情報を引き出しただけで、自らはガラティアさんが望む答えを出そうともしない。
「国王、様……?ヴァンフット様が……」
「ああ、分かった。下がって良い」
「……ヴァンフット様が、行方不明なのですよ!?ご心配ではないのですか!?」
あまりに呆気なく、心配する様子もない国王に対し、ガラティアさんがキレました。
ガラティアさんは心配していて、その心配する者の親であるこの人がコレでは、怒りたくなる気持ちも分かります。まぁ私はヴァンフットさんを心配する気持ちが、まず理解できませんが。
「アレはもう、用済みだ。むしろアレに対し、私は若干の苛立ちを覚えている。のこのこと姿を現わしたら、殺してやりたい程だ。まぁどうせグリムダストに飲み込まれ、もう形もないだろう。諦めるが良い」
「よ、用済み……?」
ガラティアさんに対し、国王は冷たく言い放ちました。それに対してガラティアさんは涙を止め、信じられないと言った目になりました。兵士たちも、国王の発言に耳を疑っているようです。
国王とヴァンフットさんは、私の目からはあまり仲が悪いようには見えませんでした。かといって良いという訳ではないようですが、それでも普通の親子だったと思います。それが、用済みですか。面白い事を言いますね。
それよりも、アレが原因とか、アレにイラ立っているとか、形もないとか、色々と意味深げな事を言っています。私はその方が気になりますね。
いえ、更にそれよりも気にすべき点があります。それに気づいているのは、私だけではありません。共に馬から降りて、地面に降り立ったリシルさんも気づいて私の手を握ってきました。
「──レイチェルは、どこに?」
その問いに、誰も答えられる人はいませんでした。メイドさんも、兵士も、グリムダストが出現してからその姿を見た者はいないと言います。
レイチェルは、ヴァンフットさんと一緒に地下迷宮に行く手はずとなっていました。そのヴァンフットさんは地下に行ったまま戻らず、もしそれと一緒にレイチェルが地下へと行っているのなら、同じ運命を辿った可能性が高い。つまり、国王がいう所の形もなくなってしまったかもしれない、という事になります。
「そんなメイドの事なんてどうでもいい!ヴァンフット様の心配をしなさい!国王様も、一体どうしたのいうのですか……!大体にしてこのエセ勇者は、一つの村の住人を虐殺した大罪人!どうして拘束もなにもされずに自由のままここにいるのですか!?」
「我々はそのような些細な出来事に対応する時ではなく、この未曽有の事態に対応すべき時である。からして、私とエイミ殿は休戦を結んだ状態にある」
「そんなの……そんなの納得できません!この者は大量虐殺者であり、野放しにするのは危険な人物です!」
ぎゃーぎゃーわめくガラティアさんは、国王に任せて放っておきましょう。
私たちはそれよりも、レイチェルの行方を捜す必要があります。
「ヴァンフットさんには同伴せず、どこか他の場所に行っている可能性は?」
「ないです。レイチェルが私の言う事を聞かなかったことは一度もなかったわ。だから……兄と同伴して同じ目に合っていると考えるのが普通です……」
リシルさんは悔し気にそう言いました。
地下の迷宮を探る作戦を発案したのは、リシルさんです。そのせいでレイチェルが何か良くない目に合ってしまったと言うのなら、リシルさんはとても後悔する事でしょう。でも確定した訳ではありません。もしかしたらひょこっと姿を現わすかもしれませんし、グリムダストの中で生きて残っているかもしれない。確定しない限り、私は希望を捨てたりはしません。
「だ、大丈夫です!レイチェル様はお茶を淹れるのがとても上手で、お掃除やお洗濯にお料理も上手で、あと……あまり表情は顔に出しませんが、優しい方でした……だから、きっとご無事です!」
希望をなくしかけ、絶望しているリシルさんにそう声を掛けたのはタニャでした。
タニャは一時期、レイチェルの下で働いていましたからね。付き合いは私よりも長いはずです。だからきっとよくレイチェルの事を知っているのでしょう。
ただ、言っている事と無事である事が、関係あるかどうかは分かりませんが……。
「……そんな事、貴女に言われるまでもなく知っています。彼女は私がまだ幼い時から傍にいて、私のお世話をしてくれていた人ですから。知らない事など何もないくらいに知っているつもりです。だから……簡単に死んだりする訳がない事も知っています」
「ふふ。そうですね。私もそう思います」
「え、エイミ様……!」
リシルさんは、タニャのおかげで希望を見出してくれたみたいです。タニャの功績を称えるため、私は親し気にタニャの頭の上に手を乗せました。すると、タニャは受け入れながらも慌てだしてしまいます。
私とタニャは喧嘩中という事になっていたので、それを忠実に遂行していたタニャが慌てるのも無理はありません。でももう必要ないでしょう。なんと言っても、私と国王は休戦中ですからね。私がここにいる間は手を出したりはしないでしょうし、いない間はガリウスさんがリシルさんと同様に守ってくれるはずです。
「──助けてくれぇ!」
その時、突然助けを求める声が聞こえて来ました。タダごとではない必死な叫び声に、場は騒然とします。
聞き覚えのあるその声に、私はあまり行きたくはありません。でも行かない訳にはいかないんでしょうね。仕方がありません。私はその声の聞こえて来た方向に駆けだした兵士をおいかけるように、ゆったりとした足取りで歩きだしました。




