勇者の神殿
私の目の前に広がるこの光景は、まさに異世界と呼ばれるに相応しき光景です。思わず息を呑むような光景に、私は胸が躍るのを感じました。
「どうですか、エイミさん。異世界からやってきた勇者様は、皆この光景を見て、驚くんですよ」
そんな光景を、誇らしげに私に言ってきたのは、王子様である、ヴァンフットさんです。貴方の物ではないのに、どうして貴方が誇らしげにするんでしょう。でも、そんな細かい事を抜きにして、この光景は素晴らしいです。
「……ええ、確かに、驚きました。素晴らしい光景です」
そう答えてから、気になる事が、今のヴァンフットさんの言葉の中にある事に、気づきました。
今、ヴァンフットさんは、異世界からやってきた勇者は、皆この光景を見て驚くと言いました。つまりそれは、召喚された勇者は、私以外にもいるという事になります。
思えば、ヴァンフットさんは私の、桐山 エイミという名前に、違和感を持っていませんでした。ヴァンフットさんの名前をきく限り、それは私の名前とは、種類が違います。私の名前は前側に名字が来るのに対し、ヴァンフットさんは後半に名字が来て、前半は名前です。
恐らくそれが、この世界、この国にとっての、普通の形式なのでしょう。
それなのに、ヴァンフットさんは初対面で、私のエイミという名前を褒めて来ました。苗字ではなく、名前を褒めて来たのは、エイミというのが、私の名前であり、苗字ではないと知っていたからです。
「ちなみにこの場所は、勇者の神殿と呼ばれる場所です。誰が、いつ、どうやって作ったのかは分かりませんが、時を遡れば遥か数百年前、気づけばこの場所にあったのです。周囲の、空に浮いている島も、同じですね。どういう仕組みで浮いているのかは、我々の知識のおよばぬ所にあります」
「そうですか」
本当は、もっと詳しく知りたい事もありますが、さりげなく距離を縮めてくるヴァンフットさんに嫌悪感を感じ、興味のないふりをする事にしました。
「それで、この島から、どうやって降りればいいんですか」
「……こちらです。あの、光を帯びた、石畳の上に立ってみてください」
先導するヴァンフットさんについていくと、確かにそこには、光を帯びた石畳があります。その光の中に入ったヴァンフットさんの姿が、光に包まれて消えました。ラスティライズさんと、お別れをした時のような光景ですね。傍から見れば、私はこんな感じで姿を消したんでしょうか。
「……早く行け」
ついてきていた黒いフードの男たちが、ヴァンフットさんがいなくなった途端に、私にキツイ口調でそう指示をしてきます。
言われなくとも、行きますよ。私は彼らに目をくれる事もなく、光の中へと足を踏み入れました。
次の瞬間、光に包まれたと思ったら、周囲の風景は変わっていました。
「ようこそ、我がヴァンダムキナ城へ!」
私を出迎えたのは、ヴァンフットさんです。周囲は、白い石の建物に囲まれた、ちょっとした庭園です。花が咲き、よく手入れをされた茂みに、寝転がったら気持ちの良さそうな、芝生。空からは、太陽の暖かな光が差し込んでいて、先ほどの空に浮かぶ島よりも、気温が高く感じます。
こちらにも、先ほどまでいた場所にあった、光り輝く石畳の床があり、私はこの、見えない道で繋がり合った石畳の床により、この場所へと送られたようですね。
「……ヴァンダムキナ城、ですか」
「はい。我がエリュシアル王国が国王の住む、この国の中心地です。先ほど、勇者の神殿からも、この城を見る事ができたと思います」
「ああ。あのお城ですか」
確かに私は、このお城を、遥か遠くから見下ろしました。赤い屋根の建物が目立つ街に囲まれた、大きく立派なお城でしたね。一瞬にして、あんな距離を本当に移動したと言うのなら、凄い技術です。
お城は白を基調としていて、とても美しく、気品あふれるたたずまいでした。男か女で言えば、このお城は女です。ヴァンダムキナとかではなく、エリザベスとか、そういう名前の方が似合いそうなものですけどね。このお城に名前をつけた人は、きっとセンスがありません。
「ヴァンフット様!」
「……」
私は、突然聞こえて来た女性の声に、勢いよく振り返りました。
赤いドレスを身に纏った、グラマラスな女性です。胸が大きく、声は高く、美しい。その方は、金髪の髪の毛を、肩前でロールにした、いわゆる金髪縦ロールの女性です。目は、長い睫毛に、こちらも美しい、青色の大きな瞳が特徴的です。僅かながらに施された化粧も、なくてもいいくらいの、とてもキレイな顔立ちです。
胸を揺らし、ドレスのスカートを、白いレースの手袋で包まれた手で僅かにたくしあげ、慌てて走って来たその方は、ヴァンフットさんに向かって一直線でした。
「おかえりなさい、ヴァンフット様」
「ただいま、ガラティア」
ヴァンフットさんを見上げるその女性は、ガラティアと呼ばれました。ヴァンフットさんを見るその目は、恋する乙女そのものですね。
こんな男の、どこが良いと言うんですか。私の方が、きっと貴女を幸せにできると思います。
「ご紹介します、エイミさん。こちら、私の婚約者である、ガラティア・ノーマンスさんです」
婚約者と、今言いましたか、この男は。こんなに美しい婚約者がいながら、私に美しいと迫った訳ですね。やはり、ろくな男ではありませんよ。
私は、ヴァンフットさんを思いきり睨みつけます。
「……ヴァンフット様、こちらの女性は?とても、不思議な装いですけど……」
私の服装は、学校の制服である、セーラー服姿です。死んだ時と、同じ服ですね。穴とかは修復されて、キレイな状態になっています。
黒を基調とした、昔ながらのセーラー服に、膝下までを覆う、長めのスカート。胸元には、明るい赤色のリボンを結び、アクセントになっていると思います。
「こちらは、エイミさん。ついさっき、この世界に召喚されたばかりの、勇者様です」
「ゆ、勇者様!という事は、召喚に成功したのですね……!私、ガラティア・ノーマンスと言います。どうぞ、ガラティアとお呼びください。勇者、エイミ様」
私に向かい、軽くスカートを摘まみ上げ、笑顔を見せてくるガラティアさんは、美しい上で可愛くて、見た目はとても私好みの女性です。そんな笑顔を見せられると、自分の中の欲望が膨らんで、つい襲いたくなりますが、我慢します。
相手は、一国の王子様の婚約者ですからね。手を出したら、どうなる事か、分かりません。